夢見の塔
「ここはどこだ?」
目覚めたイリヌスは周りを見回す。
石の壁に囲まれた堅牢な部屋だ。
「確か食事を摂った後急に眠くなって…」
顔の幅も無いくらいの細い窓から外を覗くと街並みが眼下に見える。
「塔、か?」
日が差し込んでいた窓から目を離したとたん、部屋は夕暮れに染まったかと思うと、たちまちに夜が訪れた。
コンコンコンと扉が叩かれ、入って来た人物を見てイリヌスは驚く。
「お前、生きていたのか!」
つい先日、悪魔を呼び出した、役立たずの王子の従者が不敵な笑みを浮かべている。
「ええ。おかげさまで。
私にぴったりでしたよ。」
従者の顔が黒く染まっていく。
「乗っ取られたのか?
あの悪魔に!」
今や完全に悪魔の姿になった従者は赤い口の端を吊り上げた。
「で、お前はお役御免というわけさ。
せっかくだからお前の恐怖の感情も味わいたいと思ってなあ!」
黒い影が伸びてきて体を掴もうとする。
すんでのところで身を躱したはずみで床に転がった。
悪魔の指先から黒い弾丸が飛んでくる。
「ひぃっ!」
灼けるような痛みが走った。
動けないでいると黒い影が足を掴む。
ズルズルと引きずられながら
「た、助けて」と声を絞り出せば、頭の中に響く声が有る。
《お前は助けたのか?》
同時に助けを求める学生たちの声が聞こえてきた。
「助けて!」
「先生!助けてください!」
「先生!どうして!」
「どうしてこん…な…」
学生たちの声が聞こえなくなると同時に、自分の意識も闇に埋もれるように消えた。
「夢か」
うなされて目を覚ますと寝台の上だ。
石造りの壁が目に入る。
細い窓から外を見て部屋に視線を移すとまた夕暮れだ。
たちまちに夜が訪れる。
コンコンコンと扉を叩く音がする。
入ってきたのは国王だ。
跪いて礼をとると楽にしろと言う。
「この前の研究成果は素晴らしかったな。」
「お褒めに預かり光栄です。」
「だがな、あれは自分の研究だというものが現れてな。」
「なんと?!」
驚いて顔を上げると王の後ろに誰かいる。
悪魔に食わせたはずの男だ。
「なぜおまえが!」
男はゆらりと前に出ると血走った眼をイリヌスに向ける。
「ひどいじゃないですか。おかげで私はぁ!」
急に大声を上げた男が黒く染まっていく。
「あっ、悪魔!」
慌てて後ろに下がるも悪魔と化した男から黒い弾丸が飛んでくる。
「ひっ!」
灼けつく痛みに蹲ると影が伸びてきて…
「ゆ、夢?」
石造りの部屋の寝台の上だ。
細い窓から外を覗く。
目を部屋に戻すと夕暮れだ。たちまちに夜がやってきて、扉を叩く音がする。
「先生、見つけました。これですね?」
入ってきたのは第三王子だ。
王城のどこかに精霊王を召喚する魔法陣が隠されている。
そんな噂を信じて第三王子を唆し、王城の中を探らせていた。
未だ精霊王の権能の発現の無い王子に精霊王の召喚を持ち掛けたのはずいぶん前のこと。
父王に実直である王子を誑かすのは時間が掛ったが、その後は思ったより早く事が運んだ。
廃神殿の地下の床に魔法陣を刻み付ける。
しかし完成した魔法陣から現れたものは黒く禍々しい姿をしていた。
「先生、下がって!」
と前に出た王子を捕らえた黒い影のような帯が、王子を黒い怪物の方へ引きずっていく。
怪物の腹辺りからさらにたくさんの帯が出てきて王子の体を包み込み、やがてその体に一体化して王子の姿は見えなくなった。
「なるほど」と、独りごちた怪物は嗤い始めた。
「こんな魔力では足りんなあ。
精霊の王を呼び出したいならもっともっと質のいい大量の魔力が必要だ。
半端な魔力で呼び出すからこの俺のような悪魔しか応えられないのだ。」
「悪魔?」
呆然と呟くイリヌスに向けて悪魔は指をさす。
「お前、次はもっと魔力の高いのを期待しているぞ。」
突き出した悪魔の指先が眉間の奥深くまで届いた気がした。
目を覚ましたイリヌスは先ほどの夢を思い返す。
あれは現実に起こったことだ。
自分を庇う様に前に出た王子が悪魔に取り込まれていくのを、ただ怯えて見ていただけの自分。
その後から、人の魔力の高低が見るだけでわかるようになった。
それからは魔力の高い人間を見つけては同じことを繰り返していた。
だが今になって思う。
魔力が足りないと他のものが召喚される魔法陣?
そんなことがあるのか?
黒い鳥が鳴いて窓の外を横切っていく。
目を戻すとまた夕暮れだ。
たちまちに夜がやってくる。
先々代の王の勅命で進められていた、個人の能力を数値化する研究が実を結んだとき、
イリヌスは晴れがましい気持ちで共同研究者と共に王の前にいた。
だがその場で実演したイリヌスの魔力値を見た王は嘲笑った。
それからは、魔力値の高い共同研究者ばかり優遇されイリヌスが報われることは無かった。
その屈辱を忘れたことは無い。
王が変わり、共同研究者も失脚して、イリヌスにはそれなりの地位が与えられた。
だが足りない。あの屈辱の日々を雪ぐには足りない。
その思いは研究室長が職を辞し、後輩が新室長に任命された時決定的なものとなった。
「お前は人を束ねる器ではあるまい。
研究に邁進するのが向いている。」
現王の声色は高圧的なものでも侮蔑を含んだものでも無かったが、イリヌスの自尊心を砕くには十分だった。
ふと思った。
あの愚王が欲して得られなかった精霊王の力を手に入れたら、現王と同じ力を手に入れたら奴らはどんな顔をするだろうか。
考えただけで笑いがこみ上げてくる。
唇から漏れた笑い声が自分のものでは無い気がした。
手が体が黒く染まっている。
慌てて鏡を見るとそこに映っていたのは禍々しい姿の悪魔だった。
「はっ、夢?」
何度繰り返しただろう。
こう考えている今も現実なのか夢なのかさえわからない。
そうしてまた夜が来る。




