王都の外れの店
ミルダは王都の中心部から離れた町の食堂で給仕係として働いていた。
魔獣の多く出現する森の近くであり、冒険者が集う店のようだ。
夕飯の時間でもあり、私も店に入った。
女将さんが立つカウンター席に座り、ミルダの様子を伺う。
魔力を視るように目を凝らすと、ミルダの背中に描かれた魔法陣から時折魔力が漏れ出ているのが分かる。
魔力を封印と言っていたけれど
『どっちかっていうと魔力を拡散させてるみたいだお』
うん。拡散させて魔法を使えなくしているかんじかな。
「あんた、あの子に気があるのかい?」
女将さんが話しかけてくる。
「いえ、学校で」
とだけ答えると、女将さんは訳知り顔で頷いた。
客足が途絶えたところで女将さんが気を利かせてくれた。
店の裏手でミルダと二人になる。
「えっと 元気?」
なんて言ったらいいかわからず、間抜けな質問になる。
「まあ元気にしてるよ。」
語尾を伸ばす甘えたような話し方ではない。
「雰囲気変わったね。」と言うと
「こっちが素。」とあっさり言う。
「地元には帰らないんだ?」
「帰れるわけないでしょ!」
一瞬語気を強めたミルダは空を見上げてため息をついた。
「こんなことになって、まあ気は楽になったけどね。」
「この仕事は学校の紹介で?」
「そう。住み込みで働いてるわ。」
「親しくしてた男子も居たって話だったけど」
「誰から聞いたの?まあちょっと頼ろうかなって思ったけどさ」
「全滅よ全滅!ちょっとでも助けてくれようなんて男いなかったわ!
愛人ならって奴は何人かいたけどね!」
ミルダが興奮したように話すと、背中の魔法陣から魔力が溢れて霧散していく。
魔力が散って疲れたのかミルダは木箱に腰を下ろした。
「まあ私が悪いんだから仕方ないけど
この国で魔法も使えない女はほんとに価値がないんだなって思い知らされてるわ。」
「そんなことない。今だってちゃんと働いてるし、女将さんだって女性じゃないか。」
「そうよ。毎日毎日一生働いても楽な生活は送れない。
そんな程度の価値なのよ。」
「まだ若いんだからこれからきっと」
慰めにもならないその場しのぎの言葉が口をついてしまう。
「そうよ!一日でも若いうちに金持ちの男を捕まえるのよ!」
思いのほかミルダは前向きな事を言った。
『逞しいお』
「あの魔法を使えたんだから魔力は高いだろうしね。」
魅了魔法は魔力の消費量が多いらしい。
それを連発してたよね、ミルダ。
「うーん、実は私、子供のころからあの魔法だけは使えたのよね。
学校で習った魔法はヘタクソだったんだけど。」
「そうなんだ?」
加護みたいなものなのかな。
話しながらずっとミルダに私が魅了にかかっていなかったことを言おうか悩んでいる。
事実を暴露して謝れば私の気持ちは楽になる。
だけどミルダの処遇が変わるわけじゃない。
言えないかな。
代わりにポケットからコインを取り出す。
「なに?私に恵んでくれるわけ?」
不快とも喜色ともとれない声でミルダが言った。
「いやお守りだよ。防御の魔法陣が組み込んである。
魔力を補充すれば半永久的に使えるそうだよ。
もちろんどうしようと君の自由だけど。」
へぇ、とミルダは受け取ったコインをしげしげと眺めた。
「さて。そろそろ戻らないと叱られちゃうかな。」
しばらくして、ミルダは立ち上がると頭を下げた。
「一応謝っとくね。巻き込んでごめんなさい。」
「いや 私の方こそ制止できなくてごめん。」
と謝る。
「なにか私にできることがあったら」
と言いかけるとミルダは
「残念。実はあなたに接触することは禁止されてるの。
今日は偶然ってことで。」
と言って、店の方へ歩き出した。
「あなたにしとけば良かったな。」
店に続く扉に手をかけミルダは呟いた。
「あなたが王子の側近とかいうから欲が出ちゃったのよね。
ミズキ君で我慢しとけば良かった。」
「私にも選ぶ権利があるけど」と言うと
あははっ、とミルダは笑う。
「それでもあなたは、泣き付かれたらなんとかしてくれるんじゃない?」
言い捨てて、ミルダは仕事に戻った。
店を出て、星を仰ぎながら帰路に就く。
買いかぶりすぎだよね。みんな。
私なんておまけが豪華なお菓子みたいなものじゃない?
本体はちっぽけなガムひとつよ。
『ガムだってなかなかおいしいお』
脳内君に慰められるとは。
それでも理由はどうあれミルダに謝れたことは良かったかな。
寮に帰る足はいつもよりずっと重かった。




