後悔男
『朝だお!』
あれ?頭の中に響く声が…
厨二魔王はどうしたの?
『肌色の桃源郷に行った時から記憶がないお。』
あ、夢魔が言ってた昇天てそういう?
てか脳内君てどうなってんの?多重人格みたいなもの?
厨二魔王の人格は消えたのかな?
魔王だからそのうち復活するかも?
寡黙な感じで結構良かったんだけど。
『僕は過去は振り返らないんだお』
で、だお口調に戻っていいの?
女子受けしないよ?
『ありのままの僕を愛してくれる人を見つけるんだお。』
へー。がんば。
男が目を覚ます前に、空間収納から食べ物を取り出し食事の準備をする。
起き出した男は昨日より幾分顔色が良く見える。
「不思議だけど、君に色々話して気持ちがすっきりしたよ。」
「それは良かったです。
もう夢魔のお世話にならないで済むといいですね。」
食事を差し出しながら言うと、男は目を落として呟いた。
「そうなるといいけどね」
もそもそと食事を摂る男に言う。
「夢魔に婚約者様の姿を見せて貰ってもあなたの状況は良くはならないと思いますよ。
あなたを縛っているのは婚約者様というより彼女に対する後悔みたいですから。」
男はハッとしたように私を見てから顔を戻す。
「後悔…。そうだね。後悔してる。もっと」
男の目から大粒の涙が零れ落ちる。
「もっと…」
胸を押さえて俯いてしまった男の背を撫でる。
「言葉でちゃんと伝えられたら良かったですね。」
時折思い出したように涙を流す男と、ゆっくりと王都を目指す。
男は婚約者との思い出を語り始めた。
母親同士の仲が良く、子供のころから一緒に遊んだこと。
婚約者の魔力量が家柄にしては少なく、悩む彼女を励ましたこと。
努力する婚約者の学生時代のエピソード。
惚気のようなエピソードに『け』と脳内君が悪態をつく。
妬まない。妬まない。
「愛し合っていたんですね。」
「ああ。幸せだった」
なおさら最期の事が悔やまれるんだろう。
二日目の夜を森で過ごし、あと少しで王都という朝
男はもう歩けないという。
「置いて行ってくれていい。
もう少し魔力が回復すれば自力で帰れる。」
と言われてもそういうわけには。
「王都までもう少しですし私が背負って進みますよ」
荷物は後で取りに来るから隠しておくと木の陰に入り、空間収納にリュックごと放り込む。
空間収納マジ便利。
整理整頓する必要もない。
ポンポン放り込んでイメージするだけで目的のものが出てくる。
面白くなって、この野営の準備をしながらも手あたり次第入れまくって部屋がすっきりしてたっけ。
背中の男が時折流す涙を肩に感じながら進む。
「まあでも、うらやましくもありますよ。
こんなに人を愛せるなんて」
眠ったのか、男の反応はなかった。
王都に着いたのは、夢魔の庵を出発してから三日目の昼過ぎだった。
冒険者ギルドに向かうと2階の貴賓室に通される。
すぐさま理髪師や服屋などが呼ばれ、男の身なりが整えられ、ややあって迎えが来たことを告げられる。
扉がノックされ入ってきたのは男の父親らしき男と、真っ赤なドレスの若い女だった。
「無事だったか」と語りかける父親の横をすり抜けて、ドレスの女が男に飛びつかんばかりに駆け寄る。家族だろうか。
しかし男は抱きつこうとする女を腕で止めた。
「未婚の男女が触れ合うのは良くないよ」
優しく紳士的に女を諭す。これが相談女か。
『僕の胸なら空いてるお』私は嫌だが。
「私心配で」言いながら女は父親をちらりと見る。
女の目線に促されたように父親は小さな咳ばらいをすると
「婚約者の事は残念だったがもうじき一年だ。
そろそろ次の事を考えてもいいのではないか?
幸い、献身的にお前を支えてくれる女性もいる。」
と言って、赤いドレスの女を見る。
外堀埋められているのでは。
だが男は
「父上、私はまだそういうことは考えられません。
それにこちらの女性には意中の人がいるのです。
ご迷惑になりますよ。」
女に対する恋情などひとかけらも感じさせない厳然とした声で答えた。
この男はどこまでも誠実で紳士なんだな。
だからこそ、婚約者が誤解するのにはなんらかの悪意があったのだと思われてならない。
違う話を聞かされていたのであろう父親は息子と女を交互に見てわけがわからないという顔をしているし、女の方は必死に言葉を探しているようにパクパクしている。
この男なら相談女に絡めとられることは無さそうだ。
ミルダみたいに魅了魔法でも使おうとしない限り。
『このお姉さんは魅了魔法を使えるほど魔力はないお』
なら一安心かな。あとは媚薬とか狂言とか。
こっそりと男に近づいて忠告する。
「彼女と二人きりにはならないようにしてくださいね。」
「? 当り前じゃないか。今までも二人きりになったことはないよ。」
「あと、私が言ったこと覚えていますよね?」
「ああ。色々有難う」
やつれてはいるが、身綺麗に整えて貴族然とした男は、幾分か瞳の輝きも取り戻したように見えた。
男たちと別れ、報酬を受け取りギルドを後にする。
彼が幸せになりますように。




