相談女
「君、泣いてるよ。」
隣で朝を迎えた男に言われて頬を拭う。
「懐かしい人に会わせてもらいました。」
「そうか。良かったね。」
男は穏やかに微笑む。
「うらやましいよ。僕はもう涙も出ないんだ。」
疲れ切って、感情が半分死んだような状態なんだろう。
「一緒に帰ってもらえますか?」と尋ねれば
「ああ」と言って、男はのろのろと立ち上がった。
こっそり空間収納から取り出した食事を摂って、急いで出発する。
思った通り、このやつれた男の歩みは遅い。
一刻もしないうちに男は歩けなくなる。
休憩を取ってはまた歩き、また休み。
森の中で夜を迎えることになった。
「もう夢は見れないのか」
男が呟く。
夢魔の活動は夢魔の庵に限られているとか。
周辺部族とそういう取り決めになっているらしい。
え、じゃあ私も庵に入らずに近くで野営すれば良かったんじゃない?
なるほど、先輩冒険者たちに遊ばれたわけか。
「亡くなった恋人の夢だそうですね。」
「うん」
男は何故と訝ることなくポツポツと話し始めた。
「幼馴染で婚約者だったんだ。
去年の流行り病であっさり死んでしまった」
「それは悲しいですね。」
「ずっと一緒にいるものだと思っていたから」
「はい」
「病気になった時はちょっと気まずくなっていてね
見舞いにも行かないうちに死なれてしまった」
「流行り病なら会うことは出来なかったと思いますが」
「花ひとつ贈らなかった」
「なにかあったんですか?」
「誤解だったんだ」
女関係かな?
「誤解させないよう振舞うのも大切ですね。」
「わかってくれると思ったんだ。
友人の事で相談に来ている女性がいて。
やましいことなんて何もなかったんだ。なのに」
相談女か。ピンと来たぞ。
「その女性と婚約者様はご友人とかですか?」
「いや、ほとんど面識はないはずだ」
「その女性と婚約者様が二人きりになったことは?」
男は何故そんなことを聞くのかと首をかしげる。
「婚約者と二人でいるときに彼女が訪ねてきて、僕が席を外したことはあったかな」
「その後の婚約者様のご様子を覚えていますか?」
「特に変わりは無かったように思うけど。
割と早く帰ったかな。」
男って鈍感だよね。
「婚約者様がその彼女に傷つけられていなければいいのですが」
はは、と男は力無く笑う。
「そんなはずないよ。
彼女は僕の友人が好きで相談に来てたんだから」
「ではその友人と彼女はどうなりましたか?」
「いや進展は無いみたいだ。
何度か引き合わせようとしたんだけど都合が合わなくて」
「都合が合わないのはいつも彼女の方だったのでは?」
「ああ確かにそうだったかもしれないね。
なんで分るんだい?」
それは彼女の狙いがあなただからですよ。きっと。
「婚約者様が亡くなってからの彼女はどうですか?」
「ああ、よく訪ねて来てくれるよ。
僕はもう相談に乗れるような状態じゃ無いって言ってるんだけど。」
「私の事はもういいの!あなたが心配なの!とか言いません?」
男は驚いたように私を見る。
「よく分るね」
この青年には婚約者の死を乗り越えて幸せになって欲しい。
だが相談女、お前は駄目だ。
「婚約者様には親しいご友人はいらっしゃいましたか?」
「うん、学生時代からの親友が居るよ」
「でしたらその方に婚約者様のこと、聞いてみてください。
婚約者様がどんな気持ちで最期の日々を過ごしていたのかを」
「最期の日々か」
男はまた遠くを見る。
「夢魔が見せてくれる彼女はいつも泣いているんだ。
だから僕は彼女に笑って欲しくて」
あの夢魔が見せた情景は実際に起こったことなんだろうな。
そして多分、近い過去しか見せられない。
この男の婚約者はきっと、相談女が現れてから泣くことが多かったんだろう。
「これは私が婚約者様の気持ちを考えて言う個人の意見では有りますが」
前置きして男に告げる。
「婚約者様はあなたの幸せを願っています。
新しく素敵な人を見つけて大切にして上げて欲しい。
でも!」
語気を強める。
「その相談に来てる女性は絶対駄目です!わかりましたね!」
「あ、ああ」
気圧されて男は頷く。
「彼女は僕の友人が好きなんだからそんな関係になるはずないけどね」
大丈夫かなあ。
このまま相談女の思惑通りに事が運んだら、亡くなった彼女が浮かばれないよ。
「約束ですよ!」
「ああ、わかったよ」
うるさそうに呟いた男はやがて眠りに落ちた。
実際のところ、亡くなった婚約者は相談女をそれほど嫌っていないかもしれない。
夢魔に元彼を見せられた時私は、誰でもいい、
たとえそれが恋敵でも彼を支えてあげて欲しいと思った。
違う世界に来てしまった私はもう何もしてあげられないのだから。
だがここに生きている私の心は叫ぶ。
相談女、許すまじ!




