第一側妃
王子の目的地は国境の深い森の手前にある要塞も兼ねた城で
代々王子の生母の一族が治めている辺境だそうだ。
国境の森には魔獣が多く、隣国からの侵入も難しく対人戦闘の可能性は低いものの
不定期に嫌がらせのように隣国が魔獣を追い立てて寄こすのだそうだ。
他国からの侵攻の陽動に使われた歴史もあって
例えどれほどの被害が出ても他地域からの援軍を求めないという約束になっているらしい。
王都側とは大きな湖を挟んでいることもあって、さながら陸の孤島のような場所だそうだ。
その湖の王都側には第一王子と第三王子の生母である第一側妃が隠遁生活を送っている小さな城がある。
警備は厚いものの側妃の意向で使用人は極力少なくしているということで
宿泊などは出来ないそうだ。
「母上は物静かな穏やかな人で、感情を表に出すことは無かったけれど
そばに居ると不思議と安らぐ人だったって聞いてるよ。」
と王子が話す。
王子を産んだ後に
何か褒美をという王に対して隠遁生活を願い出たんだそうだ。
「心の病気だって言う人もいたね。」
生家に戻ることは望まず、それなら故郷の景色を望めるこの湖のこちら側でと言うことになったらしい。
馬車には護衛としてアネッサ王女の側近の男女一組が同乗している。
女性の方は会議室で最初に転移魔法を使った人だ。
その女性の
「母君と一晩くらいご一緒出来たら良かったですね。」
と言う言葉に、王子は諦めたような笑みを見せて言った。
「いや、今さら何を話したらいいかも分からないよ。」
側妃の居城に到着すると、王女の側近が空に向かって光魔法を放った。
それを合図に湖の向こうから迎えが来るのだという。
迎えを待つ間、側妃の城の中へと招かれた。
王子はソファに座って、私たちは壁際に並んで控える。
初老の女性に案内されて奥から現れた側妃は
「初めてお目にかかります。」
とぎこちなく挨拶をする王子に
「大きくなったわね。」
と微笑みかけた。
どこかふわふわとした儚げな雰囲気を持つ人だ。
案内してきた女性は産まれた時から仕えている乳母だという。
乳母は私たちと並んで壁際に立った。
特に言葉を交わすこともなく静かな時が流れる。
側妃の穏やかな雰囲気のせいか気まずい感じはないけれど。
ふと側妃が立ち上がって王子の傍に立った。
「あなたのそばにはいられなかったけれど
あなたを大切に思っているわ。」
と言って王子のほほに手を当てる。
王子はその手に自分の手を重ねて目を閉じた。
「かあさま…」
王子にとって初めての母親の温もりだ。
愛し気に王子を見る眼差しも母の愛を感じさせるものだったけれど
側妃の周りにはまるで透明な壁でも有るように
そこにいるのに遠くにいるような現実感の薄い感覚が有った。
思考も感情も良く視えない。
ガードが固いのとは違う、
閉じている、という表現が合っているかな。
「何かこう、夢の中で生きているような方ですね。」
と呟くと
「おつらいことが多うございましたからね。」
と乳母が目を伏せた。
男児が生まれることの多い家系で百何十年かぶりに生まれた女児で
生後ほどなく母親はこの世を去り、女の子の扱い方がわからない家族との交流も少なく
もともとの静かな性格もあいまってひっそりと大人になったような方だと乳母は言う。
豊富な魔力が認められたものの魔法を覚えることは無く
ただ魔力の多い母体として望まれ側妃になったのだと言う。
「どんな時でもお嬢様が強い感情を見せることはありませんでしたが
王子様方を御産みなさった時は幸せそうな笑みを浮かべていらしたことは覚えております。」
と乳母は話した。
程なく迎えの船が着いたと報せが有って外に出る。
桟橋に着いた船に王子が乗り込んでいく。
王子の祖父と伯父だと名乗る男たちが物言いたげな目を側妃に向けたけれど
側妃は頭を下げたまま父親や兄たちと目を合わせることは無かった。




