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へっぽこメイドは努力する

ちょいエロ、ラッキースケベ的な場面があります。

そういう『不潔』なのは苦手よっ!という方は飛ばして下さい。

 きゃあ!!という可愛い悲鳴と共にバシャリと大量の水音が聞こえた。

 メンフィスが慌てて風呂場に駆けつけるとそこには薄いワンピースをビショビショに濡らしたミリアネアが苦笑いしていた。

 

 今日はミリアネアがメンフィスを風呂に入れるために浴槽に水を張る日だ。

 バケツで水を運ぶのを手伝うとメンフィスは言ったがミリアネアは自信満々で

『お任せください!!』と微笑んだ。



 大丈夫なのか?と不安になりながら裏手で湯を沸かす為の薪を割る。

 片手と言えどメンフィスの腕は太く、ゴツい肢の鉈を振り上げながら妙に張り切っている女の顔を思い浮かべる。

 あの可愛らしい女が自分に向ける意識にマイナスの要素が含まれることがなんとなく嫌だと思う。

 

 正直ミディー王国のこの季節は本当に蒸し暑い。

 メンフィスは昨晩は盥に湯を汲みタオルで体を何とか拭きあげた。

 魔石が嵌められた動力付きの義手ではあるが普通の腕とは違うため細かな動きは出来ない。

 不自由な片手を使い仕方なく体を拭っていると自分が惨めな存在に思えた。

 男だから仕方ないが、汗をかくし臭いもある。

 25歳の自信に満ち溢れていた頃は将来、自分がこんな姿になっているなんて思いもしなかった…


 昨日ミリアネアからは近づくと甘く爽やかな香りがした。

 ベルガモットとマンダリンオレンジの側にブルーチーズの様な臭いを放つ男がいる……

 そう考えるとゾッとした。

 汗臭くむさ苦しい自分が嫌になり、やむ無く身体を拭いたが全てをスッキリさせることは出来なかった。



 昼過ぎに現れたミリアネアは

「今日はお風呂でスッキリいたしましょう!」と張り切った。


 シールド家の風呂は貴族の家で考えるとそんなに大きくはないが湯を張ろうと思えばそれなりの大仕事だ。

 メンフィスは手伝うと言ったがミリアネアは大丈夫だと笑って見せ「驚かせますよ」

と悪戯っぽく片目を瞑る。


 メンフィスはその表情にポゥとなって、気がつけば薪割りに勤しんでいた。


 そしてさっきの悲鳴である。慌てて飛び込んだ風呂場でメンフィスは全てを察した。


 彼女は水魔法が使えるのだと。


 ミリアネアが浴室で魔法陣に包んだ水の重さに耐えきれずひっくり返ってしまったのだ……


 ビショビショに濡れた妖精の屈託のない笑顔にメンフィスは思わず見惚れた。

 だが次の瞬間には我に返り魔法陣の痕跡を指でなぞった。

「早く言ってくれよ。水魔法が使えたんなら他の使い方があったのに」


 離れより大きな浴槽に一度に水を作り出そうとしたミリアネアは頭上に作り出した魔法陣を支えきれずに自分の上で水を落としてしまったようだった。

 『濡れ鼠になったわ』と己の失敗を明るく笑う可愛らしさに思わずメンフィスも頬が僅かに緩んだ。

 しかし声を発すればいつもの硬質なものに戻ってしまう。

「全く……俺を謀ろうとは大胆だね」

 いつもより大きな風呂で展開した魔法陣がうまくコントロールできなかったのであろう。だがそんな所も可愛い……と思わず口をついて飛び出そうになった言葉を飲み込み、わざと呆れたようにメンフィスは座り込んだミリアネアに手を差し伸べた。


 (小ちゃい……指……細い)


 女性に触れたことに緊張しつつ、彼女の雇い主として態度はあくまでも平静を装う

 

「ここに魔法陣を出せばそのまま、水を浴槽に難なく溜められるんだ」

 パイプのそばにある一角を指し示す。


 ミディー王国の貴族の家にある魔力を動力に変換させる仕組み。

 それをこの可愛い令嬢に教えてやる。

 前髪から水を滴らせながら『まぁ……』と顔を赤らめた。

「驚かせようと思ったのに残念だわ」

(いや十分驚いたさ)心の声は聞こえないがメンフィスはミリアネアの可愛い企みに鼓動が早くなる。



 ミディー王国の平民は魔力持ちが少ない分、このような機械の発達が目覚ましい。

 ミリアネアの本気で悔しがるその表情がメンフィスには眩しかった。

 正確には、対人関係を拗らせた男に真正面からの美人は夏の水面くらい眩しい。

 王宮に上がっていた頃なら免疫もあったが、今の三十路男の耐性力は赤子の握力程度である。

「 ぐ……、お、、おぅ」

 と蛙が鳴いたような返事をし背中を向けたミリアネアをガン見した。


 憲兵がその場に居たなら挙動不審で即捕縛……と言っても過言ではない。

 


 やがて薪の量も適度に仕上がり、風呂用の竈に薪を燃やし始めた。

 貴族の風呂は平民の家より簡単に湯を沸かす回路が組み込まれている。

 ミリアネアは「初めて見ました」と感心したように頷き、メンフィスの代わりに火を調節し始めた。

 離れの設備はあくまでも本邸のものより劣っている。いや、本邸のメンフィスの為に最新のものが揃えられているというのが正確なところか。

 

 暫くするとミリアネアが「適温になりましたよ!」と嬉しそうに声をあげた。


 メンフィスは寝室で義手を外し、シャツのボタンを外した。

 ズボンの腰紐を緩めるとふと下半身に熱が篭っているのを自覚する。


(ミリアネアの艶めかしい体の線が透けていたのを見て、お前も久しぶりに反応したのか?)

 己の息子に思わず溜息を吐く。


 メンフィスが女性に反応したのは実に4年ぶりであった。

 


 事故後最初の頃は、やはり昂る性欲が有りメンフィスは娼館の女に世話になることが何度かあった。

 気を利かせたつもりの第二王子が、馴染みの娼婦を自宅へと呼んだ時は本当に最悪だった。

「メンフィス様……お気の毒にねぇ。これからもご贔屓にお願い致します」


 可愛らしいその娼婦の瞳は明らかに自分を貶んだものであった。


 (もう、私たちしか相手出来ないわね)

 騎士団のころは縋るように

『私をまた呼んでください!』と必死にアピールしていた彼女は

『もう、選択肢は私しかないでしょうから、これからも頼むわね』という上からの考えに変わっていたのだ。


 義手もまだ無く、生理的に処理できないその下半身を娼婦は弄ぶようにし、欲を吐き出させた。


 その屈辱は今も心に傷を残している。

 女が嫌いになるその一端を背負った娼婦を憎みながら……

 あんなに可愛がっていた娼婦の感情を醜悪に感じながら、2度と会うものかと願った。

 結局のところ下半身は正常な男子のままであった自分は生理的な処理を慣れた女に頼むしかなく、悔しさに歯噛みしながら一年程世話になった。

 義手の扱いに慣れた2年目には一人で済ませることが出来るようになり、メンフィスはいよいよその娼婦と完全に手を切った。

 自分がチヤホヤされた期間が長かった分、娼婦の正直な胸の内が透けて見え、メンフィスの心を苦しめる。

 自慰のおかずはいつも、筋骨隆々で逞しかった時の自分ではなく、童貞を捨てた直後の未亡人との情事だ。


 ままならないメンフィスを「可愛いわ」と囁いた一回り歳上の女の閨。

 そのシーンだけは恥ずかしくも有り、『自分は未熟で仕方ない存在なのだ』と納得がいく。

 だから目を閉じてはその時の細い己の手足が好きにされる昔に戻って慰めた。


________________


「何やってんだ……俺」

 無意識に妄想に耽っていたメンフィスは鏡の前で我に帰る。

 そして慌てて手拭いを腰に巻くと風呂場へと向かった。

 驚いたことに浴室を開けると、ミリアネアが薄衣を纏ったままで桶を抱えていた。

「さあ!お手伝い致します!」

 メンフィスは思わずキャアと声をあげそうになる。

 若い女に自分の体を見られるとは微塵も思っていなかった。

 確かにロンには毎回体を擦ってもらう。頭を洗ってもらい、湯を掛けてもらう。

 三本指の左手だけでは限界があるからだ。

 

 だがそれをミリアネアに期待していたわけではない。

 寧ろ一人でやろうと思っていた。


「な!何やってるんだ!出ていけ!」

「いえ!お一人だなんて大変ですからお手伝いさせてください!大丈夫です。私こう見えて塾で子供達をお風呂に何度も入れていますの。だから髪の毛だって上手に洗えますわ」


 ミリアネアはことも無げに宣った。


 ミリアネアは侯爵家の令嬢として育った。

 子供の頃からメイドたちに風呂に入れられ、体を擦られ、オイルを塗られた。

 0歳児から17歳まで変わらずそれを繰り返してきた。全裸を見せることになんの抵抗もなければ寧ろ当然だと思っている。


 だから信じていた。


『メンフィス様は貴族だから私と同じようにお世話されても気になさらない筈だ』と。


 勿論傷を見られたり、それに触れられたりは嫌なことであるとわかっている。

 そこは丁寧に接しなければならないだろうが、自分が長年受けてきた施術の流れは手に取るように理解している。

 ミリアネアは自信満々だ。

「お任せください!メンフィス様」



 (全然任せられない……)


 メンフィスは激しく動揺し抵抗したが、ミリアネアはなかなか頑固で柔らかに返事をするのに推しが強い。


「大丈夫です、お気になさらないで下さいませ。私などただのメイドでございます」

 を只管繰り返す。

 やめてくれ、いや大丈夫です!のやりとりを繰り返し遂にはメンフィスが折れることになった。



 ミリアネアは兄のお古のズボンを膝まで捲り上げ、シャツは夏物を選んで待機した。

 塾の子ども達が川遊びに行くとき、付き添い担当の日はいつもこの格好である。

 平民の子供たちは川に行けば遊び、体を洗う。

 貴族の時には知らなかった知識がこの二年ですっかり頭に入った。


 小さな子の頭を洗ってあげるのも勿論ミリアネアの担当で膝に仰向けに小さな頭を乗せては手桶で子供の頭を濯ぐのもすっかり手慣れた。

 ミリアネアはさも当然とばかりに床にペタリと正座するといそいそと大判の布をタイルの上に敷き詰める。

 洗髪石鹸を手にとり準備は万端とばかりに笑顔で手招きした。

 「さあ!タオルを敷きましたので私のお膝に頭を乗せてくださいませ!」


 メンフィスは今度は目玉が転げ落ちるかと思った。


 若い女の膝枕だと!?と目を白黒させる。


 ミリアネアはメンフィスが不機嫌になるのを(子供扱いがいやなのかしら?)くらいにしか思っていない。


 真綿に包むように育てられた箱入り令嬢は男の事情など全く想像できない鈍感な大人へと育っていたがそんなことはメンフィスの知らぬ所である。


 (俺……誘われているわけじゃないよな……)と疑ってもみたが、ミリアネアの澄んだ瞳を見て自分の勘違いだと直ぐに考えを正した。


「その腰掛けに座ったままで頼む。

 子供じゃないんだから別に顔に水が掛かったところで気にならない」


ハッとした顔をする令嬢に(ハッとするな!)と文句を言いたくなるがミリアネアの気遣いを怒鳴るのは流石に大人気ないと理解しておりそのまま世話になった。


 結局ミリアネアはビショビショになりながらもメンフィスを丁寧に洗い上げた。

 赤面しながら下半身に手を伸ばしてきた時は手拭いを引ったくり、『ここは勘弁してくれ』と断った。


 ミリアネアが近付くたびに石鹸とも違う優しく甘い香りがふわりふわりと鼻を掠めるがそれを無視して、無の境地で淡々と進めていく。

 心の中では神への祈りを呟き続け苦行(ご褒美?)をなんとか済ませた。

 

『……疲れた……』 

 ロンとの入浴に比べ3倍は疲労感に襲われたようで、メンフィスはその夜は寝酒も呑まずにストンと眠りに落ちた。

 

 ミリアネアが替えてくれたシーツと羽枕に体を埋め、メンフィスは夢を見た。

 

 第二王子イソップのそばで騎士服を着ているメンフィスは何故か王宮にいた。

 平民の服ではなく、コルセットをしっかりつけたドレス姿のミリアネアに『素敵ですね。メンフィス様。騎士の隊服がお似合いになるのですね』と褒められている。


 イソップ王子は苦笑いしながら「可愛いお嬢さんに褒められちゃメンフィスも鼻の下が伸びまくりだな」と軽口をたたく。

 ミリアネアを『まだ子供じゃ無いか』と庇護対象として迎え入れた2年前とメンフィスの意識はいつの間にか変化していた。

 今日風呂場で体を触られていた時は本当にヤバかった。

 服が濡れるたび、女らしい膨らみが主張していることにメンフィスは目眩がした。


 だが、そんなことは噯にも出さず、剣を履いたまま

『ミリー、君に褒められて嬉しいよ』と女たちが好む、垂れ目の笑顔を炸裂させる。

 そして昔と同じように胸を張り、大きな手でミリアネアの頭を撫でようとした。



 ……そこで夢は途切れた。



「撫でる手も無いじゃねぇか」


 布団から出した3本の指を見つめながらメンフィスは暗闇の中虚しさを噛み締めた。


――――――――――――――――


「ミリアネアさん、こんにちは」

 ブラウスに空色のエプロンドレス姿のミリアネアは後ろから名前を呼ばれ振り返る。

「まぁ!アライアンス商会のレイン様。どうしてこのような場所に?」

 後ろに立っている銀髪の青年は優しげに微笑んだ。

 

 質の良いジャケットを纏った細身の青年は、この前改めて顔を合わせたアライアンス商会の次男坊であった。

 

 ミリアネアは毎週塾の子供達に今週分の教材を届けている。今日はその帰り道に市場に立ち寄った。

 塾長が「1週間分も纏めて作ってくれてお疲れ様、良ければ市場で甘い物でも食べてお帰り」と、少し多めに給金を出してくれたのだ。


 最近はメンフィスと食事するので市場に寄ることも少ない。

 離れの台所はせいぜいお茶を沸かすくらいしか使っておらず、すっかり本邸でロンの妻の料理のご相伴に与っている。

 いつもは量を食べたりしないミリアネアだが、三日前にロンの妻が届けてくれた焼き菓子がとても美味しくて思わず一人で頬張ってしまったのだ。

 余りにも歓喜の声をあげていたので、メンフィスは不愛想なまま『俺は甘いものはあまり好きじゃない』と自分の分をそのままミリアネアの皿に移してくれた。


 え?宜しいのですか!嬉しいわ!とどの男性も陥落させてきた笑顔を見せたがメンフィスは表情を凍らせたままであった。


 ミリアネアはいつまで経っても笑顔をあまり見せないメンフィスに最近は意地になっていた。

 (この前はついつい物欲しそうにしてしまったから、デザートを譲られてしまったわ。今までの男性とは違うわね。こんなに身近にいるのに打ち解けて貰えないなんて意外だわ。お料理は得意じゃないけれどデザートくらい手作りしてメンフィス様にお出ししてみようかしら?平民の女性は胃袋を掴むと言うものね)

 そう思い立ち、果物屋で立ち止まっていた時に声をかけられたのだ。


 

「僕の名前覚えてくれていたんだね。嬉しいよ」

 レインは優しそうな微笑みを浮かべてフワリと微笑んだ。

 前回会ったのは兄の給与が渡せないと言われた時だった。

 動揺していたがレインの申し訳なさそうな謝罪にミリアネアは甚く感心した。


『商会の役員の方なのに……お給与が渡せないのもこの業界じゃ当たり前のこと。このように目下の人間にも頭を下げて下さる腰の低い方所はとても立派だわ』


 普段は男の人の顔など大して気にも留めなかったがその時はしっかりとレインの顔が心に刻まれた。

 

 アライアンス商会の兄弟は働き者で美丈夫だとこの町では有名人だが、ミリアネアはそういう噂話に疎かった。

 

 兄モーガンから聞くアライアンス兄弟は商売に熱心で、兄は目利きに長けており、弟は外国語が得意だという知識のみである。


 「今日はお買い物ですか?ミリアネアさん」

 レインはミリアネアの視線の先にあった林檎を手にとりながら店主に

「10個包んでおくれ」と伝え硬貨を渡す。


「はい、今はシールド様のお邸のお手伝いもしているので。今日はメンフィス様にアップルパイを焼こうかとこちらを覗いていたんです」

「へぇ!ミリアネアさんはお菓子が作れるの?」

「いえ、作ったことはありません」

 ガタンと果物屋の店主が売台の後ろでズッコケているがレインはハハハ君は面白いね〜と笑った。


 ミリアネアが小首を傾げてなんで笑われたのかを考えているうちに店主が林檎を差し出した。


「はいどうぞ。お土産」

 レインは紙袋をミリアネアに渡した。


「え?受け取れません」ミリアネアが拒否したが店主が笑う。

「林檎くらい奢ってもらいな」

 そう言われるとなんとも言えない。


 ミリアネアは『ありがとうございます』と頭を下げて紙袋を受け取った。


 レインはそのまま立ち去るかと思いきやミリアネアと並んで歩き出した。


「シールド家の離れに住んでいるんだったね。モーガンが話していたよ。まだお給料が渡せていないけど生活は大丈夫?」

 レインは申し訳なさそうに眉を下げる。


 船の行方が分かるまでは保険も降りないしアライアンス商会もかなり厳しい状況だと聞く。ミリアネアは首を振った。

「皆さんが協力してくださるので私は大丈夫です。シールド様もお家賃を待ってくださっていますから。私も一応仕事を持っているので金銭に余裕があるかと聞かれればちょっと複雑ですけれど、生きていく分には今は問題ありません。レイン様こそ、少しお痩せになられたのではありませんか?」

 ミリアネアは儚げな美貌のレインが前回よりも痩せているような気がして思わず顔を見上げた。


 するとレインはちょっと顔を赤らめてモゴモゴと言いにくそうに話す。


「まあ……やっぱり兄さんが居ないから僕も慣れない仕事を熟さなきゃならなくてね……ちょっと痩せちゃったかも……恥ずかしいな」

 そう言われると、男性に向かって『痩せた?』という言葉は失礼であったと今度はミリアネアが焦る。

「すみません、つい心配になってしまって!!私も兄の連絡がきた時から暫くは食事が喉を通らなくて随分と痩せてしまったものですから。つい心配になって……もしかしてと思って」

 恥ずかしそうに俯くミリアネアにレインは、いいんですよと頬を緩める。


「心配してもらえたことの方が嬉しいから気にしないで」

 そう言われるとミリアネアはホッと胸を撫で下ろす。


「きっと帰ってきます。兄は運のいい人ですもの。こんな事で死んだりなんてしませんわ。最初は不安で動揺してしまいましたけど大丈夫なんです」

 ミリアネアは自信を持って強い口調でレインに宣言した。


「……どうして?どうしてそんなに自信があるの?」


 ミリアネアの強い視線にレインが不思議そうに質問した。


「我が家の事を、兄はお話しした事が有るかもしれませんが、私たちは祖国を借金のせいで命からがら逃げました。

 兄は子供の頃から危険回避能力が高くていつも私を守ってくれました。私も少しだけ目立つ容姿ですから人攫いや、怪しい人たちに騙されそうになったことがなん度も。でも兄はいつも私を助けてくれました。

 私が危なっかしいのに兄はいつも飄々としています。ウッカリ者の私を揶揄われることも多くて、それで悔しくて聞いたのですよ『なんでお兄様は危険な目に遭わないのかしら?』って」

 

「へぇ……モーガンはなんて?」


「神経質なくらい、自分に目を向けておくと周囲の不穏な空気が読めるのだと申してました」

 飄々としながらも責任感が強く自分を優先してくれるモーガンを思うと胸が痛くなる。

 それは国を追われる日のことを思い出すからだ。



 <<<<<<<<<<<<

 兄モーガンは自分が王宮で裏切られた日。朝からずっと違和感を感じたそうだ。

  

 婚約者の令嬢からの朝の手紙が素っ気なかったことや、机の書類の位置が少し変わっていたことに違和感を覚え、直ぐに父親と王宮を抜け出した。

 厩の馬たちの顔触れが変わっているのを見て確信したという。


『父の派閥の人間が管理している馬が一頭も居ない』


 それが意味するもの。

 父の派閥の人間は先に捕えられており、爵位の高い自分達が決定的な証拠を突き付けられて捕縛されると言うことだ。そして体格の良い馬がいるということは、騎兵隊やいつもはこの時間に王宮にいない兵士たちが馬を繋いでいる可能性が高い。


 モーガンは勘に従い速やかに静かに王宮から脱出をし、フォリスト侯爵家の家族を守ったのである。

 一番状況が飲み込めずミリアネアは僅かばかり反抗した。(公爵の婚約者である自分が追い詰められる筈がないわ)

 王弟(コンヤクシャ)はミリアネアに惚れ込んでいるのがよく分かっていたからだ。


 しかし家族全員の顔色を見て冷静になり、取るものも取り敢えず脱出を図ったのだ。兄には感謝しても仕切れない。あの後屋敷に残ったままであれば捕らえられ無実の罪で断頭台に送られていただろうから。

 婚約者とも兄は仲が良かった。それでも冷静で見極めのできるモーガンをミリアネアは素直に今は尊敬している。


 普通の人間ならば気にも留めないような瑣末なことに気がつくモーガンである。きっとこの船旅でもその危機回避能力が発揮されていることであろう。


「いつもの自分の状況を知っておけばどんな変化にも気がつく事が出来る」

 ミリアネアは心から兄を信じているのだとレインに笑顔で話した。

 勿論自国を捨てた話は伏せたまま。

「私が兄を信じているようにレイン様もお兄様を信じていらっしゃるのでしょう?だから皆様にちゃんとお給料を待ってくれと説得を続けていらっしゃる。

 今は大変かもしれませんが、きっと状況が変わるのももう直ぐですわ」


 ミリアネアの言葉にレインは嬉しそうに破顔した。


「ああ!ミリアネアさん。君の言葉に僕が今どれ程救われたか言葉にできないよ。有難う・・・・有難う・・・・・・」

 眦に僅かに涙を溜めレインは何度も頷いた。


 ミリアネアはレインの手を優しく握りしめる。


「待ちましょう!私はきっとその時間は遠くないって信じています」

 レインは首まで真っ赤に染めてミリアネアを見つめるのであった。

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