とある聖女の最期 聖女視点
前作「とある聖女の最期」の聖女視点でございます。
天井から吊り下げられたロープ。
その輪っかに首を通す。
ああ、後悔ばかりの人生だった。
せっかくもらった2回目の人生だというのに、大事なもの一つさえ守れやしない。
足元の支えを蹴とばした。
私には、妹がいた。
花開くような笑みが特徴で、頭もよく、私の妹とは思えないほど、優秀な妹だった。
人懐っこく、人からも愛されるような性格。
私は、そんな妹が世界で一番大切で、何よりも愛おしかった。
妹のためなら、比喩抜きで命すら差し出す覚悟があった。
だから、妹がいじめによって自殺したと知ったときに、私の世界は崩れ落ちた。
なぜ気が付かなかったのか、どうして守ってやれなかったのか。
後悔と自己嫌悪が体中を渦巻いた。
妹のいない世界で、私の生きる理由は存在しなかった。
世界イコール妹の私が、どうして生きていられようか。
もともと、大学受験を頑張っていた妹のため、給料だけはよかったブラック企業に勤めて、ほぼ毎日朝から晩まで働いて学費を稼いでいたが、妹の訃報を聞いて無断欠勤した。
3日目の夜。満月の輝く夜。星と月だけが見守る夜。
私はこの世から別れを告げた。
本来なら、ここで話が終わるはずだった。
なぜか私は死んでおらず、目が覚めた。赤子の姿で。
目の前には見慣れない男女の顔。思わずびっくりして泣き叫んでしまったことは許してほしい。
しばらくして、落ち着いて状況を鑑みた結果、どうやら私は転生というものをしたようだった。
荒唐無稽な話だが、生前そのような話が流行っていたような覚えがある。
大人たちの話を聞く限り、私は聖女と呼ばれる存在らしく、なんでも聖属性魔法というものが使えるこの世の中で唯一の存在らしい。
そんなことを聞いてもなお、私にはどうでもよいとしか思えなかった。
私がどれだけ力を得ようとも、もう妹は帰ってこないのだ。あの笑顔をもう一度見ることはできないのだ。鈴のなるような声を聞くことはできないのだ。
齢2歳ながら、どうやって死ぬかばかり考えていた。
聖女という重苦しい肩書きのせいで、周りの警備が厳重だった。とても抜け出して、ましてや自殺なんてできる雰囲気ではない。
私は、自分で死ぬことすら許されないのか。
親も身分の高い貴族と呼ばれる人たちで、いい生活はさせてもらっていたものの、高級そうな食べ物も、与えられるおもちゃも、何もかもが虚しかった。
気を紛らわすように、勉強だけは行っていたため、周りからは神童と呼ばれた。どれだけ学ぼうと、妹と再会する術は学べなかったが。
そんな中、私が3歳になった時のこと。一つの転機が訪れる。
私に妹ができたと、両親が伝えてきた。
たとえこの世界で妹ができようと、あの子の代わりはいない。そう思って大した感動も覚えずに、この世界での妹と対面した。
―私の世界が、光で満ち溢れた。
まるで、前世での妹を初めて見た時のような衝撃を受けた。
目の前の彼女と、私の記憶の彼女が違うのだとわかってはいても。
私は、今度こそ彼女を守ると、そう決意した。
妹はすくすくと成長していった。姉妹仲は極めて良好だった。
妹は、私をはるかに凌ぐ魔力を持ち、魔法の操作に長けていた。私は、よく彼女と一緒に魔法の勉強をした。
笑顔など浮かべたことがなかった私だったが、妹が生まれてからは笑うようになったと、周りの人からは評判だった。
そんな評判はどうでもよいが、彼女が笑うとつられて私も笑うようになったのは事実だ。
そんなある日。確か私が10歳、彼女が7歳の時。私は、前世の妹と、今世の妹を同一視しているのではないか、今世の妹を想うほど、前世の妹を忘れて行ってしまうのではないか。そんな底知れない不安に襲われた。
そこをたまたま彼女に見られてしまった。普段弱みを見せない私が狼狽しているのを見た彼女はただ事ではないと、私を心配してくれた。
普段なら絶対話すはずがなかったが、その時は不安と罪悪感に負け、気が付けば彼女にすべてを話していた。
前世の記憶があること。前世にも妹がいたこと。前世で自殺してこの世界に来たこと。目の前のあなたが誰よりも大切なこと。でも前世の妹も忘れられないこと、忘れたくないこと。あなたとあの子を同一視してしまいそうなこと。
すべてを話し終わったとき、頬に暖かい何かを感じて、初めて泣いていたのだと気が付いた。この時の私は、親を探して泣きじゃくる赤子と同じだっただろう。
それなのに、この妹は私を優しく抱きしめた。
全部信じると。私を大切にしてくれることが嬉しいのだと。同一視してくれてもかまわないのだと。あの子が大事でもいいと。その記憶と想い全て含めてお姉ちゃんなのだと。私もお姉ちゃんを守るからと。そう語ったのだ。
全てを肯定され、その時私は何かに許されたような感覚を覚えて、さらに泣いた。
彼女も泣いていた。
二人で月明かりの差し込む薄暗い部屋で、静かに泣いた。
私たちは、それ以来さらに深い絆で結ばれた。
どこに行くにも一緒だった。どんなことも二人で乗り越えた。
だが、運命はそんな私たちを許してはくれなかったようだ。
ある雨の日、親戚の家から帰宅する私たちは、馬車で悪路の中を走っていた。
翌日は実家主催のパーティがあったため、遅らせるわけにはいかなかったのだ。
得も知れぬ不安を覚えながら、気のせいだと言い聞かせていた、その道中。
通りがかった街道沿いの崖が、突如土砂崩れを起こした。
私自身は並程度の魔力しかなかったため、とてもではないがこの天災から身を守る術はなく、私は土石流に巻き込まれ、死ぬ運命だった。そのはずだった。
妹は、自身の全力を用いて、一人だけ身を守れるようなバリアを貼った。あろうことか、私に。
衝撃に備えて目を閉じていた私は、死んでいないことに気が付いて目を開き、そして絶望した。
辺りの土砂を掘り返し、ようやく彼女を見つけた時にはすでに彼女は息も絶え絶えだった。
回復魔法をかけるも、私の魔力では死にかけの人間一人を救うだけの魔法をかけることはできなかった。
聖属性魔法なんてたいそうなものを持っていても、目の前の彼女を救えないのでは何も意味がない。
徐々に消えてゆく命の灯。彼女は、最期にこう告げた。
―よかった、守れた―
そう呟いて、目を閉じた。その目は、二度と開くことはなかった。
あの後どうなったかはよく覚えていない。
気が付いたら私はベッドの上にいて、周りに両親と医者と思わしき人といくつか見覚えのある顔が群がっていたような気がするが、私は上の空だった。
私の傷は彼女が守ってくれたおかげで大したことがなくすぐに回復したが、今度こそは守ると誓った彼女を守れなかった私は、前世とも比べ物にならないほどの虚無感に襲われていた。食事もほとんど喉を通らず、部屋に引きこもり、何をするわけでもなく日々を浪費した。そんなことをしていると当然やせ衰える。このまま死ぬのもいいかと、納得してしまっていた。
だが、彼女の死から1か月後、ぼーっと窓の外を眺めていると、不意に彼女の声が聞こえた気がした。
思わず振り向いたが、当然彼女はいない。とうとう幻聴まで聞こえるようになったかと自嘲すると、再度、しかし先ほども力強く声が聞こえた。
辺りを見回すが、誰もいない。しかし声は確かに聞こえた。試しに妹の名を読んでみると、喜んだような声がした。
唐突なことに混乱したが、私は再び彼女の声が聞けたことに歓喜した。
どうなっているのか、どこにいるのかを彼女に尋ねると、曰く、妹は死の直前に私の無事を強く祈っていたらしく、気が付くと私の体に魂だけが癒着したとのこと。
どういう理屈でそうなったのかは全く知らないが、また彼女と過ごせるという事実だけで私はよかった。
それから生きる気力を取り戻した私は、食事もとるようになり、魔法の勉強も再開した。
このころから、私に護衛がつくことになったらしいが、私にとっては心底どうでもよかった。
妹は私の思考が読めるわけではなく、私が口に出さないと伝わらず、妹の言葉はほかの人には聞こえなかった。
そのため、周りの人々は私のことを妹の死で気が狂ったと判断した。だが、私が聖女であるため下手に扱うこともできず、何度か齎された刺客も妹の力と護衛係の力を合わせて全て返り討ちにした。ちなみに護衛がいなかったとしても倒せていたと思う。
そして、魂が癒着したことで、どうやら妹がもともと持っていた魔力がそっくりそのまま私に渡ったらしく、以前とは比べ物にならないくらいの規模の魔法を扱うことができるようになった。
それは、聖女としての活動に非常に役に立った。
私自身は他人が死のうが生きようが大して興味はなかったが、心の底からのお人よしである妹は、苦しんでいる人を助けるのが幸せらしい。
彼女の幸せが私の幸せであるため、私は聖女としての活動に精力的に取り組んだ。
気が付けば、私は稀代の聖女として世界各地から崇められていた。
誰かを救うために動いた気は微塵もないが、妹が喜んでいるのを感じたので、私も幸せだった。
聖女としての名が広まったころ、突如として空が暗雲で包まれた。
伝承で伝えられていた邪龍が降臨した、と聞いた。
私は妹との生活を脅かす物は排除したかったし、妹は世界の人々を絶望から救いたかった。私たちは邪龍を倒すことを決意した。
当然楽な道程ではなかった。だが二人の知恵と力を組み合わせ、いくつもの問題とたくさんの障害を跳ね除け、ひたすら前へと進んだ。
そして、邪龍の本拠地の目の前まで迫り、明日に最終決戦を控えた夜。
彼女がこう尋ねてきた。私は今幸せなのかと。
もちろん、幸せだ。世界が終わるかどうかの話をしている今そんな答え方をしていいのかはわからないが、私にとって世界とは妹の存在であるため、妹と過ごすことさえできれば、どこにいても、どんな状態でも幸せなのだと。
そう答えると、彼女は納得したのかしていないのか、曖昧な返答をして、続けてこう告げた。私はこのままでいいのだろうか、と。
何を馬鹿なことを。ここまで二人で楽しく、仲良くやってこれたのだ。むしろもっと私を頼ってほしい。あなたがやりたいことや行きたいところ、どんなことでも叶えると答えると、苦笑交じりに感謝を告げてきた。
何を聞きたかったのか、私にはわからないが、思えばこのとき彼女は私の体を借りて生きていることへの罪悪感があったのだと思う。
今となっては全てが遅いが、この時にもっと彼女の心根を聞けていればよかったのだろうか。
そんな夜が明け、私たちは邪龍討伐へと挑んだ。
数日に及ぶ戦いで、私はもはや時間感覚などなくなっていたが、確かに邪龍を瀕死にした。
あとはとどめを刺すだけ、これでまた平穏が戻ってくる。
その一瞬の油断を見透かしたように、邪龍は強大な魔法を最後のあがきとばかりに展開した。
起動した魔法は辺りの物を飲み込み少しずつ巨大化していた。放っておいたら間違いなく世界が滅ぶだろう。
私の魔力でも、流石にこの魔法を打ち消す方法は思いつかなかった。
そんな時、彼女がこう告げた。
―私の魂と引き換えなら、この魔法を打ち消すことができる―
そう告げた彼女の判断は一瞬で、私の体から光が出て行ったかと思うと、魔法の中心へと放たれた。
待って、行かないで、私を置いていかないで。
伸ばした手は虚しくも空を切り、そして彼女の魂と思われる光と邪龍の魔法が衝突した瞬間、辺りが眩い光で満ち溢れた。
さようなら、お姉ちゃん。愛してくれてありがとう。私も大好きだったよ。
光が収まる直前に、どこからかそう聞こえた。
すべてが終わったとき、彼女の声は聞こえなくなっていた。
私は、また守れなかったのだ。
その後、凱旋パレードやら何やらがあったが、私にはどうでもよかった。
不自然にならないように対応したような気がするが、あまり覚えていない。
ダメ元で護衛だった者に妹のことを話してみたが、やはり表面上でしかとらえられていないようだった。
ああ、まただ。また失ってしまった。そして、生きる理由もまたなくなってしまった。
最低限、私が必要な最後の仕事である祝祭での挨拶まではこなした私は、部屋で一人、死ぬ準備をした。
世界はもう平和になったのだ。もう聖女の力は必要ないだろう。
大切だったものは何一つ守れないような私など、死んだほうがいいのだ。
それになにより、私が生きていたくない。彼女がいない世界で、もう生きていたくないのだ。
ロープに輪っかを作って天井から吊るし、それに首を通す。
ああ、後悔ばかりの人生だった。
せっかくもらった2回目の人生だというのに、大事なもの一つさえ守れやしない。
足元の支えを蹴とばした。
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