第6話 中級冒険者は悪魔崇拝者の噂を聞く。
よろしくお願いします。
イビルラビットの肉は上手い。体内に多くの魔力を宿しているモンスターは総じて不味いのだが、イビルラビットは魔力量が少ないので肉の味が損なわれていない。市場でも人気のある肉なので高値で売れる。
食って良し、売って良しの良モンスターである。
俺はイビルラビットに感謝し手を合わせる。
今回の任務は討伐だったので、肉の処理は冒険者に委ねられる。つまりイビルラビットの肉は俺のモノになるわけだが、流石に数が多いので処理も大変だった。
二人じゃ足りないので応援を呼び処理が終わるころには、夕暮れになっていた。
「え。アタシの取り分多くないですか?」
と応援で呼んだ冒険者が疑問を口にする。赤い髪と、そして同じ色の獣耳が特徴的な『獣人族』の少女で名前はリーエルという。(この世界には人間以外にも獣人や、エルフなど様々な種族が存在している)
彼女はクラン『紅の砦』に所属する低級冒険者だ。『紅の砦』は俺が新人時代にお世話になったクランであり今でも交流がある。
「団長にはいつも世話になっているからね。そっちの大所帯と違って俺ら二人じゃ処理しきれないしな」
「保存場所もないですし」
とアグリも頷く。ちなみにこいつは「手が汚れるから」と処理作業は手伝わなかった。
「ありがとうございます! みんな喜ぶと思います!」
リーエルは元気良く頭を下げる。裏表がない良い子や。
「あ、そうだ! ギークさんに言伝があったんでした!」
「俺に?」
「おねえちゃ……じゃなかった。団長が呼んでいましたよ。暇なときに私たちの拠点に来て欲しいって」
「分かった。ついでだし今日行くか」
『紅の砦』の団長の頼みは断りづらいしな。
やれやれ、今日はもう一仕事ありそうだ。
冒険者クランは団長を筆頭に行動する冒険者の集団を指す。ギルドに申請すれば補助も出る。
『紅の砦』は大きな冒険者クランでありメンバーは40名を超える。集団で行動するより個々人で役割分担し様々な依頼を請け負う、冒険者内の便利屋のような存在だった。
拠点も大きく立派な建物だ。目の前にすると思わず溜息が出る。
少し緊張する。ちなみにアグリは「お疲れでーす」と先に帰った。
中に入り要件を伝えると団長室まで案内された。ノックし室内へと入る。
「ご無沙汰しています、メイナさん」
「ん。来てもらって悪いな」
部屋の奥には一人の女性が座っていた。赤髪に赤色の獣耳。く背筋はピンと伸びており、貫禄を感じさせる佇まいだった。
『紅の砦』団長メイナ。中級冒険者で槍使い。規模の大きいクランを纏め上げており、ギルド内での発言力も高い。
新人の頃はここで一時期お世話になり、冒険者の基礎を教えてもらった。
「まだソロでふらふらしているそうじゃないか。いい加減、自分のパーティーを持ったらどうだ」
「はっはっは。ソロの方が性に合っているんで」
「全く。相変わらずの調子みたいだな……。立っていないで座っていいぞ」
促されたので目の前の椅子に座る。メイナさんはおもむろにタバコをふかす。彼女の机の上には書類が重なっていた。
「忙しそうみたいですね」
「依頼が沢山舞い込んできてウチも人手が足りていないんだ。アンタもダンジョン『ローウェルの神殿』が解放された件は知っているだろ?」
「もちろん。今日の話はそれについてです?」
「ああ。要件は二つある。一つはアンタに聞かせておいた方が良い『厄介事』があってな……。ダンジョンが解放されたのは良いんだが、そこを根城にしていた盗賊たちが野放しになった」
ダンジョンは人の手が介入しづらい環境だ。そのせいで後ろ暗い連中――賞金首や盗賊の隠れ家になることがある。厄介なことに彼らはダンジョン内でも生活できる連中なので腕もたつ。
「逃げ出したんですか? ダンジョンの出入り口は封鎖していたんでしょう?」
勇者パーティーが攻略中の時はダンジョン周辺に大規模な陣営もしかれる。当然、ダンジョンの出入り口は厳重な警備が敷かれる。
メイナさんは頷く。
「ローウェルの神殿の出入り口は隠し扉を含めて全て地図作製し把握、警備も敷かれていた。その上で盗賊連中達は警備を潜り抜けてダンジョンの外へと出てしまった。もちろん把握できていなかった出口がある可能性もあるけど……」
「誰かが手引きした可能性もある、と」
「私はそう考えている。逃げた奴らはただの盗賊じゃない。『悪魔崇拝者』を名乗っている」
「マジすか」
悪魔崇拝――この異世界での悪魔崇拝者たちは、平たく言えば『悪魔最高! 人類滅べ!』みたいな連中である。荒くれものから貴族まで支持者が多く、時おり問題を引き起こす。
「今では足取りを掴めていない。盗賊達だけの力で逃げおおせるとは思えんし、誰か――それなりに人と金を動かせる奴が協力したのだろう、と私は考えている」
「それまた厄介な話ですね」
「他人事のような顔をするな。奴らが騒ぎを起こせば『悪魔召喚者』のアンタの立場は悪くなる。暫くは気を付けて過ごせよ」
「確かに。……あれ、もしかして心配してくれているんですか? だから俺にこの話を?」
「悪魔絡みの問題でも起きれば王都から監査官たちが飛んで来る。私はアイツらが嫌いだし面倒事は避けてくれ、という忠告だよ」
とメイナさんはそっけなく言う。
「いや嬉しいですよ。ありがとうございます」
なんやかんやと優しい人だと思う。俺も素直にお礼を言う。
「それでもう一つの要件ってのは?」
「……アンタに一つ仕事を受けてもらいたくてね。『不敗』のオーラムを知っている?」
「そりゃ知っていますけど。ダンジョン攻略でも名を馳せている上級冒険者ですよね」
「ギルドにオーラムから依頼がきたんだ。『悪魔に詳しい冒険者』に仕事を一つ頼みたいらしい。ギルドから私に話しが来て、そんで私はアンタを推薦した」
「俺をですか!?」
オーラムは冒険者だったら誰でも知っている人物だ。幾度の困難に打ち勝ち、凶悪なモンスターを倒し続けた、異名通りの『不敗』の男。勇者に並ぶ英雄とも称されている。
そんな冒険者からの依頼となると、ちょっとテンション上がってしまうな。
「ただ依頼内容については私も聞いていない。直接話したいそうだ。ギルドの審査は通っているから変な依頼ではない筈だけどね。話を聞いてみてやりたくなかったら後からでも断って大丈夫だ……どうする?」
「よし。やりますよ」
と俺は答える。メイナさんには新人時代の恩もある。返せる時に返しておきたい。
それに、かの上級冒険者からの依頼を受ける機会なんてそうそうない。俺にだって偶にはデカい仕事をして名誉を得たいという欲求もある。上級冒険者に顔を覚えてもらえれば、また個別で仕事を貰えるかもしれない。
恩と、名誉欲、打算。それらを踏まえて俺は依頼を受けると決断した。
「……揉めそうになったら私の名前出していいからな?」
「大丈夫ですよ、本当に無理そうだったら断りますし。まずは明日話を聞いてみますね!」
俺はまた頭を下げた。
ちなみに家に帰ったらアグリが珍しく料理をつくってくれていた。
感謝して食べた。
メイナ・ヴェルディ
種族:獣人族
年齢:25
出身地:東大陸 対魔同盟 ヴェルディ族属領
職業:中級冒険者(5等級)、槍使い。『紅の砦』団長。
備考:保有資格(クラン運営資格、大規模作戦指揮資格、他)
勲章(ギルド特別功労賞、年間クラン優秀賞、他)
読んでいただきありがとうございます。