第4話 中級冒険者に至るまで~父の死。現在へ~
16歳。俺が魔法学院を卒業した頃にレギオスは亡くなった。
亡くなる前日のことだ。中級魔術師資格を取ったことをレギオスに報告するために、俺はロベールに里帰りしていた。14歳に旅立ち丁度2年ぶりの帰郷となる。
俺にとってロベールは友人も多く、楽しい思い出もある場所だ。偏屈なレギオスも飲み友達ができて、意外にも楽しく過ごせていたようだった。顔馴染みと挨拶しつつ我が家へと向かう。
レギオスはベッドの上で静かに俺を待っていた。2年前から更にやせ細り、医者からはもう長くはないと言われている。
魔法学院入学前、村に留まろうとする俺を「学ぶ機会は今しかない」と送り出した日のことを覚えている。
「ご無沙汰しております。父上。私は先月『中級魔術師』試験に合格しました」
「……知っておるよ。アラン教授から手紙をもらったからな」
アラン教授はレギオスの友人であり、俺の師匠でもある。
「しかし適正があった神秘魔法が『召喚魔法』……しかも『悪魔召喚』とはな。血は争えんか」
「全くです。もっとも父上と違って王国に警戒されるような無茶はしませんよ。悪魔召喚は慎重にやります」
「ふん。言うようになったな。しかしお前もいずれ分かる時が来る……銀髪美少女悪魔に『ざぁこ♡』と言われる喜びを……その喜びには抗えない」
「私はどっちかというと長身メイド悪魔に優しく世話されたいですけどね……馬鹿にされるのはちょっと……」
「やんのかテメェ」
「急にキャラ変わるじゃないですか」
と意味のない会話をする。
暫くは無言だった。
外からは子供の遊ぶ声がする。
「……お前はこれからどうするんだ?」
「魔術師の就職先の大手はやっぱり冒険者ですし、当初の予定通り冒険者を目指しますよ。学院の授業の傍ら剣の修行もできましたし。『魔法剣士』が目標ですかね」
「そう……か。お前は私の息子にしては運動もできた……。村の自警団に混じって下級モンスターを倒した時は驚いた」
「訓練ですよ。自警団の人が弱らせてくれた個体に止めを刺しただけです」
「……それでもだ。お前は怖くなかったのか?」
「…………」
「……お前は変わった息子だが、まるで子供ではない振る舞いをした。特別な力を持っているようにも見えた」
確かに俺には特別な力があった。転生者特権のチートスキル。
産まれた時にその能力があるのだと直感で理解した。
スキル名は『適応力』。様々な環境への適応力が上昇する……といってもマグマの中でも平気になったり、病気を無効化する免疫力を持つわけでもない。
モンスターへの恐怖心を無くなったり、暗闇の中での感覚が鋭くなったり、不衛生な環境でも問題なく過ごせるといったスキルだ。このスキルのお陰で前世とはまるで違う環境の異世界を生き延びることができた。
魔法学院で『転生者』についても学んだ。この世界には俺以外にも転生者が度々生まれていたらしい。彼らは固有の能力を持っていた。
また転生者は見た目が子供でも中身は大人なので、その子供離れした振る舞いは周囲の人間を困惑させてきたようだ。
「……お前は転生者か?」
というレギオスの問いに俺は頷いた。
「そうか……」
レギオスは目をつぶり、暫くしてから言った。
「……産まれてきてくれたのがお前で良かった」
俺は頭を下げた。
「ギーク。我が息子よ。折角の二度目の人生ならば悔いなく生きろ。そして幸せになれ。幸せにならないといけないぞ」
それがレギオスの最期の言葉だった。いや、「折角ならハーレムを目指せ」とかも言っていた気がする。
次の日レギオスは亡くなった。葬儀では村の皆が来てくれた。
俺はちょっと泣いた。
――それから5年後、俺は冒険者として過ごしている。それなりに苦労はあり、何度か死にかけもしたが、今は中級冒険者となり安定した暮らしができている。
正直言って、冒険者以外の道もあったのではと思うときがないわけではない。
ただまぁ。俺なりにベストを尽くした結果、冒険者として働いているのだ。と思うようにしている。
不満はない。
で、現在に至るってわけ。回想終わり。
酒場へと向かう中、俺を追いかけてくる足音があった。
「お、ご主人じゃないですか。お仕事お疲れ様です」
銀色の長髪、紅い眼、そしてメイド服の女性が俺に迫ってくる。周囲の人間の視線が痛い。
「私も飲みに行くんですから一緒に行きましょうよ。愛しいご主人様とは一時も離れたくないのです」
「……嘘くせぇ台詞だな……」
「残念。あっ、今のは業務用デレなので本心では全くないですよ。今の本当の気持ちは『ご主人の金で酒が飲みてぇぜ!!』です」
「…………」
とメイドはにやにやと笑った。
彼女の名前はアグリ。
俺の使い魔である。
「そしてアナタは中級冒険者ギーク。一件無害な青年を装っていますが、いたいけな美女にメイドの格好をさせて奉仕させる卑劣感です」
「誰に対して何を言っているんだ? そしてデマを流すな!」
「でもメイド服は好きなんでしょう?」
「あ? 別に好きじゃないが!?」
「大丈夫。私は分かっていますよ」
と肩を叩かれる。敗北感が胸中を襲う。
アグリは中級悪魔であり、18歳の時に契約して以来の付き合いだ。彼女は主に『回復』魔法の使い手として俺の冒険をサポートしてくれている。また彼女と契約を交わすことで、俺自身も下級の回復魔法を使えるようになっているのだ。
ちなみに俺の言うことはあまり聞いてくれない。
「楽しみですねー。ご主人のお金で飲むお酒ほど美味いものはないですよ。酒場のおっちゃんが良いボア肉が手に入ったとも言っていましたし、今夜は宴です」
「もしかしなくてもその肉も俺が払うんでしょうか?」
「契約内容は『私に快適な人間生活を送らせること』ですよ。普段は私も稼いでいるんですから、たまには良いじゃないですか」
反論できない。アグリは回復魔導士として別行動することもある。腕が確かなので、俺より稼ぐ日もあるくらいだ。
「つってもなぁ。俺も人の金でお酒が飲みてーのよ」
「そして可能なら人の金で肉を食いつつ人の金で生活したい。グーたらしつつも、英雄としての賞賛を浴びたい。女の子に死ぬほどモテたい。けれど責任を負わず気ままに過ごしたい……と思っていますね。分かりますよ」
「ただのゴミカスじゃねぇか。思ってねぇけど」
「本当に? 例えば可愛らしい金髪の修道女に『アナタこそ真の英雄です。私は救われました。命だけではなく心も……。ですから、その、今夜はすべてをアナタに捧げます』とか言われたいと思わないのですか?」
「言われてぇぇぇぇ!」
俺は叫んだ。とても言われたい。
「ご主人の欲望をシュミレートしてみましたがクッソキモイですね」
「ほっといてくれ。まぁ、俺にそんな欲望があることは否定しないけどさ。叶えるつもりはないんだよ」
「ほー」
レギオスの「幸せになれ」という言葉。
俺は今、その言葉通りに生きているだろうか。
「欲望に折り合いはつけているし、今の現状に満足している。危険が多い世界だから生きるのは大変だけどな」
前世で「幸せになりたい」と後悔していた自分。
その時の俺から見て、今の俺はどう見えるのか?
「無理せず働いて、酒飲んで、遊んで、寝る。十分に幸せだ」
俺はそう答える。
「おっ。そこのお店のケーキが半額ですよ。お土産に買っていきましょう」
「聞けよ」
ケーキ屋に向かうアグリの後を追う。
この異世界生活には危険も多い。いつ死ぬか分からない。
世界の情勢も目まぐるしく変わり、冒険者家業だって何が起きるか分かったもんじゃない。
まぁ、でも、それなりに。
頑張って生きてみようと思っている。
アグリ
種族:悪魔(中級)
出身地:魔界
契約内容:ギークの冒険者生活のサポート
回復魔法、戦闘補助、他。
契約対価:『一ヶ月に一度、ギークによる魔力供給(ギークの三日分の魔力)』
『契約期間中は快適な人間生活を過ごさせること』