第21話 中級冒険者達が出会う前の少女について
よろしくお願いします。
※三人称、暗めの話になります。すみません。
少女にとって『自分の家』は安心できない場所だった。常に両親はイライラしており、些細なことで彼女の両親は怒鳴った。少女がちゃんと返事をしなかった、声が小さい、足音がうるさい、元気がない、いつもオドオドとしている。
「なんで、あんたは私を不安にさせるような態度を取るの!!」
と母親は少女を責めた。
「・・・・・・何か文句があるのなら言ってみたらどうだ!」
と父親は怒鳴った。
彼らが不機嫌な理由は自分にあるのだと、少女は思うようになった。
少女はそんな両親の機嫌を損なわないよう、親の言うことを聞く『良い子』になろうと誓った。元気よく子供らしく振る舞い、手伝いもして、勉強だって頑張る。
良い子としての価値を示せば、親の機嫌も良くなると分かったからだ。
価値を示し続ける限り、家での居場所はある。両親の都合で住む家を転々としながら、少女は環境に適応する術を身につけていった。
頑張っていれば、きっと報われるのだと心のどこかで信じていた。
ある日。母親の怒りが爆発した。
「早く寝ろ」という母親の言葉に「お母さんが休めるまで寝たくない」と答えからだろうか。以前にもそう言ったところ「お前は気遣いができる良い子だね」と褒められたから、同じことをしたのだ。
結果は失敗だった。
「なにそれ、嫌み?」
と母親は自分の髪を掻きむしりながら、少女に詰め寄った。
失敗したのだと気づいたときには遅かった。
母親は涙を流しながら怒りを爆発させた。
「あんたまで! 私にそんなことを言うの! 馬鹿にしているの!――」
その後の言葉は覚えていない。ただ親が子供に放つ言葉だと信じたくない、そんな類いの言葉をかけられた。
気がつけば家から放り出されていた。夜遅い時間で、なおかつ雪も降っていた。
寒い。
帰りたい。
けれど、帰れない。
少女は泣きながら、行く当てもなく街を歩いた。人とすれ違うたびに体が恐怖でこわばる。けれど、安心できる場所がない。
自分はどこにもいてはいけない気がする。
ここにいて良いのだと誰かに言ってほしいけれど。
その言葉をかけてもらう価値は、自分にはない。
「ちゃんと謝ろう」
と少女は家に戻ろうと決心した。結局、自分の存在許さる場所はあの家にしかないのだ。
ごめんなさい、って謝ろう。
また良い子として頑張れば良いと決心した。
しかし家に帰ると母親は父親に殺されていた。
父親は頭を抱えていた。
「お前が出て行くから口論になった・・・・・・。お前が外に出て行かなければ・・・・・・」
母親を殺すことになったのは少女のせいだと父親は責めた。
父親はなんとかして死体を隠そうとした。罪から逃れようとした。
母の死から数日。父は黒いローブをまとった男達と共に帰ってきた。
「この人達が死体をなんとかしてくれる。代わりにお前はこの人達について行くんだ」
父親は自らの身の安全のために、娘を売ることにした。
少女は泣きながら謝って父に縋ったが、父は少女を突き飛ばした。
少女は『悪魔崇拝者』達に買われ、彼らが根城にしているダンジョンまで連れてこられた。
悪魔の生け贄とするつもりらしい。
少女は狭い部屋に『そのとき』まで閉じ込められた。世話役の《小鬼》以外とは接触もなく、ただ一人。
最初は一日中泣いて、両親に謝った。答える声もないので自分を責めた。小鬼が止めに入るまで頭を掻きむしり、自分の腕を血がにじむまで引っ掻く。
しかし幾ら泣いても自傷行為に走っても何も変わらなかった。
冷たい床。味のしない料理。固い鉄格子。
少女はこう考えるようになった。
自分は世界に必要とされていない。むしろ迷惑をかけるゴミ。
最初から無駄だったのだ。
全部。頑張ってきたことも。自分の存在全てが無駄だった。
『そのとき』まで少女は無気力に過ごした。
少女の目の前には悪魔がいる。
巨大な蛇の姿をしていた。
今まさに自分を食おうとしている。
悪魔の生け贄になるのだと少女は知っていた。なぜ生け贄が必要なのかは分からない。
それでも、とにかく。
ようやく終わる。
蛇の魔法により少女の体が浮く。
蛇の口まで自動的に運ばれる。
蛇は大きく口を開けた。
蛇の吐息以外は静かで、他に物音は聞こえない。
少女は目をつぶった。
やっと死ねる。終わる。解放される。やっと。やっとだ。長かった。もっと早くに気がつけば良かった。最初から間違いだったのに。もういい。苦しい。ここは嫌だ。
――何か――蛇の吐息ではない――別の音が聞こえた。
・・・・・・いや、良い。勘違いだ。もういいだろう。死ねるんだ。死ぬべきだったんだ。お願いだから。
―――勘違いじゃない。何かが鳴っている。小さいが、自分の体の奥から。
・・・・・・違う違う違う。期待するな。お前にそんな価値はない。価値がない!! お父さんもお母さんもずっと邪魔に扱ってきたじゃないか!
リルは死ぬべきなんだ!!
どくん。と自分の心臓の音が聞こえた。
「――嫌だ!」
リルは叫んだ。
蛇が驚き同時仁摩法が解け、体が宙に投げ出される。
少女は床に体を打ち、転げ回る。
痛みが体中に走る。
上手く立てない。痛みだけじゃなく、全身が震えていた。
呼吸が荒い。涙が止まらない。
――生きたくない筈なのに。
リルは胸を掻きむしった。手のひらに自身の心音を感じる。
――この音がもう永遠に聞こえなくなってしまう。そのことがとても怖く感じた。
少女が生け贄になることを拒否したことに、蛇は怒り狂っていた。『代償を支払え』とわめき立てていた。側にいた黒いローブを纏った魔術師達は一斉に逃げ出す。
蛇はリルを見て言った。
『少女よ! 君は私の生け贄となることを拒否した。契約不履行とし人類は代償を支払わなければならない!! 古の契約に則り、リューベンの住民全てをもらい受ける!』
蛇が何を言っているか理解できなかった。
いや違う。理解したくない。
『我が配下のモンスター達にリューベンを襲わせ、住民たち全ての魂を私に献上させよう・・・・・・君のせいだぞ! 少女よ。君が大人しく生け贄となっていれば全て丸く収まったのに』
蛇は少女の反応を楽しむように言った。
少女の顔が再び絶望に染まるのを楽しむように。
『生きる希望を持ったのか? 生きていても良いと勇気を振り絞ったか? 無駄だよ。全て無駄だ。決心したところで現実は何一つ変わらない。生きようと思えたところで事態は改善しない!! むしろ周囲に迷惑をかける! 君のせいで、君が犠牲にならないせいで大勢死ぬのだ!!』
再び少女の心を折ろうと蛇は言葉で少女をいたぶる。
そのとき。部屋中が揺れた。
『この揺れ。まさか魔女が討たれたか。勇者が来てしまう』
蛇は途端に姿を消した。
魔術師達も部屋から姿を消し、部屋には少女だけが取り残された。
少女の目から一筋の涙が伝う。
蛇の言葉が徐々に心をむしばんでいった。
そうだ。自分は勇気を出した。
生きたいという意思を示した、のに。
「やっぱり無駄だったのかなぁ」
泣く少女に近づく影があった。
世話係の小鬼で片手に紙束を持っている。
そこで、少女の記憶は途切れる。
小鬼の魔法によりリルは記憶を失った。
勇者パーティーのロクゴウに引き取られ、冒険者のギーク達と出会った。
短いが幸せな日々だった。
それも終わる。
少女は記憶を思い出してしまった。
無価値な人間であること。
自分のせいで大勢の人が死んでしまうこと。
「行かなきゃ」
宿屋でリルはそうつぶやいた。
行く当てもないけれど、ここにはいられない。
扉に手をかけようとしたとき、腕を捕まれた。
「こんな時間にどこに行く」
ロクゴウはそうリルに言った。
ここまで読んでいただきありがとうございます!




