第20話 中級冒険者は手記を読む
よろしくお願いします。
「取り調べご苦労さん」
「はい。だいぶ時間がかかりました」
衛兵達からの取り調べの結果、多少の注意を受けたものの俺の正当防衛は認められた。ようやく取り調べが終わる頃にはすっかり日は沈んでしまっていた。
俺はメイナさんに呼ばれていたので、『紅の砦』の拠点までやってきた。団長室には入るとメイナさんは機嫌が悪そうに煙草を吸っていた。
「・・・・・・機嫌悪そうですけど、どうしたんです?」
「気分の悪い話を読んだばかりだからな。ほれ」
と一冊の紙束を手渡された。
表題には『手記の内容』と書かれている。
リルと共にダンジョンに残されていた手記なのだろう。
「ロクゴウの解読作業が終わったから写しをもらってきた。アタシは丁度読んだばかりだ」
とメイナさんは煙草をふかす。
「愉快な話じゃなさそうですね」
「全くだ。アンタも目を通しておいてくれ」
俺はソファに座り用紙を広げる。
「俺も不愉快な話を一つ持っていますよ。リルを襲った悪魔崇拝者の男から大体の事情を聞きました」
「そうか」
「多分この手記と書かれている内容と合致すると思います」
リルを襲った男は、リルを悪魔の生け贄にするつもりだったと語った。その経緯についても聞いた。
聞いた後、俺は男の腕を本当に折っとけば良かったと後悔した。
おそらく同じ内容が手記にも書かれている。まだ分からない点もあるので、読まないといけないのだろう。
――――――――――
この手記の解読は困難と予測される。
私は悪魔崇拝者達の実験によって、全く別の生命体となってしまった。認知機能から人とは異なる。私は普通の文章を書いているつもりでも、未知の言語を用いた文章になっている可能性がある。
しかし言語を解読し、この手記を読んでいる『アナタ』に頼みたいことがある。
人だったときの私の名前はドーリス。人族の魔術師だった。
私はこの手記を、この手記の側にいるだろう少女『リル』のために残す。
全ての始まりは100年前。
リューベンの街に住む有力貴族の男が悪魔と契約したことから始まる。
悪魔の名前は《パーミティ》。強力な上級悪魔だ。
男は悪魔パーミティを使役することで莫大な富と高い地位を手に入れた。彼が所属する悪魔崇拝の連中もお零れに預かり富を手に入れた。その代わり彼らはパーミティに対価を納め続ける義務を負った。
対価として子供の命を差し出す義務をおった。
またパーミティは子供の中でも『自己肯定感が欠けた子供』を好み、食した。
悪魔崇拝者達はそういった子供を誘拐し、時には自分たちの手で作り上げた子供を悪魔に差し出した。
この関係は100年経った今も続いていた。新たに加入した者達も同じ義務を課せられ、代わりにパーミティから富と力を与えられる。パーミティが造りだした魔女が住まうダンジョンを根城にして、10年に一度子供が生け贄に捧げられてきた。
私は多額の借金を背負い、さらに貴族に騙され、最終的にこのダンジョンに行き着いた。悪魔崇拝者らの魔法実験として体を弄られた。
おそらく、もうすぐ死んでしまうだろう。思考が徐々に単調になり体も重くなっていく。
まだ意識がある内にリルという少女、そしてリューベンの街にこれから起こる事態について記す。
彼女がダンジョンに連れてこられたのは数ヶ月前だ。昔はリューベンに住んでいたそうだが、暫くは親に連れられて転々としていたらしい。
そして親に売られた、と聞いた。
悪魔崇拝者達に買われて、少女は生け贄として連れられてきたのだろう。
生け贄に捧げられる間、私は少女の世話を任された。
リルの世話は難しかった。運んだ食事に手をつけない。放っておくと自傷行為に走る。
最初は一日中泣いていたが次第に静かになった。無気力に座っているだけになった。
生きる気力を失ってしまったようだった。生け贄として選ばれる子供は大抵そうだ。
まだ幼い子供であるにも関わらず「自分が消えること」を望んでいる。
生より死を望む子供をパーミティは好んだ。
食べられる瞬間にすら抵抗しない子供を奴は楽しそうに食べる。
リルは違った。
パーミティに食べられる直前までは無気力状態だった・・・・・・が、食べられる瞬間に「嫌だ!」とはっきりと意思を示した。泣きながら自分の消滅を拒んだ。
その反応が奴の怒りに触れた。
満足する生け贄が用意されなかったと奴は判断し、『契約不履行』とした。
契約不履行となった時、最初に契約者達が代償を支払う。パーミティは手始めに悪魔崇拝者達を殺そうとした。
しかし、幸運なのか不運なのか。ダンジョンを守っていたダンジョンボスである魔女が勇者によって討たれた。ダンジョンボスが討たれたことにより、ダンジョンは隠れ家としての機能を失った。何より勇者が攻めてくる。パーミティは一度姿を隠し、その隙に悪魔崇拝者達も脱出した。生け贄やパーミティを知らない『グィンガル』を始めとするメンバー達も勇者を恐れて逃げ出した。
契約不履行となった代償はまだ支払われていない。
100年前にパーミティと初めて契約した貴族は、契約を履行できなかった場合にリューベンの街そのものを差し出した。パーミティが満足するまで住民の命を奪えば良いと約束した。
パーミティはリューベンへ侵攻を始めるだろう。侵攻の駒としてモンスターを準備するのに一月ほど要すると予測される。
この手記を解読した者はリューベンの住民に伝えてほしい。
しかし悪魔の力は強大だ。おそらく大勢死ぬ。
・・・・・・そしてリルについて、だ。
少女は生け贄になることを拒否し、その結果起きることを知ってしまった。
自分のせいで大勢死ぬ。
少女は絶望し再び死のうとした。生きようと思ったことは間違いだった、と言った。
私は少女が死のうとすることを止めた。
そして私は少女の記憶を魔法で消すことにした。
私がやろうとしていることは間違いなのかもしれない。もっと最適な方法があるかもしれない。
・・・・・・・・・・・・それでも、せっかく「生きたい」という意思を示せたのだ。いっそ全部忘れて、彼女のせいで大勢が死ぬなんてことを忘れて、生きてしまえば良いと私は思う。
私はろくでもない理由から借金を作り、人に利用され、今まさに死のうとしている。
どうせなら目の前にいる子供くらいは・・・・・・。
アナタはどう思う?
私には分からない。
アナタがこの手記を解読した時、少女が少しでも笑えていると良いのだが・・・・・・
――――――――――
俺は手記について読み終えた。
男が話していた内容と合致する。
男は悪魔崇拝者の主要メンバーであり、悪魔パーミティから逃げ出してきたそうだ。
悪魔が使役するモンスターが街に攻めてくることも話した。
「メイナさん。まずは」
「既にギルドと領主には話をつけている。他の冒険者にも呼びかけている最中だ」
「流石。行動が早い」
モンスターが街に攻めてくるのなら、撃退と防衛。それに住民の避難のための人手が必要だ。
パーミティが侵攻の兵力を揃えるのに一月かかると手記に書かれていた。この手記が書かれたのが丁度一ヶ月前なので、パーミティはほぼ侵攻の準備を終えているだろう。
残された時間は少ない。
「まず一番にやらないといけないことがありますよ、ご主人。メイナさん」
と団長室にアグリがやってきた。肩には雪が積もっている。
「先程までリルさん達と一緒にいました。どうやら昼の襲撃で記憶を刺激され、リルさんの記憶は戻っています」
「そうかな、とは思っていたけど」
別れる前のリルの様子は明らかにおかしかった。手記の主がかけた記憶忘却の魔法も不完全なもので、切っ掛けさえあれば直ぐに解ける類いの魔法だったのだろう。
「今はロクゴウさんが見ていてくれています。また私も行くのでご主人達も来てください」
とアグリは言った。
「行ったところで、俺たちにできることはあるか?」
「ないと困りますよ」
「それもそうか」
と俺とメイナさんは立ち上がり、アグリについて行く。
今まさに小さな子供が傷ついて悲しんでいる。
その子のためにできることが何もないなんて馬鹿げている。
俺たちはロクゴウ達の元へと向かった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




