第17話 中級冒険者たちは記憶喪失の少女を笑わせたい
よろしくお願いします。
ロクゴウに連れられ、宿屋の一室に入る。俺らがすんでいるところより数ランクは上の宿屋で、それを月単位で借りているらしい。奥のベッドに少女が座っていた。金色の髪はきれいに整えられているし顔色もよさそうだ。服も上等のものを着ている。
ただ部屋に入ってきた俺を見ても、何も言わなかった。ロクゴウから事前に話はきいているのだろうが、子供らしくない反応だ。
「ではギーク、頼む」
「え?」
ロクゴウは役目を果たしたとばかりに、扉の近くで腕組みして目をつぶった・・・・・・いや、紹介もなく放置ですか?
部屋にいた少女――リルは俺から目を離してつまらなそうに外を見ている。
さて。困ったぞ。
つーか、この状況どうするんだよ。俺は何を話せばいいんだろうか・・・・・・。
・・・・・・相手はまだ幼い子供だ。しかも今は記憶を失い心細いだろう。そんな状況で大人の男と話すのは怖いかもしれない。
まずは安心感を与えることが先決だ。
今までで俺が会ってきた男性で、安心感を与えるような話し方をするやつはいただろうか。いたら真似してみよう。
俺は一歩前に出て話し始めた。
「ふむ。リル殿よ。急に訪ねてきて申し訳ない。だが安心してほしい。聞いているかもしれないが、我が輩の名前はギーク。ロクゴウ殿の紹介ではせ参じた」
思い浮かべたのはオーラムのことだった。性癖はともかく、話し方とかは清廉な騎士っぽかったからだ。
果たしてリルの反応は?
「・・・・・・え、なに?」
めっちゃ冷めた目で見られた。
心に100のダメージ!!
……いや、うすうす気づいていた。こんなおっさんが急に近づいて来たら俺でもそう言うわ。10対0で俺が悪いわ。
「あー。ごめん。さっきのナシ」
「ナシ?」
「本当ごめんな。仕切り直させてくれ。えー、俺はギークっていうんだ。そこのロクゴウの・・・・・・友達みたいなもんだ。ロクゴウは俺のことをなんて言っていた?」
リルはまだ冷めた目をしたままだが俺の問いに答えてくれる。
「えっと。ロクゴウさんは、リルの精神状態をかいぜん? させる相手を連れてくるって・・・・・・どういう意味かな?」
「・・・・・・遊び相手を連れてくるって意味だと思うぞ。きっと」
「遊び相手?」
「そう! 遊び相手だ。何かやってみたいこととか、行きたい場所とかあるか?」
記憶喪失中の相手にデリカシーのない発言をしていないか不安になる。助けを求めてロクゴウの方を見ても彼女は何も言わない。
リルは俯いてしまった。
「・・・・・・ううん。大丈夫。あんまり迷惑かけたくないし、リルはここにいるよ」
「迷惑って、オイオイ。子供がそんなこと気にするなよ」
「大丈夫。心配しないでいいよ」
ベッドの上で体育座りして俯いている少女。
「悪いけどその態度で心配しないで、は無理があるぞ」
「で、でも・・・・・・」
「でもじゃない。おとなしく心配させろ」
「あう・・・・・・」
「それにさぁ。俺もここで『心配いらないんだね! じゃあ帰るわ!』つったらすごい嫌な奴みたいじゃないか。むしろ何かさせてくれ。俺を助けると思って」
と俺は手を合わせる。冗談で言っていない。勇者パーティーからの依頼なのだ。ここでリルを見捨てて帰ったら、後で何をされるか分かったものでもない。
リルは僅かに顔を上げて俺を見た。
「じゃ、じゃあ。お願いする・・・・・・」
「うむ。助かる。で、何がしたい?」
「え、えっと・・・・・・リルは・・・・・・」
難しく考えているようだ。しばらくしてから彼女は尋ねてきた。
「えっとギークさんは普段何しているの? 休日のときとか」
「俺? 俺かぁ。色々あるけど、やっぱ寝ているか、酒飲むかの二択かなー。」
「へ、へぇ」
「昼過ぎまで寝て、起きたら酒場で温いビールを飲む。そしてまた好きな時間に寝る。至福といってもいい」
俺に前世の記憶は薄い。けれどこんな余裕のある休日を過ごせていなかったようだ。常に気を張り詰めていて、なかなか寝れず、食事も喉を通らなかった・・・・・・気がする。
今は違う。働くときはちゃんと働き、休むときは徹底的に気ままに過ごす。
今の異世界生活は天国のようだと俺は思っていた。
この瞬間までは。
リルは純粋な目をして俺に聞いてきた。
「楽しいの、それ?」
子供の邪気のない問いに、俺は即答できなかった。
俺の生活は楽しい。楽しかったはずだ。そのはずだ。
・・・・・・本当に? 恋人もつくらず、研鑽もつまず、ぐーたらと時間を浪費しているだけじゃないのか。せっかくの異世界生活なのに、飲んだくれでいいのか?
俺はそんな灰色の生活を理想としていたのか・・・・・・?
「お、俺は一体なんのために生きて・・・・・・?」
俺は膝から崩れ落ちた。
「ご、ごめんなさい! 嫌なこと言って・・・・・・。えっと、やっぱり楽しみって人それぞれだし!」
しかもフォローされた。泣きそうだ。
「リル・・・・・・。やりたいことって言ってもよく分からないから・・・・・・。参考になるかと思って・・・・・・ごめんなさい」
「だ、大丈夫だ。お兄さんと一緒に他に楽しいことを探そうか」
俺は笑った。
うまく笑えていただろうか?
「で。アタシが呼ばれたのか」
メイナさんは髪をかき上げてため息をつく。ロクゴウに事情を説明して連れてきてもらった。
情けないが俺ではリルを笑わせることはできなかった。とっておきの笑い話も、宴会用に覚えた手品も、一発芸も彼女は笑わず、むしろ申し訳なさそうな顔をした。
子供に気を遣わせてしまっている状況がとても情けない。
「メイナさんにも協力してほしんです」
と頭を下げる。
「アタシはかまわないぞ。子供は社会の宝だ。悲しんでいる子供は放っておけまい。相手するのも慣れているからな」
とメイナさんは近づいて、リルに話しかける。
「初めまして。アタシの名前はメイナ。この男の友人だ」
「あ、初めまして・・・・・・ごめんなさい。リルなんかのために来てもらって」
「子供が気を遣うな。アタシもちょうど暇だったからな。折角だし遊び相手になってくれないか?」
リルは顔をあげる。おお、好感触だ。
獣人族では、子供は生まれた瞬間に親が属する一族の子供となる。一族の大人たちが役割を分担し、その子供を育てるようだ。メイナさんも故郷にいたころはよく子供の面倒をみていたようだ。
これは大丈夫そうだ。
「ええっと。でもリル、何をしたいか分からないから・・・・・・例えばメイナさんは休日の日は何されているんですか?」
「アタシか。鍛錬や読書も好きだが・・・・・・やはり、好きなだけ寝て、酒を飲む。この二つだな」
だめそうだ。
案の定、「楽しいんでしょうか」攻撃をくらい、長考のすえ、膝から崩れ落ちた。
「あ、アタシは何のために・・・・・・生きているんだ?」
・・・・・・死んでしまった。
俺は彼女にかけより、リルに聞こえないよう小声で耳打ちする。
「しっかりしてください! 子供の相手は慣れているんじゃなかったんすか?」
「だって、獣人の子供たちって武器与えておけば喜んでたし・・・・・・」
「戦闘民族ッ」
「あ、あのー」
とリルは不安そうに俺たちを見た。
「大丈夫だ! さぁ遊ぼうぜ!」
と俺たちは笑顔を浮かべた。ぴきぃ、と表情がつった。
「それで真打ち登場というわけですか」
と俺の使い魔であるアグリは笑った。
「すまない。俺たちは無力だ・・・・・・」
俺(装備品:ちょびひげの鼻眼鏡。上半身裸で『永世国王』のたすき。右手に花束。左でに鳩)と、メイナさん(装備品:ぐるぐる眼鏡。『大道芸人』のたすき。右手にタンバリン)は頭を下げた。
リルは少し離れたベッドの上にいて不安そうに待っている。子供を笑わせられず、むしろ不安にさせている状況が本当に情けなかった。
アグリは散歩に出ていたようでいつものメイド姿だった。長い銀髪を書き上げて、ふふんと笑った。
「まぁ。大丈夫です。ご主人たちは大船にのった気分でいてくださいよ」
と言って、リルに近づいていく。
大丈夫かなぁ。
アグリは膝をついてリルと視線を合わせた後、話し始めた。
「どうも、こんにちは。私の名前はアグリといいます。そこのお兄さんのメイドをしている者です。急に来て申し訳ありませんね」
「い、いえ。リルのほうこそごめんなさい・・・・・・。リルのために来てくれて・・・・・・」
「リルさんが謝る必要はありませんよ。それで、リルさんは何かしたいことあります?」
とアグリは話しかけつつ、部屋をさりげなく見回している。
「・・・・・・えっと、アグリさんは普段は何を・・・・・・?」
と俺らが陥落した質問が投げかけられる。アグリは部屋の隅の本棚を一度目にとめた後、答えた。
「私ですかー。自分で言うのもあれですけど、結構多趣味ですよ。最近は演劇見るのにはまっていましてね」
「・・・・・・演劇?」
「そう。見たことはないですか? 豪華な格好をした人がホールの上に立って、色んな物語の再現をするんです。最近見たのは『フローラの騎士』ってやつですねー」
とアグリは目をつぶって、大げさに片手を広げた。
「『おお! なんたる試練ッ! 明朝までにかの魔物を倒さなければ、我が妹は王の命で処刑されてしまう! だというのに我が名剣は哀れにも川に流され、武器はこの包丁のみ・・・・・・。鎧も先ほど泥棒に盗まれ! 路銀も尽きたッ! 更には森の中で方向を見失い、遭難していまっている! これではとても使命を果たせないッ!』」
といい声で、その物語の一部分を演じて見せた。かなり上手い。それはそれとして、騎士は間抜けすぎるだろう。
果たしてリルの反応はというと、目をキラキラさせていた。
「そ、それ。知っている。この前、本で読んだかも・・・・・・」
「おお。原典の方は結構難しいのにすごいですね!」
「う、うん。あんまり、ちゃんとは読んでない・・・・・・。読み飛ばしたりしていたから、内容もよくは知らない」
俺も本棚の方を見ると、確かに『フローラの騎士伝』という本があった。さらに注視してみると、その本は取り出された形跡もあった。
「劇のほうは言葉も簡単なもので、わかりやすくなっているんですよ」
「へ、へぇ。お、面白そう。けど・・・・・・」
「うん?」
「劇場って人がたくさんいる?」
「そうですねー。いつも混んでいるし、ちょっと行くの面倒なんですよ。でも、見てみたいでしょう?」
「・・・・・・う、うん」
「だったら、ここで演劇やってみましょう。私は内容を全部覚えていますし、演者は他に三人もいます。話しの続きは第三章。騎士が包丁を持って魔物を倒しに行く場面から、でどうです?」
「・・・・・・うん! そこから丁度読めなかったから!」
リルはすっかりアグリの提案に乗り気になっていた。
・・・・・・流石は悪魔というべきか。人のやりたいこと――欲望を見つけることに関しては天才的だった。
アグリは俺たちを――ロクゴウを含めて近くに呼び寄せた。
「そんじゃ。私がナレーションするので、メイナさんは騎士をお願いします。ロクゴウさんは騎士に協力する魔術師」
「分かった」「了解した」
「ご主人は魔物の役をお願いします。『ピギャー』って叫んでおけばOKです」
俺は頷いた。メイナさんもやる気に満ちている。
ようやく役に立てるのだ!!
そこから俺たちは頑張った。俺は四足方向で叫びつつけた。魔物は全部で三匹おり、そのすべてを俺は演じてみせた。後遺症でしばらく語尾に『~ギャ』とつくくらい、魔物の叫びを全力で演じた。
メイナさんも騎士を必死に演じた。武器がないため魔物を殴りまくるシーンを本気で演じた。俺は死にかけた。
ロクゴウもたどたしくも、騎士をサポートする魔術師の役を演じた。杖をなくし魔法を唱えられないので、魔物を機械的に殴り続けるシーンは迫力があった。この演劇は本当に人気なのか、と俺は殴られながら思った。
だが、ようやく。少しだけだが。
俺たちの演劇をみて、リルは笑ってくれたのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。