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俺の異世界生活はこれで良い  作者: 脱出
第2章 中級冒険者は少女を救う
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第17話 中級冒険者たちは記憶喪失の少女を笑わせたい

よろしくお願いします。

 

 ロクゴウに連れられ、宿屋の一室に入る。俺らがすんでいるところより数ランクは上の宿屋で、それを月単位で借りているらしい。奥のベッドに少女が座っていた。金色の髪はきれいに整えられているし顔色もよさそうだ。服も上等のものを着ている。

 ただ部屋に入ってきた俺を見ても、何も言わなかった。ロクゴウから事前に話はきいているのだろうが、子供らしくない反応だ。


「ではギーク、頼む」

「え?」


 ロクゴウは役目を果たしたとばかりに、扉の近くで腕組みして目をつぶった・・・・・・いや、紹介もなく放置ですか?

 部屋にいた少女――リルは俺から目を離してつまらなそうに外を見ている。

 さて。困ったぞ。

 つーか、この状況どうするんだよ。俺は何を話せばいいんだろうか・・・・・・。

 ・・・・・・相手はまだ幼い子供だ。しかも今は記憶を失い心細いだろう。そんな状況で大人の男と話すのは怖いかもしれない。

 まずは安心感を与えることが先決だ。

 今までで俺が会ってきた男性で、安心感を与えるような話し方をするやつはいただろうか。いたら真似してみよう。

 

 俺は一歩前に出て話し始めた。


「ふむ。リル殿よ。急に訪ねてきて申し訳ない。だが安心してほしい。聞いているかもしれないが、我が輩の名前はギーク。ロクゴウ殿の紹介ではせ参じた」


 思い浮かべたのはオーラムのことだった。性癖はともかく、話し方とかは清廉な騎士っぽかったからだ。

 果たしてリルの反応は?


「・・・・・・え、なに?」


 めっちゃ冷めた目で見られた。

 心に100のダメージ!!

  ……いや、うすうす気づいていた。こんなおっさんが急に近づいて来たら俺でもそう言うわ。10対0で俺が悪いわ。


「あー。ごめん。さっきのナシ」

「ナシ?」

「本当ごめんな。仕切り直させてくれ。えー、俺はギークっていうんだ。そこのロクゴウの・・・・・・友達みたいなもんだ。ロクゴウは俺のことをなんて言っていた?」


 リルはまだ冷めた目をしたままだが俺の問いに答えてくれる。


「えっと。ロクゴウさんは、リルの精神状態をかいぜん? させる相手を連れてくるって・・・・・・どういう意味かな?」

「・・・・・・遊び相手を連れてくるって意味だと思うぞ。きっと」

「遊び相手?」

「そう! 遊び相手だ。何かやってみたいこととか、行きたい場所とかあるか?」


 記憶喪失中の相手にデリカシーのない発言をしていないか不安になる。助けを求めてロクゴウの方を見ても彼女は何も言わない。

 リルは俯いてしまった。


「・・・・・・ううん。大丈夫。あんまり迷惑かけたくないし、リルはここにいるよ」

「迷惑って、オイオイ。子供がそんなこと気にするなよ」

「大丈夫。心配しないでいいよ」


 ベッドの上で体育座りして俯いている少女。

 

「悪いけどその態度で心配しないで、は無理があるぞ」

「で、でも・・・・・・」

「でもじゃない。おとなしく心配させろ」

「あう・・・・・・」

「それにさぁ。俺もここで『心配いらないんだね! じゃあ帰るわ!』つったらすごい嫌な奴みたいじゃないか。むしろ何かさせてくれ。俺を助けると思って」


 と俺は手を合わせる。冗談で言っていない。勇者パーティーからの依頼なのだ。ここでリルを見捨てて帰ったら、後で何をされるか分かったものでもない。

 リルは僅かに顔を上げて俺を見た。


「じゃ、じゃあ。お願いする・・・・・・」

「うむ。助かる。で、何がしたい?」

「え、えっと・・・・・・リルは・・・・・・」


 難しく考えているようだ。しばらくしてから彼女は尋ねてきた。


「えっとギークさんは普段何しているの? 休日のときとか」

「俺? 俺かぁ。色々あるけど、やっぱ寝ているか、酒飲むかの二択かなー。」

「へ、へぇ」

「昼過ぎまで寝て、起きたら酒場で温いビールを飲む。そしてまた好きな時間に寝る。至福といってもいい」


 俺に前世の記憶は薄い。けれどこんな余裕のある休日を過ごせていなかったようだ。常に気を張り詰めていて、なかなか寝れず、食事も喉を通らなかった・・・・・・気がする。

 今は違う。働くときはちゃんと働き、休むときは徹底的に気ままに過ごす。

 今の異世界生活は天国のようだと俺は思っていた。

 この瞬間までは。

 

 リルは純粋な目をして俺に聞いてきた。


「楽しいの、それ?」


 子供の邪気のない問いに、俺は即答できなかった。

 俺の生活は楽しい。楽しかったはずだ。そのはずだ。

 ・・・・・・本当に? 恋人もつくらず、研鑽もつまず、ぐーたらと時間を浪費しているだけじゃないのか。せっかくの異世界生活なのに、飲んだくれでいいのか?

 俺はそんな灰色の生活を理想としていたのか・・・・・・?


「お、俺は一体なんのために生きて・・・・・・?」


 俺は膝から崩れ落ちた。


「ご、ごめんなさい! 嫌なこと言って・・・・・・。えっと、やっぱり楽しみって人それぞれだし!」


 しかもフォローされた。泣きそうだ。


「リル・・・・・・。やりたいことって言ってもよく分からないから・・・・・・。参考になるかと思って・・・・・・ごめんなさい」

「だ、大丈夫だ。お兄さんと一緒に他に楽しいことを探そうか」

 

 俺は笑った。

 うまく笑えていただろうか?



「で。アタシが呼ばれたのか」


 メイナさんは髪をかき上げてため息をつく。ロクゴウに事情を説明して連れてきてもらった。

 情けないが俺ではリルを笑わせることはできなかった。とっておきの笑い話も、宴会用に覚えた手品も、一発芸も彼女は笑わず、むしろ申し訳なさそうな顔をした。

 子供に気を遣わせてしまっている状況がとても情けない。

「メイナさんにも協力してほしんです」


 と頭を下げる。


「アタシはかまわないぞ。子供は社会の宝だ。悲しんでいる子供は放っておけまい。相手するのも慣れているからな」


 とメイナさんは近づいて、リルに話しかける。


「初めまして。アタシの名前はメイナ。この男の友人だ」

「あ、初めまして・・・・・・ごめんなさい。リルなんかのために来てもらって」

「子供が気を遣うな。アタシもちょうど暇だったからな。折角だし遊び相手になってくれないか?」


 リルは顔をあげる。おお、好感触だ。

 獣人族では、子供は生まれた瞬間に親が属する一族の子供となる。一族の大人たちが役割を分担し、その子供を育てるようだ。メイナさんも故郷にいたころはよく子供の面倒をみていたようだ。

 これは大丈夫そうだ。


「ええっと。でもリル、何をしたいか分からないから・・・・・・例えばメイナさんは休日の日は何されているんですか?」

「アタシか。鍛錬や読書も好きだが・・・・・・やはり、好きなだけ寝て、酒を飲む。この二つだな」


 だめそうだ。

 案の定、「楽しいんでしょうか」攻撃をくらい、長考のすえ、膝から崩れ落ちた。


「あ、アタシは何のために・・・・・・生きているんだ?」


 ・・・・・・死んでしまった。

 俺は彼女にかけより、リルに聞こえないよう小声で耳打ちする。


「しっかりしてください! 子供の相手は慣れているんじゃなかったんすか?」

「だって、獣人の子供たちって武器与えておけば喜んでたし・・・・・・」

「戦闘民族ッ」


「あ、あのー」

 とリルは不安そうに俺たちを見た。


「大丈夫だ! さぁ遊ぼうぜ!」

 と俺たちは笑顔を浮かべた。ぴきぃ、と表情がつった。



「それで真打ち登場というわけですか」


 と俺の使い魔であるアグリは笑った。


「すまない。俺たちは無力だ・・・・・・」


 俺(装備品:ちょびひげの鼻眼鏡。上半身裸で『永世国王』のたすき。右手に花束。左でに鳩)と、メイナさん(装備品:ぐるぐる眼鏡。『大道芸人』のたすき。右手にタンバリン)は頭を下げた。

 リルは少し離れたベッドの上にいて不安そうに待っている。子供を笑わせられず、むしろ不安にさせている状況が本当に情けなかった。

 アグリは散歩に出ていたようでいつものメイド姿だった。長い銀髪を書き上げて、ふふんと笑った。


「まぁ。大丈夫です。ご主人たちは大船にのった気分でいてくださいよ」


 と言って、リルに近づいていく。

 大丈夫かなぁ。

 アグリは膝をついてリルと視線を合わせた後、話し始めた。


「どうも、こんにちは。私の名前はアグリといいます。そこのお兄さんのメイドをしている者です。急に来て申し訳ありませんね」

「い、いえ。リルのほうこそごめんなさい・・・・・・。リルのために来てくれて・・・・・・」

「リルさんが謝る必要はありませんよ。それで、リルさんは何かしたいことあります?」


 とアグリは話しかけつつ、部屋をさりげなく見回している。


「・・・・・・えっと、アグリさんは普段は何を・・・・・・?」


 と俺らが陥落した質問が投げかけられる。アグリは部屋の隅の本棚を一度目にとめた後、答えた。


「私ですかー。自分で言うのもあれですけど、結構多趣味ですよ。最近は演劇見るのにはまっていましてね」

「・・・・・・演劇?」

「そう。見たことはないですか? 豪華な格好をした人がホールの上に立って、色んな物語の再現をするんです。最近見たのは『フローラの騎士』ってやつですねー」


 とアグリは目をつぶって、大げさに片手を広げた。


「『おお! なんたる試練ッ! 明朝までにかの魔物を倒さなければ、我が妹は王の命で処刑されてしまう! だというのに我が名剣は哀れにも川に流され、武器はこの包丁のみ・・・・・・。鎧も先ほど泥棒に盗まれ! 路銀も尽きたッ! 更には森の中で方向を見失い、遭難していまっている! これではとても使命を果たせないッ!』」


 といい声で、その物語の一部分を演じて見せた。かなり上手い。それはそれとして、騎士は間抜けすぎるだろう。

 果たしてリルの反応はというと、目をキラキラさせていた。


「そ、それ。知っている。この前、本で読んだかも・・・・・・」

「おお。原典の方は結構難しいのにすごいですね!」

「う、うん。あんまり、ちゃんとは読んでない・・・・・・。読み飛ばしたりしていたから、内容もよくは知らない」


 俺も本棚の方を見ると、確かに『フローラの騎士伝』という本があった。さらに注視してみると、その本は取り出された形跡もあった。


「劇のほうは言葉も簡単なもので、わかりやすくなっているんですよ」

「へ、へぇ。お、面白そう。けど・・・・・・」

「うん?」

「劇場って人がたくさんいる?」

「そうですねー。いつも混んでいるし、ちょっと行くの面倒なんですよ。でも、見てみたいでしょう?」

「・・・・・・う、うん」

「だったら、ここで演劇やってみましょう。私は内容を全部覚えていますし、演者は他に三人もいます。話しの続きは第三章。騎士が包丁を持って魔物を倒しに行く場面から、でどうです?」

「・・・・・・うん! そこから丁度読めなかったから!」


 リルはすっかりアグリの提案に乗り気になっていた。

 ・・・・・・流石は悪魔というべきか。人のやりたいこと――欲望を見つけることに関しては天才的だった。

 アグリは俺たちを――ロクゴウを含めて近くに呼び寄せた。


「そんじゃ。私がナレーションするので、メイナさんは騎士をお願いします。ロクゴウさんは騎士に協力する魔術師」

「分かった」「了解した」

「ご主人は魔物の役をお願いします。『ピギャー』って叫んでおけばOKです」


 俺は頷いた。メイナさんもやる気に満ちている。

ようやく役に立てるのだ!!


 そこから俺たちは頑張った。俺は四足方向で叫びつつけた。魔物は全部で三匹おり、そのすべてを俺は演じてみせた。後遺症でしばらく語尾に『~ギャ』とつくくらい、魔物の叫びを全力で演じた。

 メイナさんも騎士を必死に演じた。武器がないため魔物を殴りまくるシーンを本気で演じた。俺は死にかけた。

 ロクゴウもたどたしくも、騎士をサポートする魔術師の役を演じた。杖をなくし魔法を唱えられないので、魔物を機械的に殴り続けるシーンは迫力があった。この演劇は本当に人気なのか、と俺は殴られながら思った。


 だが、ようやく。少しだけだが。

 俺たちの演劇をみて、リルは笑ってくれたのであった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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[良い点] 子どものために頑張る大人っていいですねえ
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