第12話 中級冒険者は黒幕と戦う
戦闘回です。
長いので最後の方だけ読んでいただけるだけでも大丈夫です。
申し訳ない。
よろしくお願いします。
俺は異世界転生して生まれた。ちょっとした転生者特権も持っているし、幼少期は中味が大人のを活かして将来を見据えた行動もとれた。幼い時から魔法と剣術を学び、そこそこ強くなった。
しかし、この異世界には化物みたいに強い奴らがいる。俺の格上なんてゴロゴロいる。
……それでも。
俺はこの異世界で21年、生き延びている。
ラフネルの隠れ家へ俺達は地下水路を使い侵入した。索敵の結果、敵は3グループに分かれていたので俺たちもそれぞれ分かれた。
俺は屋敷の最上階にいた。
部屋には二人の男がいた。いかにも悪そうな貴族然とした金髪の男がラフネルだ。
そしてもう一人。ボロボロに切りそろえた帋から冷たい目がのぞく大男。両手には鋭い鉤爪が装着されている。自分の流派を極めるため試し切りと称して、村人を殺しまわった男。追手にきた冒険者パーティーを一人で殺した。賞金首グィンガル。
――俺より強い相手だ。
ラフネルは俺を見て言った。
「君はたしか中級冒険者のギークだな。まさか正面からやって来るとは。予想以上の愚か者のようだな」
「正面から来ないと意味ないんだよ。アンタらに身の程ってのを分からせなきゃな」
ラフネルの額に青筋が浮かぶ。怒っている、怒っている。
ラフネル男爵を罪に問うのは簡単なことじゃない。裁判官を抱き込まれて逃げられてしまう。王都やギルド、貴族までに根回して、動かぬ証拠を用意して時間をかければ奴を裁くことは可能だろうが――、その間にも犠牲者は出る。
よって俺達はあらゆる手順をすっとばして、暴力で脅しに来たわけだ。
コイツ等を痛めつけて、逆らえないよう心を折って、自首させる。
ラフネルは笑う。
「身の程を弁えるのは貴様の方だ! 私の傍にいる男を知らんわけはあるまい? 《首狩り》グィンガル!」
グィンガルは一歩前に出る。
「引け。お前程度では我が爪の錆にもならない……」
ラフネルも勝ち誇ったようにまた笑う。
「貴様は中級の冒険者だろう? 優れた能力もなく、やる仕事は簡単な雑務だけだ。我々は違う。過酷な世界に身を置き、日々を生きる選ばれた勝者なのだ。お前達のような敗者とは違う」
「敗者?」
「そうだ。貴様らは進歩を忘れ、何も成功を掴めず、日々を怠惰に生きる。そんな生き方しか選べなかった者達を敗者と言わずに何という。例えば我々の手足となってくれた下級冒険者の男……くくく。我々に媚びる姿は滑稽だった。アレこそ負け犬の姿だ」
手足。ドリーさんのことだろう。脅されて悪魔召喚の片棒を担いでしまった。
「命令に従うことしかできない! そんな腐った負け犬が今の世界に蔓延っている!!」
ドリーさんの生き方が正しかったのかなんて分からない。
他人から見れば、彼はみっともない男性に思われるかもしれない。
それでも俺にとっては大切な友人だ。
「我々が導く必要があるのだ! 魂が輝きを放つ、あの英雄たちのように今の人類を導く! その世界に負け犬たちは――」
「もういい」
俺はラフネルの言葉を遮った。
これ以上、聞きたくなかった。
ドリーさんの生き方が正しいのか、なんて俺は知らない。
ただコイツ等に否定されるのは我慢できない。
「……私に口答えか? 良い度胸だ」
ラフネルの合図で、グィンガルが一歩前に出る。鉤爪を構え俺との間合いを測る。
「お前も一端の冒険者なら相手との力量差は分かるだろう? お前ではグィンガルに勝てない」
殺気で分かる。
奴は俺より強いのだろう。まともに戦えば勝ち目はない。
「チャンスをやろう。お前の悪魔に関する知識は役に立つ。頭を垂れて、我々に忠誠を誓えば命だけは助けてやる」
……俺の前世は後悔まみれだった。二度目の人生は後悔したくない。
こんな所で死ぬなんて御免だ。
「さぁ! 敗者らしく我々に謝罪しろ!」
俺の答えは決まっていた。
「いやだね」
「……は?」
「お前ら如きに降参? 冗談だろ」
馬鹿にしたような声を出して、思いっきり笑ってやる。
グィンガルまで怒りを募らせているのが気配で分かった。
「何を言っているか分からんな。負け犬の言葉は……!」
「分からないのか? 俺はお前らなんかに敗けない、と言っているんだ」
前世の人生は後悔ばかりで、確かに俺は敗者だった。
二度目の人生までも負けてたまるか。
グィンガルが跳躍する。
俺も剣を抜いた。
――魔法学院時代。俺は北大陸にある学院に通う中で、教授の紹介で剣の師匠も得た。エバンという名の耳長族《エルフぞく》の男だ。
耳長族《エルフぞく》。
魔力と戦闘力は全種族の中でも最高値を誇る。全員美形な上に衰えず、長い寿命も持つ。
そして肉体は衰えもしないが、その代わりに彼らには肉体の成長もない。人族の成人に近い容姿で生まれ、魔力量も筋力も死ぬまで不変。
故に彼等は長い寿命の中で技を極める。魔法、剣術、弓術……。今にも残る戦術の多くを耳長族が完成させてきた。
俺の師であるエバンは耳長族としては比較的弱い男だった。魔力も戦闘力も平凡。
しかし常に戦いの場に身を置きながら、500年も生き残っている。
俺は彼に師事し、生き残る術を学んだ。
魔法、投石、格闘術まで組み込んだ生き残りに特化した剣術を。
――俺とグィンガルの戦いは別の部屋へと移動していた。俺が「ラフネルを守りながらじゃ、戦いにくいだろ」と挑発したからだ。
グィンガルの武器は両腕の鉤爪。そして巨漢からは信じられない程の体捌き。
「はぁぁぁぁぁ!!」
間合いを詰めてくる。はやい。鉤爪はもう俺の顔のすぐ傍に――
「『浮遊弾《フローティング・バレット》』!」
グィンガルの横腹に向かって瓦礫の破片が飛ぶ。俺の風魔法で浮かせ、なおかつ魔力を帯びさせた只の瓦礫。
当然、こんなものでは大したダメージは与えられない。ただ僅かに、敵の意識を一瞬逸らす。
鉤爪が迫る速度が僅かに緩まり、その隙をついて俺は刀で防御する。敵の鉤爪の上に刀を滑らせて、受け流す。
すぐに俺は間合いを取る。
俺の武器は太刀。装飾は洋風だが形状は日本刀に近い。高い金はたいた特注品なので簡単に刃毀れもしない。
そして俺の周りには俺の魔法で浮かせた瓦礫、小石、机の上に置いてあった文鎮やらが飛んでいる。風魔法『浮遊弾』。近くの物体を浮かせて、敵にぶつける。
また俺には当たらず敵を自動的に攻撃するよう命令してある。
「……小癪な。だが多少はできるようだな。それだけの数の物体を魔力で操るとは。更には使用者には当たらないよう、複雑な命令式が組み込まれている」
「そりゃどーも。舐めていると結構なダメージをくらうぜ」
「だが無駄だ。貴様はいずれ魔力切れを起こす。その前に我の《刻爪流》の餌食となるがな……!」
再びグィンガルは飛ぶ。奴の余裕は単純な力量差からくるものだ。
あの速度、あの筋力から繰り出される鉤爪の攻撃。鉤爪自体もそれなりの業物だろう。以前読んだギルドの報告書によれば、自らの肉体の攻撃力を上昇させるスキルも手に入れているらしい。
たぶん、俺が魔法でガードを固めても無駄だ。一撃でもまともに喰らえば俺は死ぬ。
一瞬、考える。
……先の攻防で、敵の本気の一撃でなければ刀で受け流せる。その本気の一撃を撃たせない為にも、グィンガルの攻撃時には必ず何かしら妨害の手を打つ必要がある。
「――散開っ!」
俺の命令に応じ、俺の周囲を浮いていた浮遊弾は周囲に飛ぶ。天井に、机の下に、グィンガルの下に。グィンガルの視線は浮遊弾の方向へと逸れた。
今度は俺が距離を詰める。
グィンガルはすぐさま鉤爪を構えた。ここは奴の間合い――
「『火球《ファイアボール》』!!」
太刀を持っていない別の手から火の玉を生みだす。ゼロ距離からの火球。
「小癪なッ……! ッ!」
グィンガルは突如として呻く。背後に待機していた浮遊弾が後頭部に直撃したのだ。俺はそのまま太刀を振り下ろす……が、これは防御される。
再び距離を取り火球は消す。あの距離で出したら俺もダメージを喰らうからだ。
代わりに今度は、俺の背中の後ろに二つの火球を出す。
『――常に二つ以上の攻撃手段を持て。且つ常にその攻撃を展開し続けろ。敵が対処しなければならない攻撃を絶やすな』
師であるエバンの言葉を思い出す。あの爺は教えの時は偉そうな口調で語っていたよなぁとかも思い出した。
グィンガルは遠距離から鉤爪を振るう。瞬間、鉤爪が赤く光る。
衝撃波が飛んできた。間一髪で躱す。衝撃波はそのまま進んで、背後の壁ごと切り裂いた。……魔術師でなくとも体内にある魔力をスキルを通して、強烈な技へと昇華させることができる。いわゆる『必殺技』だ。
俺の体勢が崩れ落ちたのを見て、再びグィンガルが飛んできた。火球をグィンガルの顔目がけて飛ばす。
グィンガルが火球を切り落とす、火の粉が舞って奴の視界が隠れる。
その一瞬の隙に俺は剣を投げて体勢を低くする。
奴は俺の姿を一瞬、見失った。俺は懐に潜りこんで掌底を喰らわす。
「がふっ」
更に一撃。今度は地面に手を突いて、反転する勢いでグィンガルの顎を蹴り上げる。
「舐めるなッ!」
再びグィンガルが体勢を整える。しかし奴は背後の気配に気づいた。俺が放り投げた太刀が浮遊魔法で奴の背後まで回る。
『常に敵の意識を逸らせ。無駄に頭を使わせろ。体力を使いさせ続けろ』
グィンガルは反転し、太刀を叩き落と――させる前に移動ルートを変更させたので、太刀は俺の手元に戻って来る。
その攻防の間に俺は距離を取る。グィンガルの攻撃で砕けた壁を利用して浮遊弾の弾数を増やす。
奴は既に二発ほど浮遊弾を喰らっている。意識の外から来る一撃ってのは小石程度でも結構痛いもんだ。何発も喰らえば体だけじゃなく精神も持たない。
奴は忌々しそうに浮遊弾を見つめる。
グィンガルは再び鉤爪を構え、衝撃波を飛ばそうとする。奴の攻撃に合わせて浮遊弾が飛ぶ。グィンガルはあえて攻撃を喰らい、衝撃波を飛ばす――しかし集中力が途切れた斬撃刃の速度は先ほどより遅い。
躱す。俺は剣で攻撃。同時に浮遊弾を背後から飛ばす。
グィンガルは体を捻り、浮遊弾と俺の太刀を交わす。
浮遊弾は俺を回避して、再びグィンガルの背後へと移動する。
グィンガルの鉤爪が来る。体勢が崩れたうえでの一撃。軽い。俺は太刀で受け流す。
接近したところを水魔法『水球』をぶつける。水球が弾け、それをさらに浮遊魔法浮かせる。その細かな水球と共に太刀で攻撃。
『敵のやりたい攻撃などやらせるな。そうすりゃ敗けることはない』
敵の全力を出せないために、徹底的に妨害し続け攻撃する。
「――ッ。ハッ……」
グィンガルの呼吸が乱れ始める。いずれ隙が生まれる。
この隙を突けば、俺の勝ちだ。
だが今回に限り『そんな勝ち方』じゃダメだ。
「お疲れのようじゃないか」
俺の軽口にグィンガルは舌打ちした。
「驕るなよ。お前の魔力総量をみえてきた。先に倒れるのはお前だ」
俺が展開する浮遊弾や火球などの数も把握しているのだろう。敵ながら恐れいる観察眼だ。もっとも今はその観察眼が命取りになるのだがな!!
「クククク」
俺は顔に手を当て不敵に笑う。
「な、なんだ……?」
「クックック。滑稽だなぁ。まさか今まで俺が全力を出していたとでも?」
「!?」
「こんなの俺の全力の一割にも及ばない。だが、しかし君の健闘に免じて三割の力を見せてやろう。クフフ、フハーハッハ!」
コイツ等には自首してもらわないと困るのだ。こんな我の強い連中を自首させるためには、徹底的に心を折る必要がある。
絶対に勝てない相手がいるのだと思い知らせなければならない。
「バカなッ! デタラメを――」
「――『大旋風《ウィンドストーム》』」
俺の言葉に応じ、空気が、震えた。
グィンガルは身構える。無駄だ。
もう、思考さえさせない。
突如として部屋の窓ガラスが全て割れる。
「―――!!!」
そして、床に散らばった破片の『全て』が浮く。部屋に置かれた家具や小道具も全て同様に浮遊魔法で浮いた。
それらがぶつかり合う。破壊音が部屋中に響き渡り、部屋が揺れる。
視界にうつるものすべてが浮遊弾となり、無尽蔵に飛び回る。
「――なっ! 馬鹿なッ! これだけの物体を操れるわけが――! ――!」
破壊音にグィンガルの声はかき消される。アイツの顔には恐怖が浮かんでいた。
俺は両手を上げ、浮遊弾をグィンガルの周りに叩きつけ始める。
破壊音。グィンガルは避ける。破裂音。更に追撃。「――!」。グィンガルが何かを叫ぶ。衝撃。鉤爪を振り回すが、防御しきれない。暴風。「――! ――!」。奴の体に傷がつき始める。音。「―――――!!」。衝撃波を出すも浮遊弾に全て防御される。
ただでさえ心身共に疲弊しきっていたところに、突然の環境の変化だ。
万全な体調であれば対応できたかもしれないが、今のグィンガルの動きに精彩はない。
疲労、恐怖。そのせいで思考は単調化する。
グィンガルは叫び、俺に一直線に向かって来た。
浮遊弾は俺を避ける。これだけ大量の浮遊弾は使用者の近くでは展開できない、と考えた。
しかし、奴の動きは遅い。
疲労と、焦り。更に浮遊弾に邪魔されているからだ。
これを待っていた。
俺は剣を投げ捨て、カウンターの姿勢を取る。
「――あぁぁぁ!!」
俺は拳をグィンガルに叩き込んだ。
「……ぶはっっ!」
「お前程度、武器を使うまでも!! ない!!」
殴る。殴る。鼻を折る! 顔面をへし折る勢いで!
「ま、まへ……やめっ! ぶっほ! こ、こうさん……!」
「沈めやぁぁぁぁ!」
思いっきり、殴る!!
「ぶへらぁぁぁ!」
グィンガルは文字通り沈み、気絶した。
最期に「降参」と言いかけていたので心を折ることに成功したようだ。奴には俺が得体のしれない魔術師に見えたのかもしれない。更には最期には「武器を使うまでもない」と素手で気絶させられたのだ。屈辱だろう。
「……ふぅ」
魔法を解くと全ての浮遊弾は床に落ちる。静かになった。
……まぁ種晴らしをすると、浮遊弾の大多数はグィンガル達と会う前に、忍び込んで魔法をかけていたのだ。大量の魔石も用意していたので全ての物体に『浮遊』の魔法をかけることができた。その部屋にグィンガルをおびき出す。グィンガルには、俺が全ての浮遊弾を一瞬で準備し操っていたように見えたようだ。
……さきの拳だって実は風魔法『旋風』を拳にまとわせていた。奴は混乱していたので気付かなかったみたいだが。
「ぐぇ。頭いてぇ。ボケがよ」
魔法を使い過ぎて頭が痛い。悪態もついてしまう。
二日酔いに似た疲労感だ。
なんやかんや辛勝と言える。
異世界での俺の戦い方はこんな感じだった。余裕で勝利~という戦いは少ない。
この世界では俺より強い奴がたくさんいるから仕方がない。
戦闘力ならメイナさんの方が上だし、魔法だって総合的に見ればアグリの方が上だろう。他の上級冒険者や勇者と比べるまでもない。上級モンスター、更にその上の魔王なんてのには勝てる気がしない。
ただ、俺は決して殺されないよう、負けないように修行を積んだ。
勇者だろうが魔王だろうが、勝てなくとも負けるつもりはない。
そんな気概で異世界生活を送っている。
「さてと。最後の仕事だ」
俺はラフネルの部屋へと向かう。
読んでいただきありがとうございました。
もう少し簡潔にまとめられるよう努力します。
あと2話で今回の章は終わりです。
よろしくお願いします。