第10話 中級冒険者にできること
よろしくお願いします。
※シリアスです。
ドリーは1話で出てきた人です。
胸くそな敵が出てきます。すみません。
資材倉庫には悪魔を呼び出すための道具が運び込まれていた。
次の満月の夜に悪魔界への扉を開き、悪魔『スラウズ』を呼び出す。門からは黒い手が幾つも飛び出て、地上の人間、南地区の住民を手あたり次第に喰うだろう。そして十分な魂を得られればスラウズは地上に召喚される。
もっとも悪魔崇拝者たちの狙いは、召喚前の虐殺に当たるわけだが。
俺は道具を回収し、床に書かれていた召喚陣も消す。
ドリーさんは俺の一部始終をじっと見つめていた。
ドリーさんが悪魔崇拝者たちと接触したのは先週のことだったらしい。地下水路道での清掃作業中のことだったそうだ。彼等に囲まれ資材倉庫まで連れ込まれた。連中は仮面を付けて正体を隠していた。ただ一人は高そうな――貴族が付けるような首飾りをつけていた。
声からして人間の男性らしかった。その男は自分が身に着けている首飾りを掲げてドリーさんに言った。
「これが分かるか? お前のような低能では一生身に付けられない宝だ。お前と私では身分が違う」
男はドリーさんに悪魔召喚の手伝いをするよう命令した。メッセージを南地区に残し、悪魔召喚の道具を資材倉庫に運び込むように指示した。
無許可の悪魔召喚は重罪だ。当然ドリーさんは断ろうとした。
もう一人、背丈が大きな男が彼を見つめた。
「冷徹で……命を何とも思っていない目だった。僕みたいな低級の冒険者とは格が違う相手だった」
とドリーさんは言う。
それだけで、もう心が折られてしまったと彼は言う。逆らう勇気が出なかったのだと。
しかし貴族らしき男が口を出した。
「こんな簡単に引き受けるなんて怪しいじゃないか。逆らえないよう調教した方が良い」
男の合図で周りも武器を構える。ドリーさんは逆らうつもりなんてない、命令に従うと言った。それでも彼等は距離を縮めてくる。彼等の手元には鋭いナイフや魔術の杖がある。
ドリーさんは懇願して、命令に従うと繰り返し言う。
「ほう。私達の言うことを聞くか……。分かった。信じよう」
男はそう言った。
ドリーさんはそれを聞いて安心したところだった。
「だが……不愉快だ。私がなぜお前を疑ったか分かるか? お前の態度が軽薄で信用に値しないものだったからだ。お陰で人を疑うなんてストレスを私は感じてしまったよ。余計な時間も取らせた」
大男が地面を大きく蹴り上げる。音に吃驚したドリーさんは体勢を崩し、その場に倒れ込んだ。
奴らに囲まれる。冷たい視線が突き刺さる。
「分かるな?」
ドリーさんは首を振る。
「謝れ。お前のようなクズが余計な手間を取らせたことを、誠意をもって謝罪しろ」
奴らは再び武器を構えた。
ドリーさんは泣いて謝る。奴らはそれを見て笑う。ドリーさんは床に手をついて土下座の体勢を取る。一人が笑いながらナイフをドリーさんの頬に当てる。謝る。唾が投げかけられる。謝る。汚水を頭にかけられる。謝る。聞くに堪えない暴言を吐かれる。謝る。「ゴミ」。謝る。「無能」。謝る。「生まれてきたのが間違い」。謝る。「存在が不愉快」。謝る。謝る――
「――も、もう駄目だった。完全に逆らう気力も、無くなって、ギルドに相談す、る勇気もなくなってしまった。街にメッセージを残して、悪魔召喚の道具も、必死に運び込んだ」
俺はドリーさんの話しを黙って聞いていた。彼は頭を掻きむしりながら、泣きながら言う。
「犯罪に加担したんだ。奴らは証拠なんて残していないから、罪に問われるのは僕だけだ……なんで、なんでこんな……」
「…………」
「は、ははは。僕はダメだな。彼等の言う通りだ。気付いていた。頭も悪いし仕事もできない。この年でまだ低級の10等級の冒険者だ。親にも見捨てられたし、恋人もいない……」
「………………」
「ギルドにもお荷物扱いされているのも知っている。スライム討伐の仕事だって、同情して回してもらっているんだ……ぼ、僕が駄目な人間だってことは気付いている! 気付いているんだ!……気付いている。でも、死ぬ勇気もない……。どうしようもないんだ……」
彼は顔を埋めてしまった。
彼が泣きやむのを待って俺は口を開いた。
「あー。あれだ。覚えています? 俺と初めて仕事一緒になった時のこと」
「……え?」
「地下水道のスライム討伐でした。仕事が終わって報告した後、周り忘れた区画が一つあったと気付きました。巡回ルートを設定したのは俺ですが、その時点で抜け漏れがありました。俺のミスです。急いで向かわないといけないけど、もう遅い時間だった」
「……」
「その時、ドリーさんは文句も言わずに俺に付きあってくれました。すげぇ嬉しかったなぁ」
「……そんなこともあったかな……」
「それにね。同情だけで仕事を回すほどギルドは甘くありません。この前も受け付けの人がドリーさんのことを褒めていましたよ? 仕事が丁寧だから安心して任せられるって」
ドリーさんは何も言わない。
「今回の件、アナタも少なからず罪に問われます――けれど、それは本当に悪い奴らが裁かれた後だ」
「…………ギークくん」
「だからさ、きっと。大丈夫ですよ」
結局、俺はそんなことくらしか言えなかった。
ドリーさんと別れた夜。
『紅の砦』の団長室に入るとメイナさんと、アグリが待っていた。
「悪魔召喚の現場を押さえて、召喚陣は消しておきました。これで悪魔召喚は起きません」
「ありがとう。私も黒幕の居場所は突き止めた」
「流石です。じゃあ、いつ取っちめに行きます?」
「手を引くんじゃなかったか?」
とメイナさんは言う。
「撤回します。最後まで付きあいますよ」
俺の異世界生活の目標は幸せに、そして後悔なく生きること。
仕事仲間の名誉を不当に傷つけられて、それを見過ごして良いのか?
後悔しないのか?
そりゃ、まぁ。無理だろ。
「ご主人のそういうとこかなり好きですよ」
とアグリは言う。メイナさんも笑って立ち上がる。
「相手は有力貴族のラフネル・アルスター。……相手が分かれば簡単だ。ラフネル氏には『これまでの犯行を認めて自首してもらう』」
メイナさんの眼は獲物を目にした捕食者のそれだ。ちょっと怖い。
「全く。私だって面倒な駆け引きは苦手なんだよ。単純な暴力の方が性分なんだ」
「暴力って言っちゃっていますよ」
「そうか? まぁ問題あるまい」
「で? いつ行きます?」
「もちろん今からだ」
アグリも応じる。
「奴らに地獄をみせてやりましょう」
「悪魔が言うと洒落にならねぇな」
当日の夜。俺たちは地下水路を通り、ラフネルの隠れ家に向かう。
魔力探知の結果、敵は3組に分かれていた。
俺たちも丁度3人。合図をして、それぞれ分かれる。
――戦いが始まる。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。