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「ひっ、人の名前を自慰行為扱いしないで貰えるかな?」
アイノは静かに怒りをこらえているように見える。
「あ、す、すみません……ヨウムです。こっちは仲間のゼツ。失礼しました」
俺が速やかに謝罪するとアイノは振りかぶった拳をゆっくりと下ろすように頷く。
「いや……まぁ良いんだがね。それでヨウム君、ボクの依頼を受けてくれるのかい?」
「あ……先に話を聞いても良いですか?」
「あぁ、構わないよ」
アイノは近くにあった椅子を引いて座った。ちょこんと椅子に座っているその見た目は俺よりも少し上に見える。
20歳くらいにも見えるが、博士と言っているし、どっしりと落ち着いた様子からして実際はもっと上なのだろう。
「失礼ですけど……アイノさんっておいくつなんですか? 博士と言う割にかなりお若く見えるんですけど……」
「おや? 開口一番レディに年齢を尋ねるのかい? キミは中々だねぇ」
大きなレンズの奥でアイノの目が笑う。どうやら答える気は無いらしい。
「すっ、すみません……」
「良いんだよ。それで依頼なんだけれどもね。ボクは旧市街にある大穴の事を調べているんだ」
ギクリ、と背筋が寒くなる。この人は俺の事をどこまで知っているのだろう、と。
それにしてもこの人は何の研究をしている人なのだろう。まさかあの大穴の専門家だったりするのだろうか。
「アイノさんは穴の専門家……なんですか?」
「あ、穴の専門家? それはつまり――」
隣に居るゼツが反応する。
「絶対にゼツが考えてることは違うから。絶対に、確実に、その専門家じゃないよ」
ダメだこの人、早く何とかしないと。知れば知る程ゼツがダメなタイプの人間だと分かってくる。だからこそノイヤーさんと仲が良いのだと、納得できる節もある。
「隣のキミは中々だねぇ……まぁいい。ボクの専門は工学だ。話を戻すと、穴の底を調査している際に高純度の鉄を見つけたんだよ」
「鉄……ですか?」
アイノは深く頷く。
「そうだ。ボクも当時は小さかったので記憶は曖昧なんだが、どうやらあの大穴は雷によって出来たんだとか。つまり、雷による高熱で地下に眠っていた鉄鉱石が溶かされて鉄が精製された、とボクは考えている」
「あ……アハハ……そうなんですか……」
自分の記憶の断片にすらない事件ではあるが、それを大真面目に調べている人もいるらしい。
「何が言いたいかと言うとだね、雷属性の魔法は炉に応用できると考えているんだよ」
「炉……ですか」
「鉄を作り出すアレだろう?」
「あぁ……でもそれって炎でやってるイメージですけどね」
「炎でも何でも良いんだよ。熱が出ればそれでね。何にしても今は研究段階でね。とりあえず炉の試作品を作ってみたいんだ」
「それで……俺に何が出来るんですか?」
「何でもできるさ。試作品への魔力の供給もそうだが……実は試作品の素材が足りなくてね。まずはその素材集めからお願いしたいんだ」
「何が必要なんですか?」
「タングステンとミスラル。それらが大量に必要なんだ」
「なっ……」
タングステンもミスラルも希少な金属。特にミスラルは希少で、一度鉱脈が見つかると、そこがどれだけ国境線から遠くても争いが起こるとされているほどだ。
「安心してくれ。どちらも鉱脈は抑えてある。ただ……鉱山の中に魔物が湧いてしまってね。それもかなり強い。どちらも鉱石が帯びている魔力に引き寄せられるんだろうな」
「なるほど……つまり、俺達は鉱山に行って魔物を退治する。それから試作品が出来たら魔力の供給元として協力する、っていうのがざっくりした仕事の全体感ですか?」
「そういうことだ。受けてくれるかい?」
「えぇ。ゼツもいいか?」
「うむ。まぁ私はただのおまけだ。ヨウムが決めてくれればいい」
ゼツはあっけらかんとしてそう言う。決めろ、と言われると途端に迷いが出てきてしまう。他にいい仕事があるんじゃないか、危険はないか、依頼人は信用できるのか。
テクノスにいる時は俺はリーダーのゼカについて行くだけだった。
決めるという事がこんなにも重圧のあるものだとは知らなかった。
だが、折角の指名だし受けてみることにする。
「あ……アイノさん」
「なんだい?」
「俺が雷属性の魔法使いだって誰から聞いたんですか? あまり公にはしていないので……」
「むっ!? そっ、それは……あのー……あれだ。ギルドに紹介してもらったんだよ」
何やら慌てていたけれど、理由自体は納得のできるものだったので深くは追及しない。
「でっ、ではよろしく頼むよ。ヨウム君、ゼツさん。ボクは忙しいんだ。あー……忙しい忙しい……」
アイノはそう言いながら立ち上がると、そそくさとギルドの集会所から出て行ってしまった。
仕事自体はギルドを通しているはずだから、後でノイヤーさんに受ける事になったと報告すれば正式なルートに乗るはずだ。
「あの穴の専門家のマスターベーションさん、最後に秘め事をしていたように感じるな……」
ゼツは顎に手を当て、真面目に考え込んでいる。
「言ってることには賛同できるけど、前半がおかしいぞ……」
冷めた目でゼツを見ると、肩をすくめてカウンターの方を指さした。
ノイヤーさんもカウンターに肘をついて俺達の方を見ている。
立ち上がってノイヤーさんに話した結果の報告に向かう。
「ノイヤーさん」
「はいなはいな! 待ってたよ。どう? お仕事は決まった?」
ノイヤーさんは食い気味に尋ねてくる。それだけ心配してくれているという事の表れだと受け取っておくことにする。
「はい。受ける事にします。パーティは二人ですけど……いいですか?」
「問題ないよ。あー……でも登録からなのか。悪いんだけど、形だけ試験を受けてくれないかな? 後名前も決めて欲しいんだ」
「試験……ですか」
冒険者ギルドにパーティを登録する際は、メンバーの名前とパーティの名前を伝えた上で等級の検査を受ける必要があるのだった。
昔もやったなぁ、当時はAランクからのスタートだったなぁ、となつかしさを覚える。
「パーティの名前か? テクノスをぶっ壊す! という訳で『テクノブレイカー』でどうだ?」
「それは間抜けっぽいので止めましょう」
本当、ゼツの頭の中身を一度見てみたい。俺が電流を流したら少しはマシな思考回路になるだろうか。
「じゃあ名前は後で良いから、とりあえず試験だけ受けてもらおうかな。丁度長老もいるし。中庭で一時間後ね。今は……ほら、ゼカだっけ? テクノスの。彼らが試験を受けてるの」
どうやらゼカ達も新しいパーティを結成したようだ。
「腕が鳴るな! ヨウム!」
ブルーバッファローに囲まれて泣いていた人が何を言うかと思うが、その言葉をグッと飲み込んで、試験に向けて気持ちを作るのだった。
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