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ギルドの受付前は既に行列がなくなっていた。ノイヤーさんが爆速で捌いたようだ。
特に用事はないのでノイヤーさんを一瞥してゼツの待っているテーブルへ向かっていると、カウンターの方から「ヨウムくーん!」とノイヤーさんが呼んできたので受付に立ち寄る。
「なんですか?」
「昨日のお酒代。割り勘で一人20ゴールドね」
「あぁ……そういえば払ってませんでしたね」
俺は懐から財布を探すも見当たらず体中をまさぐる。
今来た道を見ながら朝のことを思い出す。
そういえば家に置いてきたのだったか。
「あ家に置いてきちゃったかもしれません」
「じゃあまた今度でいいよ。次はお姉さんに奢ってくれるんだよね?」
ノイヤーさんのニヤケ顔はどうにも危険を感じてしまう。
「あー……あはは……家に帰って取ってきますから、利息はゼロでお願いしますね。ゼツもまだ来ていないみたいですから」
「あー……ゼっちゃんね。昨日はハメ外してたからなぁ……最後までついてきたらすごいものが見れたのにぃ」
「すごいもの?」
ノイヤーさんは俺を手招きして近寄らせ、耳に手を添える。
「すっごいピンク色だったの」
その囁き声から何箇所かの候補が頭の中で思い浮かぶ。いやいや! 何の話だよ!
「なっ……何がですか! 朝っぱらから……なっ……何を!」
「あはは〜! ま、とりあえずお財布取っておいでよ。ピンクちゃんはそのうち来ると思うからさ」
「あぁ……はいはい。分かりましたよ」
ノイヤーさんと話していたらこっちまでおかしくなりそうなので、俺は慌てて家に向かった。
◆
家に戻って財布を回収し、即ギルドの本部へと出戻り。
財布からを取り出し、20ゴールドをノイヤーさんに渡す。
SSS級だったとはいえ、巨万の富を得ていたわけではない。早く次の仕事を見つけないと生活が立ち行かなくなってしまう。
ノイヤーさんはそんな俺の考えを読み取ったようにニコニコしながら肘をカウンターについて俺を見上げる。
「そういえばさぁ、お仕事あるよぉ?」
「そうなんですか?」
「魔物をぶっ殺す仕事と、偏屈だけど美人なお姉さんの相手をする仕事、どっちがいい?」
「もしかして……後者を選んだらノイヤーさんの話相手にさせられたりしませんよね?」
「私のこと美人だと思ってくれてるんだぁ! 嬉しいなぁ。でも違うよ。私じゃなくて、あの人。アイノ博士。ヨウム君に興味があるんだってさぁ」
「俺に?」
「うん。詳細は分からないけれどぉ……トンプソンさんの紹介状があるらしいから大丈夫じゃない?」
「トンプソンの……分かりました。ちなみにゼツは来ました?」
「うん。隅っこで座ってるよ」
ノイヤーさんの指さした先では、ゼツがピンと背筋を伸ばして背もたれも使わずに椅子に座っていた。
顔だけは俺の方を向いているのでアイノなる人よりも先にゼツを迎えに行ったほうが良さそうだ。
「ノイヤーさん、ありがとうございます」
「はいはーい! また夜に飲もうね〜!」
「今日はいいですから……まぁ……また今度」
「えぇ〜!? つれないなぁ……」
ノイヤーさんは本気半分冗談半分でそう言う。
適当に笑っていなしてゼツの元へと向かう。
「ゼツ、お待たせ」
ゼツは立ち上がって直角に腰を曲げて挨拶を返してきた。
「こちらこそだ。二日酔いで待たせてしまうとは情けない。私としたことが飲み過ぎてしまったようでな……」
ほんのり顔を赤くしてそう言うゼツを見ていると、ノイヤーさんの「ピンク色」という発言を思い出してしまう。
今日は黒い衣服に身を包んでいるゼツだが、何がピンク色なのかと興味をそそられてしまう。
「ん? どうしたんだ?」
ゼツが訝しげに俺を見てくる。
「あぁ! いや、何でもない。それより早速仕事があるらしいんだ。話だけ聞いてみようと思うんだけどいいか?」
「あぁ。構わないぞ。依頼主はどこに――」
「ボクだよ。アイノ・ベーション。王立大学の博士だ」
さっきノイヤーさんが指さしていた人が待ちくたびれたように俺達の傍にやってきていた。
ボクと言ってはいるが、その声は女性そのもの。
大きな眼鏡と眼鏡にかかるくらいの範囲に広がるそばかす。それに赤く長い髪のくせ毛が特徴的な人だ。
「ま……マスターベーション?」
ゼツはいきなり斜め上の角度から下ネタを放り込んできた。
俺はゼツの何がピンク色なのかこの瞬間に察した。下着でも突起でもない。「脳内」だ!
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