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「かんぱーい!」


 ノイヤーさんの合図で3つのコップがカン、とぶつかる。


 各々のペースでぐいっとビールを飲む。ノイヤーさんはいの一番に飲み干してコップを机に置くと手を上げておかわりを要求した。


「ぷっはああ!! 美味しいぃぃ!!!」


「すごい飲みっぷりですね……」


「そりゃそうだよ! この一杯のために生きてるようなものだもんねぇ……毎日毎日、面倒な仕事を捌き、冒険者からの口説きを躱し、愛想を振りまく。もうたいっへんな仕事なの! 主に面倒なのは口説きを躱しながらも愛想を振りまく事だけどね!」


 俺は初めてノイヤーさんと酒を飲むので、ここまでとは思わなかった。普段の感じからして酒豪感は出ていたけれどこれは想像以上だ。


「ノイヤーはいつもこうだぞ。で、最後には私に担がれて家に帰ると」


「別にいいじゃんかぁ。明日も受付はちゃんと定刻通りに開けるからさぁ」


 既に顔が赤いノイヤーさんを見ていると明日はギルドの受付の前に行列が出来るのだろうと察する。他に人を雇えばいいのに。


「ちなみにヨウム殿はお酒を飲んだらどうなるんだ?」


 ゼツは自分のペースでちびちびと飲みながら聞いてくる。


「えっと……多分寝ますかね? 」


「なるほどな。まぁ……順番に連れて帰るから好きにしてくれていいぞ。今日は本当に助かったからな」


「えぇー!? ヨウム君は今日はうちに泊まるよねぇ?」


 ノイヤーさんは「ムフフ」と笑いながらそう言う。明らかに貞操の危機を感じるので遠慮するため、ノイヤーさんから少し距離を取るように椅子を離す。


「ノイヤー……いくら何でもはしたないぞ」


 ゼツに注意されてもノイヤーさんは負けずに椅子を動かして俺との距離を詰めてきた。


「だってぇ〜、ヨウム君可愛い顔してるしさぁ〜」


 ノイヤーさんの顔は完全に酔っている。頬を赤く染めてケラケラ笑いながら絡んでくる。


「あの、ちょっと近いです……」


「ほれほれもっとこっちおいでぇ〜」


「ちょ、やめてくださいってば……うわあっ!」


 ノイヤーさんが俺に抱き着いてくる。柔らかい胸が当たっていて、これはまずいと引き剥がそうとするものの力が入らない。


「あははっ! かわいいね〜!」


「だからダメだと言っているだろう」


 間に割り込んだゼツに引き剥がされようやく乳地獄から解放される。ゼツは呆れた顔をしつつも、少しだけ笑っている。若干頬が赤いのでゼツも酔っていそうな雰囲気だ。


「もしノイヤーに絡まれて面倒だったらいつでも私に言ってくれ。縁を切るのは得意だからな」


「どういうことですか?」


「私の名の意味だよ。故郷の言葉では『縁を切る』という意味なんだ」


 ゼツは酔っているからかやけに饒舌だ。


「なんだか縁起でもない名前ですね……」


「まぁな。ある日いきなり絶縁の神として祀られたんだよ。一日中座って縁を切りたい人から拝まれるだけ。それ以外の人は私の事を恨み、疎んだ。そんな生活に嫌気がさして、全部の縁を断ち切って逃げて来たんだ」


「そ、壮絶ですね……後付けで絶縁の神になったって事はゼツって本当の名前じゃないんですか?」


「そうだよ。本当の名前は違うんだ」


「なんていうんですか?」


「それは秘密だ」


 ゼツはそう言うと目を瞑り、ビールをクイっと煽る。


「えぇ!? ゼっちゃんってゼっちゃんじゃないの!? じゃあなんでゼっちゃんなわけ!?」


 反対側から面倒な酔っ払いが乱入してきた。


「話を聞いてなかっただけじゃないですか……」


「ははっ! 何回でも話してやるさ。私は若い頃にな――」


「ヨウムさん!」


 ゼツが陽気に重たい生い立ち話を話始めようとしたところで、俺達のテーブルの前に一人の女がやってきた。


 大きな三角帽子を見てそれがレヨンだとすぐに認識した。


 正直、会いたい相手ではない。昼間に俺の事を追い出したばかりの奴が何の用なんだ。


「れ……レヨン? 何しに来たんだ?」


「あ……その……本当の事を知りたいのです。テクノスがSSS級となれたのはヨウムさんの存在が大きいとトンプソン爺から聞いたのです。それは本当ですか?」


「はっ……俺が? そんな訳ないだろ」


 そんな話は聞いた事がない。確かに俺は雷魔法に特化して強大な力を持っている。だけどそれを使う事は禁じられているし、俺だって新しい大穴を作りたくはない。


 だから、俺だけじゃ成り立たないバランスでテクノスは成り立っていたはずだ。


 それを崩した張本人がどの面下げて、と思ってしまう。


「ゼツさん、縁を切るってのは簡単なんですか?」


 折角だし、このまま縁を切ってしまいたいくらいだ。


「私に任せてくれれば、な。だが……まだその判断をするには尚早だと思うぞ」


 ゼツはそう言うと立ち上がって俺の肩を叩き、ノイヤーさんを連れて少し離れた席に座った。


 さっさと縁を切ってくれればいいのに、そうはせずに俺とレヨンを二人っきりにしたいらしい。


 だが、俺はレヨンと話す事なんてこれっぽっちも無いのだ。本当の事なんて何も無いのだろう。ただ4人で頑張った結果がSSS級という称号に繋がり、それを得た瞬間俺を捨てたという事実だけが本当の事だ。


「……レヨン。話すことは無い。どっか行ってくれ。折角ノイヤーさんと酒を飲んでたのにお前がいるとマズくなるだろ」


「……分かったのです」


 レヨンは帽子を目深に被り俯く。頬を透明な液体が伝っているようにも見えるが、なんで俺を追い出した側のレヨンが泣くんだ。


 泣きたいのは惨めな立場にされた俺の方だって言うのに。


 レヨンはそれ以上何も言わずに酒場を立ち去る。


 その様子を見ていたゼツはノイヤーさんを連れて席に戻ってきた。


「その様子だと、ダメだったようだな」


「別に仲直りする事が成功でもないですから」


「あらぁ! 若者たちが青春してるねぇ!」


 ノイヤーさんはべろべろになって俺にまた抱き着いてくる。それ自体は形だけ嫌がっておかないといけないと思うくらいには役得なのだけど、それ以上に沈んだ気持ちが楽になる気がした。


 ゼツも朗らかに首を横に振り笑っている。


「はっ、離れてくださいって! ぜ、ゼツ! ノイヤーさんとの縁を切ってくれぇ!」


「はっはっ! それは無理だな!」


 別にあいつらなんていなくても良い。そうだ。ゼツと明日からパーティを組めばいいじゃないか。


「ゼツさん、明日から俺と一緒に仕事をしませんか?」


 ゼツは驚いた様子で目を見開き、コップを握ったまま俺の方を見てくる。


「わっ、私で良いのか?」


「はい。だって、頼りになりますし」


 そう言うとゼツは俺から視線を逸らさずに涙をボロボロとこぼし始めた。そして溢れた思いのぶつけ場所がなくなったかのように俺に抱き着いてきた。


「……うぅ! ヨウム殿! いや! ヨウム! 嬉しいぞ! 明日からよろしく頼む!」


 あ、この人も酔うと面倒臭いタイプなんだ。


「うふふ~。二人共まとめて……えいっ!」


 ノイヤーさんは俺とゼツをまとめて抱きしめてきた。


 思えばこの人が繋いでくれた縁でゼツと知り合えたのだった。


 三回目のハグは流石に振りほどくのも悪いので、そのままノイヤーさんの胸を堪能したのだった。

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