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川向こうのロムビア王国の様子を探るため、トシバトゥン王国の王都を出発。
レヨン、スズ、ゼツの三人は名残惜しそうに馬車の小窓から王都の城壁を眺めていたが、しばらくして冒険者ギルド本部があるワイムの街に到着すると懐かしそうにキャッキャと騒ぎ始めた。
やってきたのは冒険者ギルドの本部。一国の王と話したのだから内容は長老たちに報告しておくべきだろうし、ツケ払いの件も一言言っておかないといけない。
本部に入る扉を開けると、受付で肘をついて暇そうにしていたノイヤーさんが駆け寄ってきた。
「わぁ! 皆ぁ! おかえりおかえり!」
そう言いながらノイヤーさんは俺を代表に選んで抱きついてきた。むにゅん、とノイヤーさんの胸が俺の腹のあたりでひしゃげる感覚がある。
「……変形乳」
「相変わらずとんでもないのです」
「はっはっ! む? の、ノイヤー!? お前、結婚したのか!?」
いつものように巨乳への僻みを聞いて終わりかと思ったらゼツが大声でそんなことを言い出した。
俺から離れたノイヤーさんは左手の薬指に俺が渡したエメラルドの指輪をつけていた。これを見てゼツは勘違いしたのだろう。
「の、ノイヤーさん……さすがに左手の薬指につけるのは……」
「え? あぁ……これね。いい加減面倒になっちゃってさぁ。仕事を受けに来た人に口説かれるの。これつけてから声をかけてくる人が減ったんだよねぇ」
「い、いなくなってはないんですね……」
皆、ノイヤーさんの乳に惑わされ過ぎじゃないだろうか。
「うんうん。声をかけてくる人はガラッと変わったかなぁ」
「の……ノイヤー、それは恐らく……人妻好きに好かれているんだと思うぞ」
変態の思考を一番トレース出来そうなゼツがそう言うと説得力が増してくる。
なるほど。ノイヤーさんが既婚者だと勘違いして、あえて既婚者を狙う人もいるのか。
そうなるとノイヤーさんの指輪作戦は、むしろコアな性癖の人が狙ってくるようになってきてしまって、余計に厄介なんじゃないだろうか。
「あ……そ、そういうこと!? 寝取り好き!?」
「巨乳むっちり人妻寝取り……たまらん! たまらんぞ!」
ゼツの脳内は相変わらずのピンク妄想で爆発している。
「とにかく……まぁ指輪は渡したものですから好きに使ってくださいよ。困ったことがあったら何でも相談してください。俺達の名前を出すだけでも何か出来るかもしれないですから」
「おぉ! 頼もしいねぇ!」
ノイヤーさんはバンバンと俺の背中を叩くと受付に戻っていく。戻り際、何かを思い出したかのように俺達の方を振り向いてきた。
「あ、そういえば今日は何の用? 長老?」
「えぇ、そうなんです。いますか?」
「ナンプソンさん以外はね。このところ留守がちなんだよねぇ」
長老は基本的にギルドの本部に詰めているか、ワイムの街をフラフラしている。ナンプソンは長老の中でも若い方なのでこき使われているのかもしれない。今日はただの報告なので誰か一人でもいれば問題はないだろう。
「そうですか……まぁ3人いるなら大丈夫ですよ」
「はいはーい。じゃあ5分後に会議室に来てね。皆を集めてくるから」
「分かりました」
俺達は5分という微妙な時間を潰すために受付横の集会場にあるテーブルに腰掛けたのだった。
◆
長老たちの準備が出来たとノイヤーさんに言われたため、会議室に入室。
「失礼します」
トンプソンを中心に、ペイブソンとシャープソンが座って待ち構えていた。
「おぉ。4人ともよく来たのう。カスタリア公爵のところで魔物の討伐をしておると思っていたが……何事かの?」
「実は、その最中に国王から呼び出されまして」
俺がそう言うと三人の顔が曇る。
「国王……トシバトゥン王国か?」
「え、えぇ。そうです」
「ふむ……その理由を当ててみようかの。テクノスに小競り合いへの協力要請が来た。違うか?」
トンプソンは考えるフリをするように顎に手を当ててにやりと笑ってそう言う。
「あ……そ、そうです。長老たちのところにも相談が?」
「まぁ……対岸の方からじゃがのう」
「対岸……ロムビア王国からですか?」
「そうじゃ。ひとまずナンプソンを派遣して抑えさせておるのじゃが、あちらの国王も中々に強硬らしくてのう」
ナンプソンはロムビア王国へ行っているので不在らしい。その理由も俺達と同じ。二国間の戦争を止めるために色々な人が奔走しているようだ。
「どちらの国も冒険者ギルドをなんだと思っているのでしょうね。全く……殺し合いがしたいなら勝手にやってくれればいいんですよ」
シャープソンが声を裏返しながら怒る。
「これこれ。冒険者ギルドに所属する者はどちらかの国の出身の者も多い。そのような事になれば冒険者ギルドにも対立が波及しかねん。我々は中立を是とするが、事を荒立てないように介入はすべきと考えておるぞ」
トンプソンはそう言ってシャープソンの極端な意見を跳ね除ける。
「して……トシバトゥン国王は何と?」
ペイブソンが本題に戻すため俺に尋ねる。
「実質の協力要請ですね。相手の領地に雷を落とせ、と。そんな事をしたら肩入れしている事になるので当然断りましたよ。国内は開戦派と保守派で割れているようです。ユティラミアという騎士は保守派……というかまともそうな人です。国王なんか誰にも相談をせずに俺達を呼びつけて協力させようとしていたくらいですからね」
「ふむ……ペイブソンはトシバトゥンの王都にある支部にしばらく詰めてくれるかの」
「仕方あるまいな。そこの出っ歯には行かせられんしな」
「誰が出っ歯ですか!」
シャープソンは歯と歯茎をむき出しにして怒鳴る。
「お前らは何年それで喧嘩をしておるのだ……そういえば、ヨウムたちはこれからどうするのじゃ?」
「トシバトゥン国王とも約束をしたので、一度ロムビア王国の様子を見てこようかと」
「うむ。中立という我々の強みが活かせるからのう。ありがたいことじゃ。ワシはもう腰が痛くてあまり動けなくてのう……」
嘘つけ。パーティの昇格試験で若手の冒険者をぼこぼこにしているくせに。
「俺の魔法で治してあげましょうか?」
「だ、大丈夫じゃよ……黒焦げにはなりたくないからの……」
「じゃあ、話は以上という事で。この件は人命もかかっていますしこまめに報告するようにします」
「うむ。よろしく頼むぞ」
「はい。それと……出張費って訳じゃないですけど、トシバトゥンの王都での滞在費はギルドにつけてますから」
「おぉ、よいよい。構わんぞ」
「はい。それじゃ……失礼します」
レヨン達は何も言いたいことはないようで、俺達は会議室を後にする。
「ツケ払い……ヨウムさん! 早くロムビア王国の王都にも行くのですよ!」
「……豚の丸焼き」
「またスイートルームに泊まれるのか!? たまらんな!」
部屋を出た途端、三人が順番にハイタッチを始める。俺も戸惑いながらそのハイタッチを受ける。
「お前ら……楽しみすぎだろ……」
まぁいいか。真面目過ぎても疲れちゃうしな。
◆
ヨウムたちが去ってしばらく経った後、ノイヤーが長老たちの待つ会議室へとやってきた。
「失礼しまーす。なんかトシバトゥンの王都にある支部から領収書が送られてきたんですけど……全部テクノス名義なんですけど通しちゃっていいですか?」
ノイヤーの質問にトンプソンが頷く。
「うむ。念のために内訳を見せてくれ」
「はいはーい。王都って物価高いんですねぇ。凄いですよ」
ノイヤーが見せた内訳書を見てトンプソンは目玉が飛び出そうな程に驚く。
「なっ……いやいや! これは高すぎるじゃろ!」
「ですよねー。いいなぁ、スイートルーム。私も連れてってもらいたいくらいなんですけど」
「まぁ……X級じゃし、少し予算を増やしておくか……あまり浪費はしないようノイヤーからも伝えておいてくれるかの」
「はぁい。私のお給料も増えないかなー」
「その指輪を売れば良いじゃろ? どうせヨウムから貰っただけなんじゃから」
「そっ、そんな事できませんよ! これはとても大事な……はっ!」
ノイヤーはトンプソンのニヤニヤ顔に気づくと、顔を真っ赤にしてトンプソンから逃げるように会議室を後にするのだった。
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