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大量の買い物袋を持ってホテルに戻ると、スズが部屋の入口にもたれかかって待っていた。
大量に荷物を持っている俺をちらっと見ると、唇を尖らせて「……遅い」とぼやいた。
「あれ……明日の朝の約束だろ?」
「……それはデート。今は晩御飯」
スズが扉を開くと、スイートルームのど真ん中にある大きなテーブルに豪華絢爛な食事が広げられていた。
「おぉ……これはすごいのです」
「部屋にいると先に食べてしまいそうだと言ってな。スズは1人で外に出て待っていたんだよ」
ゼツがスズが外で待っていた経緯を教えてくれた。
スズは胸を張ってどや顔で俺を見てくる。
「……えらい?」
「え? あぁ……そうだな」
食欲を我慢できるなんて偉いね、なんて人間にかける言葉じゃないだろう。さすがにスズだって人間なのだから、それくらい出来て欲しいのだけど。
とはいえ、ここは素直にスズの頭を撫でてあげる。
「えらいぞ、スズ。よく我慢できたな」
犬に「待て」を教えている感覚になってくるが、これはこれで一つの成長と喜ぶべきだろう。
「……でしょ」
スズはそう言ってテーブルにつく。
「……早くして。ヨウム、レヨン」
相当に我慢していたようで、スズは禁断症状が出た人のように身体をブルブルと震わせながら俺達を手招きしたのだった。
◆
晩飯を食べ終わると、女子トークに花を咲かせるため俺は一人でもう一部屋のスイートルームに隔離。
話し相手もおらずそのまま寝てしまったのだが、布団の中でモゾモゾと動き回る感覚があったので起床。
布団をバッと持ち上げるとゼツが俺に覆いかぶさるように寝ていた。
「うっ……うわ! な、何してんだよ……」
まだスズなら分かる。百歩譲ってレヨンでもまぁ許せる。
よりによってゼツか……俺の貞操は無事なのか、そもそもまだ性器はまともな形でついているのかと色々な考えが頭をよぎる。
ゼツはニっと笑うと俺の隣に寝転んできた。
「おはよう、ヨウム。おはよーむだな! アッハッハ!」
「朝からうるせぇな……」
外は早朝なのだろうけれど、まだ完全に太陽は上がり切っておらず青色の世界だ。市場が開いたらスズと食べ歩きに行く約束をしているが、それまでまだ数時間は寝られそうに思える。
「何を言っているんだ! 昨日はレヨン。この後はスズ。では私はいつになったら構ってもらえるんだ?」
「お前もかよ……」
「そういう訳で、行くぞ!」
ゼツはベッドから飛び降りると服をその場に脱ぎ捨てる。
寝起きから下着姿を見せつけられるのかと思っていたら、服の下はトレーニングウェアだった。
「もしかして今からトレーニングをするとか言わないよな?」
「するに決まっているだろう? さぁ! 付き合え!」
俺はゼツに追い立てられるがままに、まだ夜も明けきっていない王都へと連れ出されたのだった。
◆
ゼツは宿を出るなり全力の長距離走を始めた。置いていかれるのは悔しいので俺も全力でついて行こうとするが、如何せん普段の鍛え方が違うので追いつけない。
数キロ走ったところで、ずっと先にいっていたゼツが立ち止まってくれていたのでやっと追いつく。
もう一ミリも動けないとばかりに俺の身体はその場で四つん這いになった。
「ぜぇ……ぜぇ……おっ、俺は後ろからちまちまやってるから……体力は……いらなっ……」
「はっはっ! 情けないぞ! それではあっちももたないんじゃないか!?」
「だから……何の話……はぁ……」
「ふむ……仕方ないな」
ゼツは俺の隣に来ると肩を組んで立ち上がらせてくれた。
そのまましばらく進んで河川敷にあるベンチに座らせてくれる。
「こ……こんな訓練を毎日やってるのか?」
「あぁ。そうだぞ」
ゼツはなんてことないように答えると、少しだけ唇を噛んで悔しそうな顔をする。
「私はテクノスの足手まといだからな」
「な、何を言ってるんだよ」
「だが、実際にそうだろう? 前衛はスズが私の分も働いている。後衛は言わずもがな、ヨウムがいる。レヨンだってヒーラーとしての仕事を全うしているし、豊富な知識で私達を助けてくれている。私は……何もできていない。だからこうやって少しでもスズに追いつけるよう、凡人は努力をするしかないんだよ」
いつも馬鹿な事を言っているゼツがここまで自分の立ち位置について真面目に考えているとは思わなかった。
こいつと真面目な話をするのはかなり照れ臭いので川の水面を眺めながら話す。隣にいるゼツの顔なんて見る余裕はない。
「まぁ……別にそれだけじゃないだろ。レヨンとスズと俺の三人で旅をしてるところを想像してみろよ。どう考えても俺とレヨンがスズに振り回されるだろ。そもそも、レヨンもスズもゼツが引き合わせてくれたんだぞ。X級のテクノスはゼツがいたから出来上がったんだよ」
「はぁ……X級なんて称号、私には荷が重いよ」
いつになくネガティブな日らしい。前々から貯まっていてそれが爆発しただけかもしれないが、これだけ言ってもまだ落ち込んでいる。
ちらっと隣を見る。黒い髪を後ろでまとめて、儚げに俯くゼツはどこか女の子っぽい。いや、実際にそうなのだけど。こんな時に思う事じゃないのだろうが、いつもより色気が増した気がする。
「X級はゼツだけに与えられた物じゃないぞ。俺達4人に与えられた物なんだ。だから重けりゃ勝手に力を抜いて他の奴に持たせときゃ良いんだって。少なくとも俺は1人になっても4人分持つつもりだからな」
「ヨウム……お前は頼もしいな。ブルーバッファローの群れの中から助けてくれた時から変わってないよ」
「そりゃ……まぁそういうもんだよ。それに、少なくともゼツは俺より体力はあるだろ? それは今さっき証明された。それだけでも凄いじゃないか」
「まぁ……ヨウムのアレが枯れ果てるまで搾り取らないといけないからな」
「何の話なんだか……」
俺が呆れた様子でそう言うと少しだけゼツの口元がニやついてきた。こうやってゼツの下ネタを受け流している時がなんだかんだで一番平和なバランスが保たれている時なのだろうと実感する。
ゼツは「ふぅー」と何度か深呼吸をすると、勢いよくベンチから立ち上がった。
「良し! ヨウム! 折角の気持ちいい朝なんだ。気持ちいい青姦をするぞ!」
「絶対にしないからな……」
「わははは! さぁ! 帰ろうかな。競争だ!」
ゼツは走り始める前に俺に軽くハグをしてきた。
「頼もしいリーダーだな。これからも頼むぞ、ヨウム」
そう言うとゼツは一人でホテルの方へ向かって走って行ってしまった。
あーだこーだと言っているけど、多分ゼツのボディータッチの限界が今のハグなんだろうな、と走り去る前の真っ赤な顔を見て考えてしまうのだった。
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