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 外に出ると謁見の準備に時間がかかったので既に日が傾きかけていた。


 今から出発したとしても最寄りの宿場町で足止めを食らいそうだし、どうせなら一泊するのもありな気がしてきた。


「なぁ……今日って――」


「うむ! そうだな!」


「当然なのですよ!」


「……愚問」


 三人は食い気味に同調してくる。恐らく一泊する事は確定なのだけど、ちょっとだけからかってみる事にした。


「今日ってこのまま馬車に乗って出発するよな? 良かったよ、皆が同じ考えで」


「だったら私達は後で追いかけるのです。ヨウムさん、お元気で、なのですよ」


「熱心なのは結構だが、休息も必要だぞ」


「……社畜」


「もう少し引き留めてくれよ……」


 悲しそうな顔をするとレヨンが前にやってきて俺の手を引く。


「冗談なのです。さっさと宿を探すのですよ!」


「念願のヨウムとの相部屋だな、レヨン」


「はわっ! そ、そんな事ないのですよ!」


 ゼツにからかわれたレヨンは帽子を目深に被り、俺を宿屋街の方へと連れて行ったのだった。


 ◆


「うわぁ! フカフカなのですよ!」


 レヨンとスズがスイートルームの大きなベッドにダイブする。


 取った宿は王都でも指折りの高級宿らしき物件。そのスイートルームを三人が所望したのだ。


 入り口では石像の口から水が絶え間なく吹き出ていたし、どこの床も壁もピカピカに磨かれていた。


 明らかにポケットマネーでは足りない額だが、レヨンは受付で「冒険者ギルドにつけてくださいなのです」と高らかに宣言。


 当然、王都にも冒険者ギルドの支部はあるが、本部のように俺達と顔馴染みの人はいないため、「X級のテクノス」という名前を出すだけで通ってしまった。名声の悪用とはこの事だろう。


 4人で2部屋を取ったのだが、恐らく三人で一部屋を使うのだろう。仲が良くていい事だが、せっかくならメンバーの一人を男にしておけば俺も寂しくなかったんじゃないか、なんて思いが今更頭をよぎる。まぁこの4人以外で旅をするなんて今では考えられない事だが。


「じゃ、飯でも行くか?」


 俺がそう言うと、三人は一斉に俺の方を冷たい目で見て来た。


「まずはショッピングなのですよ! 早くしないと高級店が閉まってしまうのです!」


「何を見たいんだ?」


「新しい帽子なのですよ」


 ロリ魔女っ娘レヨンは帽子にやけにこだわりがあるらしい。よくよく見ると、長い事同じ帽子を使っているのでところどころ糸がほつれているような気もしてきた。


「じゃ、皆で見に行くか?」


「わ、私はヨウムさんと……二人で行きたいのです」


 レヨンは両手の人差し指をツンツンと突き合わせながらモジモジとそう言う。


「俺は良いけど……」


「わっ、私は鍛冶職人のところにでも行こうかな! な! スズ!」


 ゼツが気を使ってスズと肩を組むも「……私もヨウムとデートしたい」とスズはそれを突っぱねた。


「なっ……わ、私を振るのか!?」


「……そうじゃない……けど……」


「あー、分かった分かった。じゃあ順番な。先にレヨンと行くか? スズはどうせ市場で飯だろ? 遅くまでやってるだろうしさ」


 スズは不服そうに唇を尖らせて可愛らしく俺を睨んできた。


「……優先順位が明確……私は二番?」


「な、なら明日の朝ならどうだ? 朝、たっぷり店を回ろうぜ」


 スズは機嫌を戻してニッコリと笑う。


「……納得」


 よしきた。


「じゃ、レヨン。行くぞ」


「はっ、はいなのです!」


 スズの機嫌がいいうちに世話をゼツに丸投げし、俺はレヨンと二人でホテルを後にショッピングへ繰り出したのだった。


 ◆


 やってきたのは、貴婦人が付き人に荷物を運ばせているのが当然な光景となっているブティック街。


 夕方ではあるが、まだ人の往来はそれなりにあるし、店も開いているようだ。


 さすが王都。夕方の鐘がなるとすぐに店が閉まるワイムとは大違いだ。


 レヨンはその一角にある帽子屋へと吸い込まれるように入っていく。


 手を繋いでいた俺もレヨンに引っ張られて帽子屋へと入った。


「いらっしゃい」


 人当たりの良さそうな老紳士が出迎えてくれる。


 店内にはいくつもの生首のようなマネキンがあり、彼らに帽子をかぶせる形で陳列をしている。


 レヨンはとんがり帽子の並べられている一角に行くと、天井に近い棚の最上段を眺め始めた。


 ちらっと俺を見ると、自分の小さい背では届きもしないのに頑張って背伸びをして取ろうとしている。


 その様が愛らしくて、俺はつい手を伸ばさずに「頑張れ! 頑張れ!」と応援してしまう。


 レヨンは「ん-!」と顔を赤くして届かない事をアピールすると、頬を膨らませて俺を睨んできた。


「応援されたらつい頑張ってしまうのですよ。ヨウムさんは人が悪いのです」


「ははっ。とってやるよ。どれがいいんだ?」


「あの……黒い革のとんがり帽子なのです」


 レヨンが指さした先には真っ黒なとんがり帽子がある。ヒーラーというよりは闇の魔法使いのような雰囲気の帽子だ。


 俺が少し背伸びをすると帽子は簡単に取れた。


 それをレヨンの頭に被せる。レヨンは「はわっ!」と驚きながらも、帽子のつばを両手で抑えて鏡の前に立った。


「うーん……大人っぽいのですか?」


「まぁ……背が高けりゃな。でも悪くないぞ」


「つまりダメという事なのですね……」


「これなんかどうだ?」


 俺が手に取ったのはピンク色をベースにしてレースやハートをあしらったとんがり帽子。いかにも魔女っ娘向けという感じだ。


 レヨンは俺から帽子を受け取って一応被りはしたが、鏡で自分の姿を見るとしょんぼりとして俺の方へやってきた。


「あまりに似合いすぎているのです……」


「まぁ、そうだよな……」


「やはりこれなのですよ」


 レヨンはもう一度黒い革の帽子を手に取り、自分に合わせている。


 納得できたのか、ズボっと顔にかかるまで下ろして目深に帽子を被る。


 そのやりやすさもチェックしてるんだ、と少し驚きつつも、レヨンが気に入ったようなので俺は彼女の頭から帽子を奪い取る。


「じゃ、俺が買ってくるよ」


「え……い、良いのですか!?」


「そんなに高い物じゃ……うっ、ま……まぁ大丈夫だよ」


 さすが王都の高級ブティック街。これを買うために何匹の魔物を狩ればいいんだろうと計算を始める頭をフリーズさせて俺はカウンターへと向かう。


 会計を済ませて店を出ると、レヨンは元被っていた帽子を取って待っていた。


 俺の前にテトテトとやってきて頭のてっぺんを俺に向ける。


 俺がその頭を撫でると「嬉しいけど違うのです」と言って俺を見上げて来た。


「かぶせてほしいのです。ヨウムさんが買ってくれた帽子」


「あぁ、ほらよ」


 俺はすぐに使うと思って包装を断っていた。


 レヨンの頭に手に持っていた帽子をかぶせると、レヨンは嬉しそうにその場で一回転した。


「どうなのですか?」


「あぁ。大人っぽくて似合ってるよ」


 レヨンは帽子のつばを持つと、引き下ろすのではなく引き上げてニッコリと笑う。


「当然なのです! さて! 次のお店なのです!」


「ま、まだ行くのか?」


「当然なのです! 全身エロエロお色気むんむんな魔女になるのですよ~!」


 この日、結局俺は貴婦人の付き人と同じくらいの荷物を持たされてしまったのだった。


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