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意識を取り戻したギンペーは目を腫らして泣きじゃくっていたが、やがて自分のしていたことのリスクを受け入れると、ゆっくりと落ち着きを取り戻してきた。


冷静になったギンペーの案内で俺達はなんとか森を脱出。森と平原の境目では、馬車が俺達のことを待ってくれていた。


「それじゃ……ギンペーさん、お元気で」


「あぁ……それじゃあな」


口数は少ない。それが本来のギンペーという男なのだろう。彼の隣にいるオレスリザードは行儀よく丸まっている。ある程度の魔物だったら彼は本当に手懐けられるのだろう。


俺達も言葉少なに馬車に乗り込む。


「……ばいばい」


スズは馬車に最後に乗り込んだ。穏やかな笑みと共にギンペーと森に向かって手を振る。


それが合図とばかりに馬車は動き始めた。


しばらく無言が続く。いつもならレヨンが「疲れたのです」と言うか、ゼツが下ネタを言うか、スズが「……おなか減った」と言う。


だが、今日は誰も口を開かない。


ただ魔物の討伐をするだけならここまで気苦労は無かっただろう。


ドラゴンと友好関係を築こうとしている人もいると聞く。次もそういう人がいるとまた心労が増えてしまう、と俺も皆の事が少し気がかりだ。


しばらくすると、沈黙に耐えかねたようにレヨンが帽子を外して俺の方を見て来た。


「ヨウムさん」


「おぉ。なんだ?」


「私とゼツさんでギンペーさんの看病をしている間、スズさんと何をしていたのですか?」


「ただの話だよ」


何かと思えばその話か。レヨンは俺とスズに何かがあると疑っているのか、ジト目で俺を見てくる。


「……将来の話。二人の」


スズは顔を赤らめて俯いて爆弾発言を放り込んできた。いや、嘘はついてないけど! そうじゃないだろ!


「なっ……スズ! そう言う言い方はするなって! ただ爺さんになったらの時の――」


言いかけて、レヨンからの視線が更にきつくなったことに気付く。


「へぇ……ほぉ……そうなのですか。さぞかし遠い将来のことまでを話していたようなのですね」


「だ、だったらなんなんだよ」


「別に。何でもないのですよ。名づけセンスがないヨウムさん」


何かありそうな顔でレヨンは俺を煽ってきた。


「名づけセンスは関係ないだろ! それに悪くないだろ?」


「じゃあ私にもあだ名をつけてみて欲しいのです」


「あだ名ぁ?」


「はいなのです。ペットみたいな、特別な名前です」


レヨンの所望する名前がなんなのか分からない。ポチ、とかそういうのでいいんだろうか。


「ふむ……つまりレヨンはヨウムの愛玩動物になりたいと。無論、性的な意味で、だ」


ゼツの茶化しにレヨンは顔を真っ赤にして反抗する。


「ちっ、違うのです! 私は……ただ……よしよしされたいのですよ! スズはペットみたいな性格をしているから簡単によしよしをねだれて羨ましいのです!」


愛玩動物扱いされるくらいならとレヨンはすべてをぶちまけた。要はスズに嫉妬しているらしい。何で嫉妬してるんだか。


「じゃあ頭を撫でてやったらいいのか?」


「違うのです! あだ名なのです!」


手段と目的が逆転してしまっている。本来は頭を撫でてもらうためのペット扱いのためのあだ名だったはずなのに、興奮したレヨンはそれに気づいていない。


「うーん……腹黒ロリ?」


俺の命名を聞いたゼツがゲラゲラと笑い出した。


「なっ……そ、そういう風に思われていたのですか!?」


「思ってるとかじゃないけど……なんでもいいんだろ?」


「……ハラグロリ」


スズがぼそっと呟いてあだ名を短縮する。


「こ……これは……もっと清楚系にならねばなのですよ……」


レヨンは何故か前向きになってしまった。


「そ、そんなことよりもだ。なんだか今回ベヒモスと戦うときに身軽だったことはないか?」


ゼツが話を逸らすようにそう言い始める。


「……わかりみ」


スズも同感らしい。


「そういえば魔法を使ったあと、いつもより疲れにくかったのです」


レヨンも同様。


「俺はいつも通りだけどな……」


「ベヒモスと対峙していつも通りというのも中々にとんでもない話だがな。あの首を切り落とすのは難儀だったぞ。魔法で仕留めるのもさぞかし大変だっただろう」


「まぁ……そこまで力を使ってないからかもな」


「相変わらずとんでもない力だな、ヨウムは」


ゼツは感心したようにそう言う。


「だけど気になるのですよ。私達3人に共通していて、ヨウムさんだけなかった変化……って何なのですか?」


「……あだ名?」


スズは無邪気に微笑みながら掘り返す。


「スズさんとゼツさんにはつけられてないのですよ! ヨウムさん! なにか二人にもつけてあげて欲しいのです!」


「ま……まぁまぁ。だけど……なんだろうな。もしかして……宝石か?」


全員が「それだ」という顔をする。


「仮説が出来たら検証だよな。早速やってみるか」



カスタリア公爵の屋敷に到着。


移動中に検証を重ねた結果、どうやらアクセサリーをつけると身体能力が向上する効果があることがわかった。


レヨン曰く、宝石に込められた魔力が影響しているかもしれないらしいが、カスタリア公爵がサプライズで魔法を付与している可能性もある。


いつものように応接間に通されると、これまたいつものようにカスタリア公爵が遅れて入ってきた。


「おまたせいたした。ベヒモスの討伐は無事に完了されたのか?」


「はい。無事に。それと、少し気になることが」


「気になること?」


「いただいた装飾品を身に着けるといきなり身体能力が上がったんです。それも3人とも。何か特別なことをされたのかな、と」


カスタリア公爵は目を丸くして驚く。


「特別なこと? 何もしていないはずだが……そういえば昔からの言い伝えがあるのだ。宝飾品を身に着けると体の調子が良くなる、と」


「なるほどなのです。宝飾品を身に着けることが多いのは貴族の方が多い。魔力が作用して身体能力が向上しても貴族は基本的に魔物と戦うことはないので見過ごされてきたのかもしれないのです」


「或いは、その事実に気づきながら、他者に教えないことで独占していた、と言う可能性もありえるな。いずれにしてもこれは大きなビジネスになりそうだ……ヨウム殿! 冒険者ギルドへの独占販売権の交渉、何卒有利に……」


カスタリア公爵が商売っ気を出してきた。宝飾品をつければ今よりも強くなれる、なんて触れ込みは確かに魅力的だろう。


「……難しい話」


「あはは……と、とにかく王立大学のアイノさんにも――」


商売の話になると長そうなので一度話を変えようとしたその時、ガチャリと音がして扉が開く。


入ってきたのは一人の女性。背筋はピンと伸びていて、長い茶色の髪はサラサラと無風の部屋でも靡いている。剣を帯びていることから、騎士。それも王国の紋章つきなので王国軍の騎士と推察できた。


その女騎士は公爵の隣に座り、俺達を見てきた。


「私はユティラミア。トシバトゥン国に仕える騎士だ。国王の名代で参った。雷神殿、一緒に王城へ来ていただけないだろうか」


ユティラミアと名乗った女騎士は「雷神殿」と言いながら俺を見てきた。


ら……雷神? 俺が!?

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