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 ギンペーという男に案内されてやってきたのは森の中にある小屋。ここに至るまでの道を覚えられない程に鬱蒼としており、俺達だけでは外に出るのは難しいと思わせられる。


 小屋の隣には小さな畑や井戸があったので、本当にここで自給自足の生活を営んでいるようだ。


 小屋の中は1人暮らしのような雰囲気で、ところどころに動物や魔物の毛が落ちている。


「さてと……それで何を探しているんだ?」


 ギンペーは最初寄りは軟化した態度と声色だ。不揃いなカップを人数分用意し、紅茶をいれながら尋ねてくる。


 軟化したとはいえ、いきなり「ベヒモスを探している」と言ってもすぐに小屋を追い出されてしまうだろう。まずは聞き役に徹するべきだ。


「まぁ……それよりもギンペーさんは何でここに住んでいるんですか?」


 カップに湯を注いでいたギンペーは、ポットを縦にして動きを止めた。


「俺の話を聞きたいのか?」


 本音を言えば、別に聞きたくない。だけど、この人は何かを知っているはずだ。


「はい。こんな森の中に一人で住んでいるなんて……えぇと……お、俺も憧れているんですよ! こういうスローライフ的な暮らしに」


「そうなのですか?」


「それは知らなかったな」


「……初耳」


 適当に誤魔化すと何故か仲間であるはずの三人に背後から刺されるように俺の嘘を否定される。


「いずれはお前らも畑仕事しかしなくなるんだからな。覚悟しとけよ」


 俺は振り向いてそう言いながら「余計な事を言うな」と3人を目で脅す。


「そうかそうか……俺は昔はトシバトゥン王国の王国軍にある魔物部隊の調教師をしていたんだ」


「なっ……そんなエリートがなんでこんなところで……」


 カスタリア公爵も忠誠を誓うトシバトゥン王国は広大な領地を版図にしている王国だ。


 ワイムは自治都市という形ではあるが、その都市を囲うように領地を持つトシバトゥン王国の息は十分にかかっている。


 そして、その王国直轄の軍はエリート揃いと聞いた事がある。魔物の調教が出来るような人は貴重だろうから当然、ギンペーもかなりのエリートだろう。


 目の前にいるくたびれたおじさんがそんな経歴を持つとは思わなかった。


「ま、早い話が嫌われたんだよ。小さい頃から人間よりも魔物や動物と一緒に居る方が好きでな。それで調教師になったんだが、所詮は軍は人の集まり。上司にも同僚にも部下にも嫌われた。俺の顔には昔から醜いコブがあってな。これでも良くなった方なんだが、昔は『化け物』があだ名だったんだよ。ま、そんで最後には調教した魔物まで寝取られて追い出されたんだ」


「惨い話だ……」


 ゼツは共感するように眉尻を下げて俯く。


 俺もこの人の生い立ちには共感してしまうが、その魔物への入れ込み方から尚更怪しく感じてしまう。


 ギンペーは魔物が好きで、その飼いならし方も知っているという事。下手をするとベヒモスを飼いならそうとしている可能性は十分にある。


「それで、ここに移り住んできたんですね」


「そういう事だ」


「そういえばあの馬たちは? 何かここでも魔物を飼っているんですか?」


「この森全部が檻で家みたいなもんさ。ここにいる動物も魔物も全員が家族。そういう暮らしをしているんだよ。ほら、来たな」


 そう言うと丁度扉がコンコンとノックされる。


 ギンペーが扉を開けると、四足歩行のごつごつした肌のトカゲが入ってきた。


「なっ……オレスリザード!?」


「さすが冒険者。詳しいんだな。こいつはリャリャモ。可愛いだろう?」


 これまでに見せたことがないような笑顔でギンペーはオレスリザードに抱き着く。


「とてもじゃないですけど魔物に抱き着くようなことは出来ないのです……」


 レヨンはドン引きしながら俺にだけ聞こえるように呟く。俺も同意見だ。


「……可愛い」


 スズは臆さずにオレスリザードに近寄り、頭を何度も撫でた。


「そうだろう? 魔物だってちゃんと接すれば心を開いてくれる。そういう生き物なんだよ。人間側が警戒しすぎるから魔物側も警戒していがみ合っちまうんだ」


「……私は中立」


「ま、それで良いんだよ。そうだ。折角だし新しい家族を見せてやるよ」


 スズの態度によってどんどんとギンペーの凍り付いていた心が溶けていくのが分かる。


 すきっ歯を見せながら笑ったギンペーは小屋から出ると、俺達も手招きしてくる。


「信じていいんだろうか?」


 ゼツはまだ若干疑っているらしい。俺もレヨンもそうだ。だが、ギンペーの言葉を借りるならば、そうやって警戒しているからギンペーも警戒する。


 スズのように無垢な心で近づけばギンペーは心を簡単に開いてくれるのだろう。


「信じてみようぜ。ま、人に迷惑が掛からないなら俺達だって見逃すって選択肢もあるはずなんだからさ」


「私は性格が悪いのかもしれないのです」


 レヨンはそう言って帽子を目深に被る。


「それでもいいさ。スズが何とかしてくれるからな」


「……責任重大」


 スズは少しだけ顔を歪ませる。無垢な心で接していた故に、自分の仕事を思い出してしまうとその板挟みになってしまったようだ。


 俺たちは、これまでの仕事で一番のモヤモヤを感じながら小屋を後にした。


 ◆


 小屋の近くは起伏が激しく、少し進むとかなりの落差がある滝があった。


 ギンペーは三頭の馬を連れ、その滝をぐるっと回りこんで滝の裏に隠れた洞穴へと進んでいく。


 洞穴は人の住処とするには十分すぎるくらいに広い。それなりのサイズの魔物が息をひそめるのにも使えそうだ。


「最近、手負いの魔物がここに住み着いたんだ。俺はそいつにモンチョスって名付けて可愛がってる」


「モンチョスにリャリャモ……可愛いと名前ですね」


 俺がそう言うと隣でレヨンが「ヨウムさんのセンスを疑うのです」と呟く。幸いにも滝の音でギンペーには聞こえなかったようだ。


 本当に良いと思うのだけど、センスがないのはレヨンの方じゃないだろうか。


「そうだろうそうだろう? なんだヨウム、話が分かるじゃないか」


「あはは……ありがとうございます」


 ギンペーは多分悪い人じゃない。


 だからこそ、この奥にいるのがベヒモスで無ければ良いと、そう思わざるを得ない。


 しばらく進むと、開けた場所に出た。


 そこでは四足歩行らしき魔物が丸まって寝ていた。


「モンチョス! 起きろ。飯を持って来てやったぞ」


 ギンペーの声に反応してモンチョスがムクリと起き上がる。


「なっ……」


 俺達はモンチョスの体躯を見て思わず息を飲んだ。


 灰色の薄い毛。大きな角とも牙とも見えるものが顔から生えていて、口の横からは粘性の高そうな唾液が流れ出ている。4本の足を伸ばして立てば恐らく3階建ての建物くらいの高さがありそうな大きさをしている。


 その見た目は依頼書にあったベヒモスの特徴と一致していた。


 つまり……モンチョスはベヒモス。手負いのようだが、ギンペーが馬を目の前に置くと、勢いよく馬の頭から噛り付いた。


 もしゃもしゃと馬を食べる姿はまさに悪魔。


 これが農村に現れたら、とゾッとする思いだ。


 俺は三人の方を向く。


 三人共、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。それでも、ゼツとレヨンは苦しそうに頷いた。やるしかない、という事だ。


 だが、スズだけは首を縦に振らない。


「……ヨウム。私に話をさせて」


「分かったよ」


 俺達ならこのまま不意打ちでベヒモスを倒すこともできる。だが、俺はスズの気持ちを優先する事を選んだ。


 スズは大剣をゼツに預け、ゆっくりとギンペーの方へと歩いて行ったのだった。

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