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「うぅ……」


 目を覚ますと真っ暗な空間にいた。


 腕を突っ張ると、ふにっと柔らかい感覚を覚える。


 何だろう。ずっと触っていられそうな……


「ひ、ひゃうぅ!」


 俺の手の先から可愛らしい声が聞こえる。


 この声……レヨンか!?


 つまり、俺はレヨンの身体のどこかを触っている事になる。


「ん-……胸……な訳ないよな。尻か?」


 俺がそう言うとレヨンのものらしき手が出てきてパッと振り払われた。


「正解なのですけど、選択肢の切り落とし方が残酷なのですよ……」


「悪かったよ」


 俺はその場でレヨンに当たらないように雷魔法を発動。バチバチと言いながら光る閃光によって自分達がどんなところにいるのか分かってきた。


 ここは狭い石造りの部屋。部屋には物はなく、俺とレヨンの二人しかいない。


 扉があるのでそこから抜けられそうだ。


「これ……分断されたってことか?」


「そうなのでしょうね……おそらくゼツさんとスズさんが一緒に居るかと」


 直前のやり取りを思いだす。冗談だとは思いたいが、スズは腹が減ったらゼツを食うだなんて言っていた。


「さすがに食われたりは……しないよな?」


「ないと思いたいのです……」


「まぁ……急いで探すか」


「はいなのです!」


 レヨンは頷くと俺の空いている腕に抱き着いてきた。


「動きづらいだろ……」


「暗くて歩きづらいのですよ」


 そう言うレヨンの手はブルブルと小刻みに震えている。そういえばこいつは暗いところと狭いところが苦手なのだった。


「まぁ……あいつらと合流するまでだぞ」


「ありがとうなのです」


 レヨンは二っと笑ってこっちを向く。無邪気な笑顔が妙に照れくさくて、顔が赤くなるのを見られたくないので、俺は反対の手でバチバチと言っていた雷魔法を解除。部屋を真っ暗にした。


「ひゃっ! 真っ暗なのです!」


 ◆


 小部屋は無限に続いていそうに錯覚するほど長い廊下に面していた。


 等間隔に設置された松明によって視界は確保できているのだが、それでもレヨンは俺の腕から離れようとしない。


「こうやって二人で何かをするのも久しぶりなのですね」


「久しぶりっていうか……これまでにあったか?」


 テクノスのときはほとんど四人行動かソロ活動だったし、今のパーティも皆で一緒に動いている。二人で、というのは記憶にない。


「あ……あるのですよ!」


「何があるんだ? 覚えてないよ」


「あ……ああ! あるのです!」


 ムキになってレヨンは「ある」と主張するが、ないのだろう。


「無いんだな」


 帽子を目深に被ったレヨンの態度からして「ない」らしい。


「ま、無いならないでこれが初回ってことだろ? それなら――」


 隣を見ると俺の腕にはレヨンが抱きついている。


 そして、通路に面した別の小部屋からもう一人のレヨンが出てきたのだ。


 もう一人のレヨンは俺と俺の隣りにいるレヨンを見て絶句する。


「お……おい……レヨン。今……そこにもレヨンが見えるんだが……そいつは誰だ?」


「私ですか? レヨンなのですよ! ヨウムさんこそその女は誰なのですか!?」


 もう一人のレヨンは本物と遜色ない声色で答える。いや、こいつが本物で、俺の腕に巻き付いているやつが偽物なんじゃないか? 頭が混乱してきたぞ。


「わっ……わわっ! 私がいるのですよ……」


 俺の腕に巻き付いていたレヨンはもう一人の自分を見つけて驚いた声を上げる。その様子はとても自然だし、レヨンそのものだ。


 だが、どうだろう。俺とレヨンが意識を取り戻したあの部屋から入れ替わっているのだとしたら。いくらでもそのチャンスはあった。


 だから、小部屋から一緒だったことを理由にこのレヨンが本物だとは断定できない。いくら暗闇で不可抗力だったとはいえ、尻と胸を間違えそうになってキレないやつじゃないだろう。


 同時に二人の頭を触る。


「わっ!」


「わっ!」


 同じ声。同じ反応。同じ感触。


 レヨンが二人? 


「なぁ……レヨン。何が幻覚魔法とか使ったのか?」


 二人のレヨンは横に並んで俺を見てくる。


「使ってないのです。この人は私じゃないのですよ」


 向かって右側に立っているレヨンが答える。


「なっ……いきなり現れて失礼なのです! ヨウムさん、私が本物なのです!」


 左側にいるレヨンも負けじと自分だと主張する。


「どっちなんだよ……」


 恐らくこれもダンジョンのトラップなのだろう。片方は幻影か何か擬態に長けた魔物。それがレヨンに擬態していると考えたほうが良さそうだ。


「うーん……定番なのは二人しか知らない秘密の質問、だよなぁ。俺達のパーティの名前はなんだ?」


「元『テクノス』なのですが、今は私はメンバーではないのです」


 右のレヨンが速やかに俺の元へやってきて耳打ちをした。


 左のレヨンも入れ替わりでやってきて「元『テクノス』なのですが、今は私はメンバーではないのです」と耳打ちで答えた。


「うーん……記憶もコピーされてる……のか?」


 つまり二人しか知らないことを答えようとさせても無駄。


 よって、これまでのことじゃなく、これからのことでどちらが本物なのかを判断するしかないのだろう。


 例えば、俺から何かを仕掛けてその反応を見るとかだ。


「じゃあ……レヨン、今から順番に抱きしめてキスをするからな」


 これなら、今この瞬間から生成される新しい記憶。これまでにもしたことはないから、全く同じ反応をするはずがない。


「ひょえぇ!?」


「ひっ!?」


 二人は俺の提案に驚き、同時に帽子を目深に被る。そんなところまで同じなのか。


 二人のレヨンの間に入り、まずは右側にいたレヨンと向かい合う。左側のレヨンに反応が見えないように、俺が間に入って背中で視線を塞ぐ形だ。


 右側のレヨンの帽子を取ると、上目遣いで俺の顔を見てきた。こんな至近距離で見上げられたことはない。これは俺にとっても新しい体験だ。こいつ、こんなことをするやつだったか?


 そのままレヨンの顎に手を添えて唇を近づけると、向こうからも背伸びをして受け入れるように早々に唇をくっつけてきた。


 こいつ……やけに積極的だな。いやしかし、レヨンの事だから勇気を出してこうしているのかもしれない。現にレヨンの手はぷるぷると震えているのだから。


 唇を離すと俺の手から帽子を取り、ズボっと頭が見えなくなるまで帽子を下げた。何から何までレヨンっぽいな。この動き。ちょっと勇気を出したレヨンって感じだ。


 俺は振り返ってもう一人のレヨンと向かい合う。


「はうぅ……緊張するのです……」


 こちらも同じように帽子を下げてツバを両手で掴んでいる。


 俺がその帽子を取り上げると、一人目よりも濡れそぼった目で俺を見上げてきた。


「い……いくぞ」


「はいなのです」


 覚悟を決めたようにレヨンは目を瞑る。


 俺はさっきと同じようにレヨンの口を目掛けて唇を近づけていく。


 もう少しでぶつかる、その時、レヨンはぷいっと顔を横に逸した。


「あ……どうした?」


「わ……私にはその資格はないのです」


「あぁ……なるほどな」


 二人目のレヨンは控えめに避けた。


 俺の中での正解は決まった。


「二人共、ありがとうな」


 俺は振り向いて一人目の積極的なレヨンを強く抱きしめる。逃さないように。


「そうなのですよ。私がレヨンなのです。嬉しいのです……」


「ち、違うのです! そいつは……そいつは……」


「あぁ、わかってるよ」


 俺は一人目のレヨンを抱きしめたまま雷魔法を発動。


「ギャアアアアアアアア!」


 肉の焼ける匂いと音。急な大音量に耳がキーンとなる。


 煙が立ち消え、耳も慣れてきたところで地面を見ると、そこにはレヨンとは似ても似つかない醜い人型の魔物が倒れていた。


 振り向くと、そこには唖然とした様子のレヨンが立っている。


「正解、引けたみたいだよ」


「うう……良かったのです!」


 レヨンは目から涙をこぼしながら俺の胸にダイブしてきたのだった。

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