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思わぬ寄り道をしてしまったが、馬車は再びハイドン鉱山へ向かって出発。
「……おいし」
馬車には新たな乗員としてスズが乗っている。捌いた湖の主の肉は流石にスズの腹には収まり切らなかったため、近隣住民に分け与えた。
それでも俺達の取り分はかなりの量だった。その身を燻して保存性を高めた物がうず高く馬車に積まれていて、それをスズはひたすらに食べ続けている。
「うぅ……魚はしばらく見たくないのです……」
「私もだよ……」
ゼツとレヨンはこの光景に辟易としている。そうなるのが分かっていてもスズを連れてきたのは俺の判断だ。
理由は二つ。SSSランクパーティのメンバーだったゼカやムサビをはるかに超える力を持っていたこと。もう一つは、彼女の身の上に同情してしまった事だ。いくら迷惑なレベルの大食いとはいえ、一人で置き去りにすることは無いだろう、と思ってしまった。
それに彼女の実力は十分。このまま俺達との関係性が悪くなければテクノスに勧誘する事も考えている。
だが、この魚臭をずっと嗅いでいると仲間にする気も失せてしまいそうだ。
気晴らしに皆に雑談を振る。
「しっかし……あれだけの力があってパーティから追い出されるんだな。普段はどんなスタイルで戦ってたんだ?」
「……スタイル?」
スズはその意味を図りかねたように首を傾げる。
「何だろうな……こう、戦士が主体で魔法使いが支援するとか。逆に魔法使いが大技を出すために戦士は相手の注意を引くように動くとか」
「……特にない。剣を振る。相手は、死ぬ」
こいつ、脳筋すぎる。
「まぁそう言う意味ではヨウムと近い部分もあるな」
「そうか?」
「雷を落とす、相手は死ぬ、なのですからね」
「もう少し俺は頭を使ってるだろ! 相手を見てどこを攻撃するかくらいは都度考えてんだよ!」
「……私もそれくらいしている」
奇しくも俺とスズが同じ程度な事が判明してしまった。
ニヤニヤとしているゼツとレヨンの視線から逃げようと外を見ると、遠くに木で組まれた足場が見えた。
どうやらハイドン鉱山に到着したようだ。
「ほら、ついたぞ」
馬車はそのまま道に沿って進み、木で出来た門の前で止まる。
4人で馬車を降りてハイドン鉱山の坑道の方へ向かっていると、マスク鉱山とはまるで違う光景を目の当たりにした。
この辺りは交通の要所でもないのに明らかに鉱山労働者ではない人が多く行き交っていた。ここにいる多くの人を目当てにしているのか、露店も多く開いている。
その様子はマスク鉱山のそれとは大きく異なっていて、さながら祭り会場だ。
「何だ? 人がやけに多いな」
「本当なのです! お祭りみたいで楽しいのです!」
レヨンは無邪気にはしゃいでいる。ずっと田舎道だったし、こういう人が多くいる環境も息抜きには悪くないのだろう。
「……買い食い……肉」
「ちょっちょ……スズ! 待たないか!」
スズは炭火で焼ける肉の匂いに釣られてどこかへ一目散に向かっていく。ゼツが追いかけてくれているのでひとまず安心だろう。
「ヨウムさん、どうするのですか?」
「どうするもこうするも、まずは情報収集だな。この様子だと魔物が鉱山にでたとかそう言うレベルの話じゃないだろうし」
「はいなのです!」
そう言うとレヨンは俺の手を引いて屋台の前に並ぶ。その先からは甘い匂いが漂ってくる。
「これは……何の列だよ……」
「クレープなのですよ。ワイムを出てからずーっと甘い物を食べていないのです。もう私はおかしくなっちゃいそうなのですよ!」
「そんなにメンタル弱くないだろ……」
「とにかく並ぶのです!」
レヨンは目の中で炎をメラメラと燃やしている。まぁ、少しくらいなら良いか。
前後に並んでいる人も冒険者風なので情報収集も出来そうだし。
後ろを振り向いて冒険者風の若い人に話しかける。
「あの……この辺ってなんでこんなに人が多いんですか?」
「ここは王都からクレープ屋が出張してきてるんだよ。毎日朝っぱらの暗い時間に並ばないと食えないような人気店らしいぜ」
違う、そうじゃない。なんというかここに居る人は本当にお祭り気分でいるだけのようだ。
「あ……じゃ、じゃあなんでクレープ屋が出張するくらいに人が集まっているんですかね?」
「なんだ。何も知らないんだな。ハイドン鉱山の中にダンジョンが見つかったんだよ。ダンジョン目当ての冒険者、冒険者目当ての武具職人や寝床、それらの人のための建物を建てるための人夫、食事処、風俗。色んな人が集まってきて今まさに町が出来ているってところなんだよ」
「なるほど……ありがとうございます」
ダンジョンというのは、人里離れた場所に稀に現れる地下迷宮の事だ。最奥部には宝物があるだとか、伝説クラスの魔物がいてそいつの身体は武具の素材になるだとかいろんなことが言われている。鉱山に魔物が出現したというのもダンジョン発見の前触れだったのだろう。
ダンジョンを探検するのは主に冒険者。彼らは稼ぎを求めてダンジョンの奥深くへと入っていく。そんな彼らも一人では戦えない。あらゆる仕事が経済の一部となって回っている。武器、防具、宿、食事、人の斡旋。
そのため、ダンジョンが見つかればその周りに人が集まり、人が集まれば町が出来る、というロジックだ。
「ダンジョンなのですかぁ……そういえばテクノスの時は一度も潜った事は無かったのですね」
「そうだな」
「なっ……あんたらテクノスなのか!? 確かに……テクノスっていやぁ有名なのはロリっ子魔法使い……ほ、本物!?」
さっき話を聞いた人が俺達の会話に耳を立てていたようだ。大声で俺達がテクノスであることを吹聴し始める。
「て、テクノスがこんなところに!?」
「マジかよ! 早すぎるだろ! もうこのダンジョンも終わりだな……」
「撤収撤収。もう最奥部まで攻略されたようなもんだな」
通りがかった人達が俺とレヨンを見て口々にそう言い始める。その視線はあまり気持ちの良い物ではない。
ダンジョンは誰かが最奥部に到達すると自動的に封鎖されると言われている。これもかれこれ数十年は観測されていない事象なので噂でしかないが。何にしてもダンジョンが閉じれば、冒険者は旨みのない場所には来なくなるし、彼らを目当てにしていた商売人も、色々な人が去っていく。
故にSSSランクである俺達は特別な事情がない限りダンジョン攻略に本腰を入れる事は無かったのだ。最新のダンジョンも数十年前。どのダンジョンの近くにも立派な街が出来ている。
俺たちがそのダンジョンを攻略すること。それは一つの街を、あらゆる人の生活を奪うことに等しいことだからだ。
普段なら歓迎される俺達も、ダンジョン特需を終わらせかねない存在であるここではあまり歓迎ムードではない。薄情なものだ。どうせ困ったら泣きついてくるくせに。
「あはは……なんだかここに私達がいるだけで町が消えちゃいそうなのです。視線が痛くて逃げたいの です……」
「まぁ……クレープを買うまでは我慢してやるよ」
「ありがとうなのです、ヨウムさん」
レヨンは自分も目立つように帽子を取って片手に持ち、もう片方の手で俺の手を握ってきた。
「顔、隠してろよ。目立つだろ」
「私の場合は隠した方が目立っちゃうのですよ」
「ま、それもそうか」
「だけどお仕事はどうなっちゃうのでしょうか。鉱物を掘って運び出すのに邪魔な魔物はダンジョン目当ての冒険者さんが倒してくれると思うのですよ」
「まぁ……確かにな。とりあえずスズの気が済んだら4人で決めるか。けど折角だし、一度くらいはダンジョンに行ってみたくないか? どうせ町が潰れるなら歴史が浅い方が良いだろ?」
俺がニヤリと笑ってレヨンの方を見ると、レヨンも「悪い人なのです」と言って笑い返してきたのだった。
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