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 スズは器用に木の枝でスタンドを作ると、自分の大剣をそこに横向きでおいて下から火で炙り始めた。そして、別のナイフで器用に魚の内蔵を取り出して下処理をすると、それをダイナミックに剣身の部分において焼き始めた。


「お……おい……それは剣士の命だぞ……」


 あまり動じないタイプのゼツがドン引きしながらスズに忠告をするも、スズは大剣の前にしゃがみ込み、魚が焼けているところをじっと見つめているだけだ。


「おーい! スズ! いいのか!? 剣で料理なんてして!」


 スズはやっと我に返ったように俺の方を向いた。こいつ、耳が遠いのか?


「……問題ない。むしろ強くなる」


「どういう理屈だよ……」


 とはいえスズの怪力に耐えている剣なのだからかなりの耐久性があることは確実。俺達が口を出すところでもないのだろう。


 スズはいの一番に焼けた魚を素早く取り上げた。


「あつっ……あ……い、いる?」


 俺達がスズの微笑ましい食い意地の張り方を見て笑っている。


 スズは申し訳無さそうに魚の尻尾をつまんで俺達に寄越そうとするが、誰もそれを受け取らない。


「俺達はいいから好きなだけ食えよ」


「……ありがと」


 スズは小骨を気にせず一口でバリバリと食べていく。小心者そうな態度とのギャップに驚いてまた全員が口をあんぐりと開けてしまった。


 スズの食べるペースは一切落ちず、あたりに打ち上がった魚を一通り平らげると「……足りない」と言ってその場で横になった。


「よ……よく食べるんだな」


「……普通。だけどそれでよく怒られた」


「パーティの人達にか?」


「……そう。私がみんなの分まで食べてたから」


 そりゃ怒られるに決まってるよな!?


「そ、それはさすがにパーティの方に同情するのです……」


 レヨンもスズの食欲にドン引きしながら苦笑いをしている。


「……もう一度」


 スズはひょこっと立ち上がるとフライパン代わりにしていた大剣を持ち、一振りして乗っかったゴミを軽く払う。


 それを片手でブンブンと振り回しながら湖へ向かうのだから、全員が一瞬で嫌な未来を感じ取る。


 あの湖を真っ二つにする技をもう一度やられたらたまったもんじゃない。俺達もびしょびしょになってしまうからだ。


「お……おい! 待てって!」


 俺は慌ててスズを追いかけて手を掴む。鍛えているらしく、引き締まっていてあまり無駄のないゴツゴツした手だ。


「……何?」


「飯、俺が取ってやるよ。デカい魚が食いたいんだろ?」


 スズは無言で何度もコクコクと頷く。その様がなんとも可愛らしくて、こいつになら食糧をいくら食われても許してしまいそうになるのがまた良くないところなのかもしれない。


「……でも、どうやって?」


「見てろって」


 眼の前に広がる湖はかなり大きい。水の中に雷魔法を放てば、気絶した魚が浮いてくるはずだ。それを捕まえれば湖を真っ二つにしなくても簡単に魚が手に入る。


 そんな説明を端折って俺は湖に手をひたす。


 近場の数メートルに強力な魔力を流すイメージで一気に雷魔法を水中に放つ。


「……ビリビリ」


 特に音や見た目に変化はないのに、隣にきて水面を見ながらしゃがんだスズがそう言った。やはりこいつには俺の魔法が見えているらしい。


「そうだよ。これで魚を浮かせ――」


 その瞬間、水面には口をパクパクとさせた魚が数匹浮いてきた。さっきのスズの食べっぷりからするとまったく足りない量だ。


「……大漁?」


 スズはニヤッと笑って俺を挑発する。


「も、もう一回だよ!」


 さっきよりも強めに電気を流すと魚も大量に上がってきた。


「どうだ?」


「……さすが」


 浮かんでいる魚を引き寄せる方法を考えていると、急に湖の真ん中あたりが騒がしくなってきた。大きな気泡ができている。


 その気泡は俺たちの目の前にやってくる。身構えていると、一匹の巨大な魚が大きな口を開けて俺が気絶させた魚達を丸呑みにしていった。


「あぁ! 泥棒!」


 普段は喉の下の方で会話をしていそうなスズが腹から声を出して慌てふためく。


「まじかよ……」


 俺とスズが巨大魚の去っていって荒れている水面を見て唖然としていると、後ろからレヨンとゼツが駆け寄ってきた。


「いっ……今の大きな魚はなんだ!? 湖の主か!?」


「び……びっくりしたのですよ! ふたりとも怪我はないのですか!?」


「あ……あぁ。大丈夫。だけど……」


「……お魚泥棒」


 スズは自分の飯が目の前で消えてしまったので茫然自失といった様子で俯いている。


 そんな俺達に一人の老人が近づいてきた。釣り竿を持っているのでこの辺りの人なのだろう。


「旅のお方か?」


「えぇ……そうです」


「さっきの大きな魚。あいつにはほとほと困っておってな。この湖の魚をいずれ食らいつくすんじゃないかとすら言われておるんじゃ。誰かが外から持ち込んだ魔物らしいんじゃ。だが釣り上げられるような大きさではないし、かといって湖の水を全部抜いて動きを封じる訳にもいかんしでこまっておったのじゃよ」


「へぇ……なら俺に任せてくださいよ」


「なっ……なんとか出来るというのか!?」


「えぇ。しばらく耳と目を塞いでいてください」


 俺はそう返事をしてもう一度湖に手をつける。餌となる魚が浮いてきそうな程度の電気を流すと、案の定ぷかぷかと気絶した魚が浮いてきた。


 そして、しばらく待っていると、また水面が荒立ち、口を大きく開けた湖の主が現れた。


 俺はその口の中へ向かって肉を焼き切る程の雷魔法を放つ。


 ズバァン!


 閃光が轟音と共に湖の主の身体を貫く。


「お……おぉ! 凄い! やったぞ! 旅のお方! ありがとう!」


「あぁ……いえ。これくらいならお安い御用ですよ」


 老人は年甲斐もなくはしゃぎながらその場で飛び跳ねている。余程あの巨大魚が邪魔だったらしい。


 それはそれとしてぷかぷかと浮いている湖の主をどうにかしないとだ。


 幸いにも風は湖から陸地に向かっているので岸辺までは流れてきそうだが、問題はその後。


「これ……どうやって引き上げればいいんだろうな」


「……私に任せて」


 小声ながらも頼もしさをにじませながらスズが一歩前に出る。


 しばらくすると風に流された湖の主が漂着。その尻尾を掴み、スズは一気に陸地へ引っ張り上げた。


「なっ……なんて力だ……」


 ゼツだけは言葉を絞り出したが、俺とレヨンは絶句。明らかに人の力のそれを越えているからだ。


「な、なぁレヨン。あいつ、本当にSランクなのか?」


「はわわ……私達の立場も危ういのです」


「安心してくれ。正式にはお前はまだテクノスに復帰してないから負けた事にはならないからな……」


「うぅ……それはそれで複雑なのです……」


 あまりに規格外なスズの馬鹿力に俺達も扱いに困り始めてしまうのだった。

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