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 老人の身なりをよく見ると、執事のようなスーツに身を包んでいる。お嬢様と言っていたし、それなりの身分の人に仕えているのだろう。


「彼が雷魔法を使えるぞ!」


 ゼツは自分事のように告げる。


「おぉ! 一刻を争うのです! こちらへ!」


 執事は馬車の扉を開け放つ。その中は貴族の部屋のミニチュア版のような装飾がされていて、一人がけながらもソファやテーブル、ベッドなんかも用意されていた。


 そのベッドの上に金髪の少女が横たわっていた。意識を失っているのか、ぐったりとしている。


「この人は……」と執事に向かって尋ねる。


「ナツナ・カスタリア。カスタリア公爵家の御令嬢です。心臓が弱く、魔導具を着用しているのですがそれが故障をしてしまったようで……」


 それを聞きつけたレヨンが速やかにベッドに上がってナツナの様子を確認する。


「これは……ふむ……ヨウムさん! こっちへ!」


「え? あ……おう」


 いつになくレヨンが真剣な顔をしているので俺も土足のまま慌ててベッドに飛び乗る。


 俺がナツナの隣に来るまでにレヨンはナツナの服のボタンを外して胸元を露出させていた。


「金属金属……ネックレス……うわぁ……これは複雑なのです……千切って良いですか!?」


「じ、人命優先でお願いします!」


 執事は汗を流しながら答える。それを合図にナツナの首元につけられたパールのネックレスを引きちぎる。


 パァン! と馬車中に大きなパールの粒が散らばった。


「これで……よし。ヨウムさん、さっき木を燃やした半分くらいの力で魔法をナツナさんに一瞬だけ流してほしいのです」


「なっ……大丈夫なのか?」


「大丈夫。私を信じてほしいのです。そうすれば心臓がまた動くようになるはずです」


 レヨンは真剣な目つきで俺に頼んでくる。まだ完全に信用した訳じゃないけど、レヨンのヒーラー、医療に関する知識を信用するしかない。


「分かった。行くぞ」


 俺は両手をナツナの胸に当て、一瞬だけ強めの魔力を流す。


 すると意識を失っていたはずのナツナの身体がバクン、と跳ねた。


 ナツナの首筋に指を当てて脈を取っていたレヨンは首を横に振る。


「もう一度なのです!」


「お……おう!」


 もう一度魔力を流すとナツナの身体はまた跳ね上がる。


 その瞬間、パクパクとナツナの口が動くのが見えた。


 その様子を見ていたレヨンは目を大きく見開き、執事の方を向いた。


「大丈夫。助かったのです」


「おぉ……これも神の導きですな……ありがとうございます」


 執事が頭を下げきったタイミングでナツナが目を覚ました。


「んん……ここは……」


「大丈夫。ゆっくり息を吸ってくださいなのです」


 レヨンは優しい目をしながらナツナの頭を撫でる。その様子を見て俺は懐かしさを覚えた。


 テクノスとして旅をしている時、罠に掛かって足の骨を折ってしまった俺にレヨンは回復魔法をかけながら同じ目を俺に向けてくれたのだ。


 この人の本質は優しさ。それは今も変わっていないんだと実感するのだった。


 ◆


「改めてお礼を申し上げますわ。ヨウム様、レヨン様、ゼツ様、命を救っていただきありがとうございます」


 ナツナは外の空気を吸うため、馬車に積んでいた椅子を運び出して街道脇に座っている。


 地平線の向こうまで広がっている草原と目の前にいる綺羅びやかなお嬢様のギャップは見ていてなかなかに面白い光景だ。


 それとナツナは滅茶苦茶に美人。歳は俺やレヨンとそう変わらないだろうに、大人っぽい雰囲気だ。いや、そもそもレヨンがロリすぎるからそう思うだけか。


「いえ、当然のことをしたまでですよ」


「そう謙遜をなさらず。ヨウム様はこれからどちらに向かわれるのですか?」


「マスク鉱山に向かってる最中なんです」


「あら! そこはうちの領内ですわね。私達もその近くにある保養所へ向かっている最中でしたのよ」


 自分の家の庭だ、くらいの感覚で言ってくるのだからこの人は筋金入りのお嬢様らしい。


「あ……そうなんですね」


 ナツナは何かを言うか言うまいかと迷っているように目をキョロキョロとさせる。


「ヨウム様、よろしければ……私とご同伴願えないでしょうか」


 俺はその意図を分かりかねて「え?」と聞き返す。ナツナは自分の胸元に手を当てて俯いた。


「私は心臓が生まれつき悪く、魔導具を装着して生き長らえております。ですが保養地までの道中で魔導具が故障してしまい、私の体調など様々なことが重なって先程のようなことになってしまったのです……勝手なお願いではありますがヨウム様が隣にいて頂ければ何かあっても安心できると思ったのですわ」


「魔導具は……さすがに俺たちじゃ直せないか。ゼツ、レヨン、どうする?」


「私は構わんぞ。どうせ道程もほぼ同じなのだろう? どちらの馬車に乗るかだけの違いではないか」


 ゼツは賛成。いの一番に飛び出していくような正義感の強さからしてナツナを放っていくわけはないだろう。


「私はメンバーではないのでヨウムさんにお任せするのです」


 レヨンも遠回しだが賛成らしい。


「じゃあ……決定だな。ナツナさん、どっちの馬車に……っていうのは聞くまでもないですね」


「わっ……私はヨウム様がいらっしゃるならどちらでもよろしくてよ。それと……私のことはナツナとお呼びくださいませ」


 何故かナツナは顔を赤くしてそう言う。


「まーた新しい障壁が増えたのです……」


 隣にいるレヨンがぼそっと何か呟いた。


「レヨン、何か言ったか?」


「なっ……なんでもないのです!」


 レヨンは帽子のつばを掴んで一気に引き下ろして顔を隠してしまったのだった。

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