気だるげ
三題噺もどき―きゅうじゅうきゅう。
お題:気球・プラネタリウム・絵はがき
耳障りな雨音が響いている。
「……」
誰一人居ない部屋の中。
―いや、誰一人というのは嘘か…今現在、私一人だけが居る。
他の人が居ないというだけで、”誰一人居ない”というのは些か言い過ぎか。
ただ単純に、他にこの部屋に住んでいる住人が各々出払っているというだけで、いつも一人というわけではない。
「……」
目が覚めたら、一人だったので、何となく今までも一人きりだったような錯覚に陥っただけで。
電気もつけずただ一人、ソファの上に寝転がっていた。
テレビをつける気にもならず、ただボーッとしていた。
部屋の中には、雨音だけが響いている。
「……」
真っ黒なテレビを見つめる。
今何時だ…。ふと、そんな事を思いだし、テレビの上にある時計に目を移す。
だけどまぁ、たいして気にするような時間でもなかったので、そこでまじまじと見ることもなくすぐ目を逸らした。
別に、現実から目を逸らしたかった訳ではない。
「……」
その時計の下にはー誰だったか、この部屋の住民の誰かが飾った絵はがきの数々が並んでいる。
その人の趣味か好みか分からないが―しかし私もなかなかに好みではある―そのほとんどが白黒の、モノクロのものであった。
その人が書いたものなのか、はたまた描かれた絵はがきを買ってきたのかは知らない。
しかし、奇妙なまでに、狂気的なまでに白黒で描かれたものばかりが並んでいる。
「……」
そこに一枚だけ、異様さを放つものがあった。
その絵はがきだけは、赤や青、黄や緑といった、単純に言えば虹色とでも言うのか、それはもうカラフルな気球が描かれていた。
別段その背景に、空の色や雲のようなふわふわしたものが描かれている訳でもない、ただ気球だけがポツリと描かれているもの。
それでもきっと空に浮かんでいるのではないかと思わせるような、そんな絵。
これだけは、別の住人が並べたのではないかと思われるぐらいに異様で目立っていて―むしろその絵はがきを目立たせる為に他の絵は白黒なのではないかと疑うくらい。
逆にそうだと言われた方がこの奇妙さに説明がつくと思うのだが。
「……」
あぁ、いや別に、この絵はがきの群れに説明を求めているわけではない。
全く。
よろしくない。
人と話すことがないからといって、こんな、意味もなく計画性もないであろう、この絵はがきたちに説明を求めるとか、らしくもない思考を巡らせるなんて。
私はもっと、楽観的でなにかにつけて説明を求めるような人間ではなかろうに。
説明なんてものは、あってないようなものだと、否応なしに知らされたくせに。
「……」
ふぅ。
こんな無駄なことに頭を働かせてしまったせいでひどく疲れた。
よくわからない思考を働かせてしまうのは、きっとこの部屋に自分一人だけで居るからで。
気が滅入るような雨のせいで。
―だから、けして現実から目をそらしているからではない。
断じて。
「……」
そしてまた、なにも考えずにボーッとする。
いや、何かは考えているのかもしれないが、それは認識するほどのものでもないことというだけかもしれないが。
そうやってまた、なにもしない時間が過ぎていく。
それから、どれぐらい経ったのか、一時間か、30分か、はたまたほんの10秒ぐらいだったのかもしれないが。
視界の端に、キラキラと光がちらついた。
「……」
緩慢な動きで、光のもとに手を伸ばす。
手に当たったのは、なにかつるつるして固いもの。
それは手に収まるほどのサイズで、手に馴染みきったもの。
今の世の中では、誰もが持っていて、当たり前のもの。
「……」
どうやら、どこかの誰かが私に何かしらの連絡を寄越してきたらしい。
私は、基本的に騒がしいものが嫌いで、連絡が来る度に「おい、誰かがお前に用があるそうだ」と喚き散らすそいつが嫌いなのだ。
だから、いわゆるミュートという状態になっていて、ただ光るだけで合図を送るようにしていた。
「……」
パッと開けば、急に眩い光が目に飛び込んできたせいで、一瞬なにも見えなくなる。
すぐに慣れるが。
ツーと画面に指を滑らせ、連絡の内容に目を通す。
どうでもいい内容だったので、適当に返事を返しておく。
「……」
言葉のやり取りが続くその画面には星空が広がっている。
私は、星空というものが好きなのだ。
だから、すこしでも嫌いな相手とのメッセージのやり取りをするその画面には好きなものを写す事で、緩和させている。
ちなみに―何がちなみになのか―プラネタリウムという擬似的に作り出されたあの星空はさほど好みではない。
何故かといわれるとよくわからないのだが。
あのよく分からない解説が嫌いなのか、他人と隣に並んで上を見上げるというものが苦手なのか。
まぁでもやはり、何となく好きじゃない、それだけだろう。
「……」
あぁ全くもう、疲れる。
さっきからどうしたんだ私は。
自分を疲労に陥れるようなことばかりして。
疲労なんて一番嫌いなのに。
「………………ねよ」
現実から目を逸らした。