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まんなか  作者: R
8/9

第八章 百合真木子




カランカランカラン……




サイコロの目は5

「先輩からの助言」



「優子! 会いたかったよ!」

ライムはいきなり私の両手をぎゅっと握りしめると

腕を思いきり上下にぶんぶんと振りながら

イルカショーの話をもっと聞かせてほしいと

目を輝かせている


私はというと

「会いたかったよ」という言葉を聞いた時点で

嬉しさを隠すのに必死だと言うのに

さらに両手を握りしめられた時には

まるで顔面に

「あなたのことが好きです」と書かれた紙を

貼り付けているような

気持ちを勘付かれても仕方ない顔をしてしまい

どぎまぎしていた


ところがそんな乙女心などお構いなしに

次には顔の貼紙が落ちるくらいの大きな振動で

両手をぶんぶんと上下させ

少年のような目でイルカ、イルカと言うのだから


不本意にも何もなかったかのように

平常心を装うしかなかった


だけど

出会った頃は無表情一点張りだったライムが

段々と色々な表情を見せてくれることを

嬉しく思った


そういえば

夢にライムが出てきたのかと思っていたが

ライムも同じ夢を見ていたことに驚いた


ライムは自分がラフィを起こして

人間の世界へ行ったと思っていたようで......


初めての出来事とイルカショーの感動とで

早く私と会いたかったそうだ


残念ながら私と会いたかったのは

人間の世界に興味津々だからという理由

なのだけれど


そしてドルフィントレーナーを

目指そうとしていることを伝えると

ライムは誇らしい顔をして

自分の名前の由来を教えてくれた


「あなたと会えば夢が向かって来る

だから、来る夢と書いて来夢ライム


そう言って

「まんなか」を作った

百合真木子が付けたそうだ





百合真木子 当時22歳 商社OL 


.

.

.

  



カランカランカラン……




サイコロの目は8


体がふわりと浮かび

ピョンピョンと飛んだ先には「解雇」の文字


リアルな感覚が残る変な夢を見て

真木子は朝を迎えた


勤めている会社の経営が傾いており

次は誰が解雇を言いわたされるか

分からない状況の中

ある程度の覚悟はしているが

そんな中でのこの夢は不吉すぎる


そしてまさかとは思ったが

出勤すると上司から呼び出しが入った


(あー、終わった

ようやく仕事も慣れてきたのに

これからどうしたらいいんだろう……)


そんなことを思いながら

上司の後をついて歩いた

小さな会議室に入るといつもより重い扉を閉めた


「で?なんで先月は早退したんだっけ?」


想定外の第一声に混乱しながら

答えを探していたら上司はため息まじりに続けた


「お母さんの看病だっけ?で、良くなったの?」


先月

真木子の母は乳がんで

1週間入院することになった

できるだけ付き添ってあげたかったので

上司にお願いして1週間は残業せずに

定時で帰らせてもらうことにした

それをその時は快く了承をもらっていた


なのに突然

毎日3時間近く残業することが

当たり前のこの会社では定時で帰ることは

もはや早退扱いなのか?

そんな事が頭をよぎりながらも

腑に落ちないまま返事をした


「今は薬で落ち着いています」 


「まあでも

百合さんも心配だろうしお母さんも

一緒にいてあげたほうが安心するんじゃない?

うちみたいに長時間勤務だと大変でしょう?」


上司が何を言わんとしているのか解らず

そう言いながら面倒臭そうな顔をしている上司に

少しの違和感を感じながらも

心配してくれているのだと受け取った


「ありがとうございます。

私もだいぶ仕事に慣れてきましたし

母も仕事復帰してますので大丈夫です」


と言うと上司はさらに大きなため息をついて

急に声を荒げた


「違うよ

ありがとうございますじゃないでしょ?

うちの状況知ってるよね?

あの時は大変だったんだよ。

基本ウチは残業断れないし

若い子って病気だとか葬式だとか言えば

早く帰れると思って頻繁に言ってくるようになるからほんと困るんだよね

百合さん22歳だっけ?

若いからもっと楽に稼げる仕事は

他にたくさんあるよ

そうだ良いところがあるんだけど

紹介しようか?

可愛い顔してるし人気出ると思うよ

ちょっと肌を出すけど……」


と言いながら

全身を上から下まで舐め回すように見てきた

会社を辞めてくれとは言わないが

あからさまな言葉を続ける


身に覚えがないことを一方的に言われている

この状況に納得できず苛立ちを覚えたが

なにも言えずに沈黙していた


「女は愛嬌だよ

ほら、もっと笑ったらどう?」


悪びれも無くへらへらと

どうでもいいことを言ってくる上司に対し

俯いたまま沈黙を続けていた


「そんなんじゃ

どこへ行ってもやってけないよ?

で、どうする気?

みんなに迷惑をかけた分はどうしてくれるの?」


「……辞めます」


耐えられず静かにそれだけ言うと

上司の反応を待たず小さな会議室から出た


そして自分の荷物をまとめて

誰にも何も言わずに会社を出た

ビルから出た瞬間堪えていた涙が溢れて止まらない、悔しい、許せない、全く納得できない……

 

それでも生活していくためには

とにかく稼がなければならなかった


そしてシャクではあったが

手っ取り早く稼げそうなホステスを始めた

稼げれば何でも良かった

もう全てがどうでも良かった


薄暗い店内

手入れされてないエアコンが吐き出す湿った空気

ヤニで描かれた壁の模様

酔っ払い達の酒の臭い

各テーブルから重なる喋り声

洗い場からのグラスがぶつかり合う音

ごちゃごちゃと混ざり合った独特の空間に

何の希望も見出せずにいた


まるで

タイムトラベルでもして異国の地にひょこっと

座っているような錯覚

その違和感は心地良いものではなく

苛立ちさえ覚えた


仕事と家庭の愚痴ばかりを言う客

ヘラヘラと触ってくる客

過去自慢ばかりする客

下心見え見えで誉め殺ししてくる客

しつこく連絡先を聞いてくる客、客、客


もう、うんざりだ


なにより

それに対して愛想笑いをしている自分が

嫌でたまらなかった

そんな中唯一救われたのが

小さい頃から大好きだった歌を歌えることだった


すぐに真木子の歌は評判になり

毎日リクエストがかかるようになった


そして半年ほど経った頃

噂を聞きつけた音楽事務所の新人発掘担当者が

店へスカウトしに来たのをきっかけに

真木子は音楽の道へ進むこととなった


シンガーソングライターブームだったこともあり

その路線で売り込もうという話の中

真木子の才能はすぐに開花した


ピアノはある程度弾けたが作曲はしたことがない


作曲法として

「自分が感じる言葉を書き

その言葉から聞こえる音をメロディーにしてみて」


それだけ教わるとその言葉だけで

「まんなか」を書き上げてしまったのだ


事務所に所属して間も無く

トントン拍子にデビューが決まった

ピアノのレコーディングが終わり

後は歌のレコーディングをすればCDが完成する


ライムと出会ってから

止まるマスに書かれてあることが次々と起こり

それらは小さい頃思い描いた歌手という夢が

まるでこちらへ向かって来ているように思えた


「あなたと会えば夢が向かって来る

だから、来る夢と書いて来夢」


ところがある日

ライムの降ったサイコロは

「妊娠」というマスへと真木子を進めた

ライムと出会って1年

1度も人生すごろくが外れたことはなかったが

この時ばかりはさすがに信じられずに朝を迎えた


そしてその日以来

真木子とライムが会うことはなかった

 

ライムは百合真木子の話をするとき

哀しい表情を見せる


真木子は妊娠を知った時

どんな気持ちだったのだろうか

どんな気持ちで歌うことを辞めたのだろう


ドルフィントレーナーの夢を諦めると

ライムと会えなくなるのかな……

ライムの顔を見ながらそんなことを考えていたら

ふとライムも私の顔を見ていることに気づき

恥ずかしさで思わず目を外らした


「優子がんばってね」

ライムはそう言うと「まんなか」を歌いながらぐるりと後ろを向いて居なくなった


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