第七章 YURI
YURI 28歳 シンガーソングライター
1年程前
派遣会社の面接の帰りに
ストリートライブをしていたYURIと出会った
美しいピアノに聴き惚れてCDを購入した
その中に「まんなか」という曲が収録されていて
なぜかピアノだけの曲なのに
手書きの歌詞カードが入っていた
お気に入りの「まんなか」は
目覚ましの曲に設定し
毎日美しいピアノの音で1日が始まる
そう
その「まんなか」を
何故ライムが歌っているのか!?
気になって気になって
直接聞いてみようと勇気を振りしぼり
声をかけようと近づいた時に目が合った
そしてYURIの方から声をかけてきた
とても穏やかで
優しい微笑みを浮かべながら
「前にCD買ってくれた子やんね?」
「そうです!!
あ、あの……ライムって知ってますか?
その人がよく、まんなかを歌ってて……」
知りたい衝動から
YURIからの質問を適当に返し
突拍子もないことを質問返ししてしまった
するとYURIは驚いた表現を一瞬見せて
それから急に興奮し始めた
先程の穏やさとは一変
もの凄いスピードで
次々と色んなことを話し始めた
「まんなか」はYURIの母が作った曲で
YURIの母はシンガーソングライターとして
デビューする予定だったそうだ
デビュー直前にYURIを妊娠したことで
歌入れをすることなくデビューの話が無くなり
育児に専念するため
歌うことを辞めてしまったことや、
27歳という若さでまだ3歳のYURIを残し
交通事故で亡くなってしまったこと、
YURIの母親が書いていた日記帳には
ファンタジー小説のようなことが
まるで実体験したかのように書かれており
その中にライムという名が頻繁に出てくることを
一気に話すと一体どういうことなのか
説明してほしいと腕を掴まれ
私のパーソナルスペースを完全に越えた
顔の近さではあったが
私も興奮していてそれどころではない
自分の体験している状況を
よく分かっていないまま
まとまりのないまま
とにかく体験している不思議な事を
洗いざらい話した
そしてまとまりなく話している内に
自分の中で点と線が繋がり
YURIと確認作業をしながら推測した事
ライムが初めて出会った人間はYURIのお母さんで
25年前に亡くなったことを考えると
私の前のサイコロだったはず!
そうであれば
ライムが「まんなか」を知っているのも納得できる
こんな話が出来る人など居なかったので
お互いに話が止まらずひたすら喋り続けた
まだまだ話は尽きそうにないが
YURIの仕事の時間が迫っていたので
機材を片付けるのを手伝い連絡先を交換して別れた
そして今日は色んなことがあり過ぎて
家に着くとソファーに倒れ込み
そのまま寝てしまった
カランカランカラン……
サイコロはラッキーナンバーの3
「早退」
ライムが私の顔をじっと見ている
嬉しいのと恥ずかしいのとで思わず赤面し
たどたどしながらも
今日の出来事を順を追って話した
そしてYURIのお母さん
百合真木子の名前を出した時に
ライムは初めて無表情を崩し
驚いたようになぜ知っているのか聞いてきた
私はYURI から聞いた話や
自分の世界のこと
それらから考えられる
ライムの世界との関係性など
推測できることを全て話した
ライムも真木子から同じようなことを
聞いていたようで
真木子のサイコロがゴールした時点で
亡くなったのは想像できたらしい
しかし歌い始めた頃から出会い
やっとデビューが決まり
嬉しそうに歌っていた真木子が
歌を辞めたことにライムは納得いかないようだ
CDが完成したら
いつもの鼻歌ではなく
ピアノと歌の入った「まんなか」を
聴かせてくれると約束していたそうだ
そう話すとライムは
哀しそうな顔で歌い始めた
ライムには申し訳ないが
哀しそうな顔と切なく響く歌声が
本当に本当にキレイで見惚れてしまった
.
.
.
目を覚ますと
ソファーに変な体勢で寝ていたため全身筋肉痛、
メイクしたままの顔は3歳くらい老けているし、
さらに昨日は結局
晩ごはんを食べずに寝てしまい
腸だけが活発に
なんとも腑抜けた音を立てている
そんな中
朝から湯船に浸かり
ライムとのやりとりを思い出して
緩みっぱなしの口元で歌う「まんなか」は
小さな風呂場にご機嫌に響いた
結局いつもより1時間も早くに
目覚ましをセットしておいたのに
その分だけ湯船に浸かってしまった
準備に追われて
朝ごはんも食べずに急いで家を出た
出勤すると
明奈が満面の笑みで近づいて来た
そういえばケンから告白されて
その後ケンから来ていたメールにも
返信していないことを思い出した……
明奈にも何て言えば良いのか考えておらず
慌てたのも束の間
ケンではない彼氏が出来たという報告を受け
「なんじゃそりゃー」
という言葉が色んな意味でとっさに出た
「彼氏の左しかできへんえくぼとー
明奈の右にしかできへんえくぼはー
ふたつでひとつやねんー♡」
「なんじゃそりゃー」
と連発しておいた
ともあれ
気まずくならなくて良かった
今日は明奈とストックルームの整理を任され
2人でわいわい喋りながら
送られてきた新しいハンガーの開梱を始めた
ひたすら同じ動きで内職のような作業だ
一つ一つ包まれている全てのカバーを外し終え
ようやくラックにかけようと立ち上がった
その瞬間!!
もの凄い立ち眩みでしゃがみ込もうとしたが
一瞬にして目の前が真っ白になった
ガラン!!ガシャンッ!!バン!!
ハンガーが床に散らばる音が聞こえ
頬に感じる冷たい床の感覚と
私の名前を呼ぶ明奈の声が
どんどん遠くなっていった
.
.
.
快晴の青空の下
私はたくさんの観客から注目を浴びている
イルカショーの真っ最中だ
ホイッスルを吹きながら
イルカに合図をすると次々に技が決まる
クライマックスではイルカの背中に乗り
プールの中から
たくさんの笑顔を眺めながら泳ぐ途中
キラキラした笑顔の中に真っ白な人を見つけた
(ライム!?)
大歓声のショーを終え
直ぐにジャンパーを羽織り観客席へと走った
するとライムも興奮さめやらぬ様子で
私を見つけて駆け寄ってきた
「凄いよ優子!
優子の世界ではこんな凄いことが
行われているんだね!」
ライムは興味津々に辺りを見回している
こんな嬉しそうなライムを見るのは初めてだ
イルカに乗せてあげようと
ライムの手を引っ張りプールへと向かった
途中でジャンパーを脱ぎ
ハンガーラックにかけようとした時
.
.
.
大量のハンガーを落としたことを
思い出しハッと目を開けた
私は店の休憩室のソファーで
横になっていた
(夢か......
興奮したライムの顔、可愛いかったなー)
夢を思い出してニヤニヤしていたところ
ちょうど遥が部屋に入ってきた
「てか、笑ってるやん!
大丈夫?みんなめっちゃ心配してんで」
ツッコミながらも
心配そうな顔で優しく聞いてきた
「ごめん、私……倒れたん?」
「そうやで。
明奈がものすごい顔で呼びに来たし
ほんまびっくりした!
ほんで見に行ったら、優子ちゃん寝息立てよるし、
とりあえず様子見ようってみんなで運んでん。
体はどんな感じ?」
普段から低血圧ぎみで
急に立ち上がると目眩することははよくあったが
疲れと空腹が相俟ったせいか
気絶したのは初めてだ
「……うん、もう大丈夫!
最近、寝不足が続いとったしかも」
「とりあえず今日は人足りてるし
帰ってゆっくりしー」
「うん。ごめんな、ありがとう」
今日の人生すごろくが早退だったので
この流れを何となく予想していたし
問題なく働けそうだったけれど
帰らせてもらうことにした
先日購入した本に載っていた
ドルフィントレーナーの専門学校が近くにあり
行くなら今日しかない!と思ったのだ
日に日に増していく
ドルフィントレーナーへの想いは
ライムと出会ってからだろうか
すっかり忘れてしまっていた夢が
ライムと出会ってから
まるで未完成だったパズルが次々と
埋まっていくような感覚がある
電車に揺られて5分
駅を降りてすぐ
心の準備をする間も無く辿り着いてしまった
高鳴る胸の鼓動で少し緊張しながらも
ひとつ大きく深呼吸し
キュッと拳をつくってから施設内へと入った
とにかく目指すは
事務所で資料をもらうこと!
あわよくば授業の様子を
少しだけでも覗きたいと思い
キョロキョロと歩いていたら
突然大きな声がこちらに向かって飛んできた
「おいおいおいおい!」
振り返ると
浅黒い肌にTシャツ短パン姿の
まるでサーファーのような中年男性が
手招きしている
鬼のような形相で
入館証の提示を求めてきたので
思わず一瞬たじろいだが
ここで怯んだら負けだ!と変な闘争心が芽生え
「ドルフィントレーナーになりたいんです!」と
いきなりの決意を込めた願望は
ロビー全体に響きわたった
すると鬼のような形相をしたサーファーは
声をあげて笑い始めた
なんだ
その顔は怒ってるからではなく元々
鬼のような顔をした人だったのか
などと失礼なことを思いながらも少し安心した
その人は竹村と名乗った
本来は入口で入館証をスキャンすると
自動ドアが開いて校内に入れる仕組みなのだが
自動ドアの点検作業中で
開きっぱなしのところを
入館証をスキャンせずに入り
ぶつぶつと独り言を言いながら
ソワソワと何かを探している様子の
一部始終を見ていたそうで......
まさに不審者そのものだったそうだ
とはいえ
経緯を話すと急な飛び込みにも関わらず
特別に校内を案内してくれることになった
まるでツアーガイドかのような
詳しい説明付きで教室を回り終えると
卒業後の就職サポートや
学費が心配なら学費ローンもあるから安心して!
と竹村は親指を立てた
怖い顔と優しい言葉と陽気な親指のちぐはぐさ
若干の違和感を感じながらも
今日は鬼村、いや、竹村さんが対応してくれて
本当に良かったと心から感謝した
帰るとすぐに
合格する気満々で入学願書を書いた
入学までに苦手な泳ぎを克服しようと
大人スイミングスクールの予約も済ませた
親にはお金の面倒を一切かけたく無いので
寮に入りバイトをしながら
学費ローンに頼る他ない!
とにかく今日から節約して
出来るだけ貯金を増やさなければ!
母が持ってきてくれた
肉じゃがと具沢山の爆弾おにぎりをぺろりと平らげ
簡単にシャワーを済ませると
ベッドに転がりしばらく天井を眺めた
白い天井をスクリーンにして
イルカと自分を泳がせる
小さな天井スクリーンに描く大きな夢は
小学6年生の時にも
実家の天井に描いたのと同じで
とても鮮やかだった