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まんなか  作者: R
6/9

第六章 吉田 晶子

吉田 晶子 55歳 専業主婦


おっとりお嬢様タイプ

明るくいつも楽しそうなところは尊敬するが

行動が大胆で読めないためよく驚かされる


つい先日

ウチに大きなチルドの荷物が届いた

差出人は母からで

開けてみると中身は豆腐。全部豆腐。

豆腐1年分当選おめでとう並の量


さっそくクレームのメールを打ったところ

豆腐作りにハマったらしく

試行錯誤しているうちに

大量の豆腐ができたらしい


冷凍保存できるからと

ハートマーク付きのメールが返ってきたが

うちの冷凍庫3つ分の量


入らない分を職場へ持っていくと

意外にも喜ばれ

あっという間になくなったから良かったものの

それからしばらく豆腐生活が続き

嫌いになりつつある


そんな母は

大学時代に父とテニスサークルで出会う

母の一目惚れから付き合いはじめて結婚

男、女、男と3人の子を産み育て

現在

平日はテニススクールとホットヨガへ通い

週末は友達とランチ


泥々した韓国ドラマに夢中になり

海外のロケ地へ旅行する計画を企てている

その資金を貯めるために

短期のパートを始めようかと悩んでいるそうな


1時間後

大荷物を持った母が家に着いた

ばあちゃんの荷物を片付けていたら

そのまま家中の大掃除になったらしい


全く整理されていなかった押入れから

写真や昔の成績表が出てきたので

持ってきたのだという


成績表など捨ててくれて良かったのにと

言いながらも開いてみると

見事なまでにオール3。3年間、3だらけ。


「優子のラッキーナンバーね」


天然ボケの母が

嬉しそうに私の顔を覗き込んでくるので

ライムの真似をして無表情を決め込んだ


荷物の中に小学校の卒業アルバムを見つけた

たしか「10年後のわたし」というタイトルで

原稿を書いたことは思い出したが

なんて書いたのかサッパリ思い出せない


12歳のときの10年後といえば

22歳の自分を描くわけで

当時からすれば全く想像の及ばない

遠い遠い未来の自分をどんな風に描いたんだっけ


古紙の匂いを感じながら

ページをパラパラとめくった


.

.

.



10年後のわたし 6年3組 吉田 優子


ザッブーーーーーーン!

大きな拍手と歓声が鳴り止まない

イルカショーは今日も大盛況に終わった

そうです!

私はイルカのトレーナーをしています

大好きなイルカ達と毎日泳いでいます

次のショーでやる技は

レベルが高くて難しいのでがんばっています!

練習は大変でヘトヘトになるけど

ショーの時のみんなの笑顔で吹き飛びます

家族や友達も応援してくれています

早く色んな技が出来るようになりたいです!


.

.

.



卒業アルバムをパタリと閉じた

そうだ!今日は水族館へ行こう

母を駅まで見送り

その足で小さい頃

家族で行ったことのある水族館へと訪れた

もちろん目的はイルカショーだ


家族連れやカップルのお客さんに紛れ 

真ん中の1番前の席に座った


音楽が鳴ると一気に観客が静まり返る

沢山の人が一斉に始まりを待ち望み

息が止まったような

一瞬の空気感がたまらなく好きだ


イルカが飛び跳ね

キラキラ光る水飛沫が舞い散る

ホイッスルが鳴り響き

次々と技が決まっていく光景に息を呑んだ


そしてイルカに押されて

プールの中を一緒に泳ぐトレーナーさんの姿を

見たときにようやく理解できた


地元で給食を作っていたときから

今もずっと抱いている違和感の正体を




「私……

 イルカのトレーナーになりたかったんだ」




10歳のときに初めて観た

イルカショーの衝撃が蘇った


それから親にお願いしてプールを始めた

なかなか上達せず2年半でようやく

クロールを25メートル泳げるようになった


中学に上がり

バドミントン部に入部してからは

顧問の先生が熱心で

練習もハードだったこともあり

水泳に見切りをつけ

バドミントンに打ち込み始めた


うまく泳げないことから

無意識にトレーナーという道から目をそらし

ただの習い事のプールという認識に

すり変わってしまっていたのだ


そんなふうに忘れ去り

上からどんどん蓋をしても

本当の想いは心の真ん中から

何度もノックしてくる


気付いてほしいと何度も何度も

それが違和感の正体だ


いてもたっても居られなくなり

ショーの途中で席を立ち

急ぎ足で水族館を後にした


途中、

本屋でドルフィントレーナー専攻

という本を購入し

電車ですっかり見入っていると

かすかに聞こえた

「ドアが閉まります」の声で

ハッと我に返った


間一髪で電車を降りたが

本だけを大事に握りしめ

ことも有ろうに電車の座席に

バッグを置き去りにしてしまった


今日の人生すごろくが

「落し物」だったので

朝から気を回していたのに

やはり運命には逆らえないものかと

感じた瞬間である


近くにいた駅員さんに泣きついたところ

直ぐに確認を取ってくれた


数分後

1つ先の駅の改札に「落し物」

として届けられたとの連絡が入り

胸を撫で下ろした


直ぐに電車で向かい

バッグを無事に受け取るとそのまま改札を出た


久々の遠出に少し疲れた……

炊事する気になれず

晩御飯になりそうなものを探しながら

1駅歩いて帰ることにした



途中

人で溢れるひっかけ橋から

ピアノの音が聞こえてきた

ストリートライブだ!

この音色は

シンガーソングライターのYURIだ!

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