吉田さんとオレ その九 前編(一~十五)
九
七月二十五日。暑さで体が参り始めた。省エネやらクールビズやら、俺たちの会社ではそういうエコフレンドリーなヤツを積極的に導入しているので、外の気温は日中、三十三度でも、事務所内の温度は、二十八度だ。外回りの営業マン曰く「事務所はすこぶる快適」らしい。そりゃあ、外と内とで、温度差は五度だもの!事務所内は涼しいでしょうよ・・・。でも俺のような内勤で、しかも元来の汗かきにとっては、二十八度は地獄のような暑さだ。じっとしていると、汗が噴き出してくる。かろうじて、俺の会社のパソコンにUSBケーブルを差し込んで小さい扇風機を回しているのが救いだが、この扇風機だって、職場の壁に貼り付けてあるポスター「地球に優しく」の錦の御旗で、いつ何時上司や同僚に取り上げられてしまうのか、分かったもんじゃない。
額の汗をタオルで拭き拭きしていると、総務部の吉高さんから電話がかかってきた。
「総務部の吉高です。お疲れ様です。午前の便で、山下さん宛てに封筒が届きましたので、総務まで取りに来て頂けますか」
「えっ?私にですか?」
「はい」
「分かりました。すぐに行きます」
一体、誰からだろうと思い、会社の階段を下りて、俺たちシステム部の一階下の総務部に足を運んだ。他の会社のことは知らないが、システムエンジニア、特に俺のような社内システムを担当している連中には、外部から封筒やハガキが届くことはまずない。システム開発で、外回りの営業をしている人たちなら分かるが。
「吉田さん。これです。はい、どうぞ」
「確かに受け取りました。ありがとうございます」
ハトか何かの糞がいっぱい付いている恐ろしいほど汚い封筒に、汚い字で会社名と俺の名前が書いてあった。封筒の宛先には「システム部 山下様」とすべきところを「システム部のエースの山下ちゃんへ!!!」と赤のボールペンで書いてあった。封筒の裏を確認すると、差出人は吉田さんだった。すごく気になって、その場で封筒の口を開けると、吉田さんのバカでかい金玉をドアップした写真が一枚出てきた。そして、写真にクリップ止めされたクシャクシャの紙切れには
「こうちゃん!元気か?元気やろ?一緒に水風呂でも入って、常夏の邪気払いやろな!で、僕、タマを切除する手術を受けることになったんで、地元の滋賀県の病院に一週間ぐらい入院します!あ、タマ切除したら、僕、万屋の男湯と女湯、どっちに入ったらええんやろか?もし万屋の番頭から「吉田さんは、もう女やから、女湯に入って下さい」と言われたら、どうしよう。未来永劫、こうちゃんと一緒に風呂入れへんで。その場合は、こうちゃん、女湯に入ってくれるか?でも、こうちゃんが女湯に入ってフル勃起したら、公然わいせつ罪で警察に現行犯逮捕されるかも知れへんな!でも、その場合は、僕に一切の責任はありません!!!」と書いてあった。
総務部のスタッフは、総勢で七人いる。総務部長の溝口さん以外は、全員女性社員だ。封筒を渡してくれた吉高さんも、入社二年目の女性社員だ。もし、封筒の宛名に俺の名前が書いてなかったり、差出人の名前がなかったりして、吉高さんが不審に思い封筒を開けて、いきなり吉田さんのバカでかい金玉の写真を見てしまったら、大変な事件になっていただろう。そんなことを頭の中で思い巡らせると、俺は寒気がしてきて、さっきまで暑さで大量に汗をかいていたのに、嘘のように汗はサッと全身から引いていき、今度は冷や汗がドバドバドバ!っと大量に出てきた・・・。