オレがボクになるまで その二十 後編(十六~二十二)
二十
昨日は夜遅くまで呑んだのに、濱田さんは早朝から吉田さんと会ったそうだ。昼前に濱田さんから電話があった。
「もしもし。濱田です。今、喫茶店で吉田さんと一緒にいます!」
「濱田さん!吉田さんと会ったんですね!」
「うん。いやー、吉田さんの話、面白いのなんの!」
「ええ」
「で、吉田さんと早くも意気投合してしまって・・・。それでオレ、吉田さんを題材にした小説を書こうと思ったわけ!」
「小説ですか?」
「うん。とりあえず、大阪の銭湯についてまとめた『新・大阪の銭湯図絵』みたいな本を書いて、本の最後の方に、オレと吉田さんとの対談を掲載するわ!『新・大阪の銭湯図絵』が完成したら、今度は吉田さんの半生を描いた小説の執筆やな!小説の方は間違いなく売れるで!!!」
「小説のタイトルは何ですか?」
「まだ考案中だけど、今パッと思いつくのは『新とりかえばや物語‐大阪銭湯狂人金玉列伝』かな!」
「露骨なタイトルですね・・・」
「まあ、本のタイトルで売上げは決まるようなものだから、タイトルはインパクトがないとあかん!」
「そうですか・・・」
後日談になるが、濱田さんは本当に二冊の本を出版された。濱田さんは出版社にもコネクションがあるようで、本の原稿の執筆から実際に二冊の本が全国の書店に並ぶまで、わずか約二カ月間という非常にスピード感のある仕事をされていた。『新・大阪の銭湯図絵』では、銭湯が好きな二十代と三十代の若者と外国人観光客を中心に、大阪の銭湯についてアンケート調査を行い、「大阪の銭湯番付」なるもので横綱から幕下まで銭湯をランキングし、実際に濱田さんと吉田さんがランキングされた銭湯に全て入って感想を述べている。本が書店に並んだ初日に俺も拝読させて頂いたが、これが中々面白い!ちなみに、天王寺にある我らが万屋は、東の関脇となり銭湯ランキング三位と健闘していた。吉田さん、万屋の常連なのに、万屋の電気風呂で金玉が痺れたと憤ったり、万屋の番頭に肛門を洗浄するためのホースを脱衣所に設置して欲しいと嘆願したりするなど、なぜか万屋には辛口の評価をしていた。出版からわずか一カ月間で五万部を売り上げた『新・大阪の銭湯図絵』。人気は上々だ。インターネットの口コミを確認したところ、読者の銭湯への関心も然ることながら、本の最後の方に掲載された濱田さんと吉田さんとの対談が神だと、人気になっている。対談では、二人が斜陽産業である銭湯業界を憂い、銭湯の確かな未来を確立するために、銭湯の集客対策について議論している。対談の最後の方では、意気投合してしまった二人がドヤ顔のふんどし姿で仁王立ちし「大阪に金玉で金メダルを!」「金玉綱引きと乳首綱引きを、次のオリンピック・パラリンピックの正式種目に!」と、勝手に国際オリンピック委員会に提言までしている。
『新・大阪の銭湯図絵』が大当たりして、完全に勢いに乗った濱田さんは、吉田さんの半生を徹敵的に取材し『新とりかえばや物語‐大阪銭湯狂人金玉列伝』を上梓された。こちらも人気は上々。吉田さんも吉田さんで、インターネットの口コミで一躍人気者になった吉田さんは、最近、トランスジェンダー関係の学会や講演会にゲストとして引っ張りだこだ。また関西のテレビ番組に出演し、大阪の銭湯について熱く語ったり、大阪の企画会社と組んで子孫繁栄を祈願した金玉キーホルダーを商品開発し、営業マンと一緒に神社や寺に金玉キーホルダーを売り込んだりと、非常に忙しそうだ。濱田さん曰く「二冊の本の印税の半分は吉田さんに寄付している」そうで、吉田さんは金玉関連のビジネスが絶好調であり、着実に借金を返済しているようだ。逆説的ではあるが、借金を完済し金玉を切除するために、あのバカでかい金玉で着実に稼いでいるのが、今の吉田さんの姿である。金玉が金のなる木になってしまった吉田さん・・・。今となっては、本当に金玉を切除するだけの覚悟と勇気があるのだろうか・・・。吉田さんは仕事が好きだ。濱田さんと一緒で、仕事に恋をしている。俺は、吉田さんから銭湯で「体は男、心は女」と告白されたあの日が、はるかに遠い昔のように感じられた。