加わる仲間
更新がかなり遅くなりました…すみません。
「ばっかじゃないの?」
礼拝堂を出て開口一番、モモは俺の決断に辛口の評価を下す。
「何であんな頼みをほいほい受けちゃうかな。メデューサとかいう魔物に太刀打ちできるかどうかも分からないのにさ。」
「そう言われても…困ってるようだったし、断れないだろ。」
メデューサの特徴は教えてもらったものの、目を見ないようにして戦うというのは、少し難しそうだ。
それは分かっているのだが、何故かモモはいつもよりも言葉の調子が厳しい。
何て言うのか…そう、すねているような。
「さっきの子がちょっと可愛かったからって、簡単に引き受けてさあ…。」
俺の頭に、一つの仮説が思いつく。
「ヤキモチ妬いてるのか。」
「はあ⁈べ、別にそんなこと…」
あまりにもあからさまな動揺を見せているので、ちょっとからかってやろうと思ってしまう。
「そうかそうか、お前、俺のこと大好きすぎだろ。」
「ば、ばかなこと言わないでくれる⁉」
「冗談だ。本当は、さっきの子が美人だったから羨ましいんだろ?」
「まあ確かに、わたしより全然…って何よ!」
繰り出された右ストレートを華麗に回避しつつも、メデューサが出るという洞窟へ向かう門の付近まで来たというところで、何やら騒がしいのに気がつく。
「放せ、放せやボケェ!コチがメデューサを倒すんや!」
変わった話し方の叫びにも近い大声が聞こえてきた。
「西の訛り、だよな?」
大陸の西側に住んでいる人々は『西国人』と呼ばれ、俺達『東国人』とは話し方が違う。
とはいえ、ここは結構東側に位置している村だから西国人は珍しい。
「おい、そこのあんちゃん、あんたからも言うてくれや!」
灰色の髪にやや褐色の肌、黒目の青年が呼びかけている。
「…って、俺⁉」
「そうや。コチをメデューサ退治に行かせてくれるよう、こいつら説得してくれ!」
とりあえず、俺は彼を放すように言い、代わりにいくつかの質問をさせてもらうことにした。
「えっと…そもそも、何でメデューサ退治に行こうと思ったんですか?」
俺の質問に、解放されて落ち着きを取り戻した彼は遠くを見ながら語りだした。
「コチは西国の生まれでな…え、分かる?こほん、まあとにかくや。ちょっとしたことから、コチは弟のシロンと一緒に東国に移り住んできたんや。けどなあ、最近魔王とかいうんが復活した言うて、けったいなバケモンがぎょーさん出てくんねん。それであちこち移動して、ようやっとここに流れ着いた…と思った矢先に、弟はメデューサっちゅーやつに攫われてしもた。だから、コチは…。」
それは辛いだろう。俺も真面目な顔で質問を続ける。
「なるほど。ちなみに、弟さんはどういう見た目なんですか?」
「コチにそっくりな薄幸の美少年って面構えやで。」
「冗談抜きで。」
グッと親指を立てた青年に、一応クギを刺す。
「コチと同じ灰色の髪と、ちょい薄い色の目しとる、儚げな美少年なんやて。」
「…。」
しばし思考が上手く働かなかったが、落ち着いてから俺はもう一度口を開く。
「分かりました、俺達が行きます。それでは、出発しますので…」
「待て待て待てぃ!コチも連れて行け、シロンは兄たるコチが助けるんや!」
やたら素早いスライディングで、彼は俺の足に縋り付いてきた。
「いやいや、魔物と戦うってかなり大変ですよ。俺達が助けに行きますから、お兄さんは待っていた方が…」
「行く、絶対に行くんや!行かせてくれ、頼む…この通りや。」
俺の言いかけた言葉をどんどん遮りながら、勢いよく彼は頼み込んできた。
土下座までして、必死に。
「もし…もしも、ですけど。助けにきたあなたが亡くなったりしたら、弟さんは悲しむと思いますよ。」
「死なへん。コチは死なへん。シロンを助けるまでは、死んでも死に切れんのや。」
「戦えるんですか?」
顔を上げたその目が、鋭く光った。
「コチは、今までケチくさい稼業やっとった。罠を外すんも、足音を立てずに移動するんも、ナイフの扱いも、得意中の得意や。」
その言い方からするに、盗賊稼業だろう。
そもそも弟とここまで来られたこともある。戦闘ができることは間違いない。
「そっちのねえちゃんからもよろしく言うてください、頼んます!」
「ねえ、本当に戦えるなら良いんじゃないかな。人手は多い方が助かるし…。」
この状況を見かねたモモまでもが言ってくる。
俺も彼の意志を曲げることができないと分かったので、ややため息混じりに言う。
「分かった、じゃあコチさんも一緒に行きましょう。」
「ありがとうな。それと、コチは名前やのうて一人称や。西国ではあんまし流行らんかったけどな。コチはクロン。ケチな盗賊や。よろしゅう頼んます、あんちゃん、ねえちゃん。」
コチ改めクロンが勢いよく立ち上がり、頭を下げる。
「わたしはモモ。ねえちゃんは止めて。」
「それはすんまへん、スモモちゃん。」
「スモモじゃないし!」
早速言い合いが始まり、面倒なことになったと頭を抱えた時だった。
こちらに走ってくる軽めの足音が聞こえる。
「英雄さまー!」
その足音と声の主は、礼拝堂にいた少女のものだった。
「英雄…?」
クロンが俺を振り返り、目を丸く見開いた。
「あんちゃん、英雄なんか⁉」
「ちょっと待ってくれ、俺は…」
「あの、英雄さま、えっと…!」
収集がつかない。野次馬こと村人も様子を見に集まってきて、場が混沌となっている。
英雄がここにいるのか?
何のためにここに?
誰が英雄だ…?
人々の話し声が俺達を覆い、俺の声はかき消されてしまう。俺が何とかしなくては、俺が英雄を演じると決めたのだから…。
「いい加減に…しなさあぁいっ!」
鶴の一声。
モモの見た目に合わない大声に、その場が一気に静まり返った。
肩で息をしているモモの代わりに、俺は震える口で喋り始める。
「えっと、俺は…英雄として、魔王を倒そうと思っている者です。この村に来たのは、初代のように祈りを捧げたかったからで…。」
英雄だと嘘を吐く度に罪悪感がのしかかる。何せ俺は偽物なのだ。
周囲の沈黙が痛い。まるで俺が嘘を言っているとバレているかのようで。
喉が苦しく、息詰まるような感覚が襲ってくる。隣のモモも、唇を噛みしめていた。
「…この村の話を聞いて、放って置けないと感じました。俺にも、どうか力にならせてください。」
いっそこのまま倒れてしまいたいとすら思いながら、俺は頭を下げる。
「英雄…だったんか、あんちゃん。」
「英雄さま…。」
「俺のことはともかく、そちらはどうかしたんですか?」
正直この場が辛かったのもあり、俺は少女の方に話を振る。
「わ、わたくし…英雄さまのお力になりたくて。同行させていただきたくて…。」
予想外の彼女の言葉に、俺は一瞬どうするべきかと視線を泳がせた。
その先には、不機嫌が再燃した様子のモモ。
「…これから向かうのは、あなたの言っていたメデューサの洞窟です。無理をする必要はありませんよ。」
断じて、モモの視線に焦ったとかいうわけではない。
そういうわけではない、うん。
「わたくしは『司祭』です、ですから…!」
「何言うとるんや、コチが先に言うたんやで。おじょーさんは家に戻っといた方がええんちゃうか?」
「いいえ、戻りません!」
二人は互いに一歩も引かず、言い合いが勃発寸前になったので、急いで割って入る。
「分かりました、ではこの四人で行きましょう!」
「はい!」
「了解や!」
そう言った途端に息ぴったりな二人。
頭痛が悪化したような気がする。多分気のせいだと思う…いや、思いたい。
モモはまだ不満があるといった顔だが、特に文句を言ってはこなかった。
「そ…そういえば、まだ名前を聞いていませんでしたね。」
「わたくしはミドリ。大いなる神に仕える司祭ですわ。」
空気を変えるべく発せられた俺の問いに、少女は悪意の欠片もない満面の笑みで答えた。