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英雄を名乗るということ

結局、モモを預けることができずに進む羽目になり、俺達は一週間ほどかけて北へ進み、『シキの村』へとたどり着いた。この頃には、段々と経験を積んだおかげでゴブリン以外も倒せるようになってきた。

 モモは村に着くなり、井戸からの水汲みだけ俺に頼んで店を探しに走り出す。

 ここまでの道中で、カーラの町で補充した様々な食材を使いきっていたからだ。

 何しろ戦いの後は空腹になる。生存本能というやつだろうか。

 それに生ものは腐るのが早いから、買った食材はさっさと加工しなければならない。

 さて、俺達が何故この村を訪ねたかというと、大きな『教会』…通称『大教会』があるからだ。

 そもそも教会は、光を司る偉大な神を祀っている場所だ。俺は司祭ではないから、神の名前は知らない。

 しかし、神が司祭に託した力は、人々の傷を癒したり、病を治したりする魔法だということは故郷の資料で知っている。

 もっとも、厚い信仰心がある者でなければ司祭にはなれないし、それでいて司祭の力も絶対的ではないが…それでも、神という巨大な存在の加護を求める者は、教会で奇跡を願う。

 そんな教会の総本山が大教会。この村は恐らくこの大陸で一番信仰の厚い村だろう。

 大陸一ということは、俺達からしたら世界一とほぼ同一の単語だった。

 かの英雄も大教会で祈りを捧げたとされている。

 故郷の数少ない資料には他にも、英雄が大教会の大司教…要するに教会のトップから、神聖な力を譲り受けたともあった。俺もその力を得られるとまで自惚れてはいないが、その伝説にはあやかりたい。

 レンガ造りの巨大な建造物の上に飾られた、教義に基づいたシンボルである十字架を眺めていると、やけに視線を感じる。

 振り返ると、この村の人々が俺を興味津々といった面持ちで見つめていた。

「あの…俺の顔に何か?」

「あなたが英雄さま?どうか、魔王を倒してください…。」

どうやら、カーラの町での一件はかなり知れ渡っているようだ。

 魔王と英雄の復活なんて知らせがあれば、そりゃ大陸全土に広めるか。

「ええ、そのつもりです。」

俺がそう簡潔に答えを返したのとほぼ同じタイミングで、モモが戻ってくる。

「本当に良かったのか、俺のやることが水汲みだけで。」

「だって、わたしの方が食材の目利きは確かでしょ?」

事実だから言い返せない。

「それより、大教会に来たかったんでしょ?入らないの?」

「いや、緊張してな…。」

英雄を凡人が名乗ってることを、見抜かれそうで。

「きっと大丈夫。やましい気持ちで英雄を名乗ってるんじゃないんだから。」

モモが微笑んで言ったその言葉に、勇気づけられる。

 俺は村の人達に軽く会釈をしてから、大教会の重い両扉を開けた。


清潔感のある真っ白な壁。魔王と英雄の伝説を描いたと思しきタペストリーの一つ一つが、厳かな雰囲気をたたえている。

 礼拝堂の奥の壁にはステンドグラスがあり、差し込む日の光を七色に彩っていた。

 そのステンドグラスに向けて縦二列に整列したダークウッドのベンチ、右列一番前の席に、人影。

 首を垂れ、一心に何かを祈っている様子だ。

 気になって近づくと、祈りを捧げているのは栗色の髪を低い位置でくくった、モモと同い年ぐらいの少女だった。

 俺達の気配に気づいたのか、はっとした表情でこっちを振り返る。

 翡翠色の目が輝いて、静かな存在感を示していた。

「す、すみません…。礼拝にいらした方ですか?」

少し俯きがちに問われて、祈りの邪魔になってしまったかと俺は焦る。

「こちらこそ、邪魔をしてしまったようで…後にします。」

俺が慌てて立ち去ろうとするのを押しとどめるように、呼びかけが重なった。

「あなたが…英雄さまですか?」

「えっと、まあ…そんなものです。」

俺が曖昧な返答をするのも気にせず、少女は俺に近寄ってくると頭を下げる。

「英雄さま、どうかお願いを聞いてはいただけませんか?」

翡翠色の瞳を悲しげに潤ませ、俺を見上げながら彼女は語り始めた。

「この村の近くに洞窟があるのですが、そこに魔物が現れるようになったのです。洞窟の入り口に出てきたところを目撃した狩人の話によると、髪が蛇でできている女性の姿のようだった、と…。」

初めて聞く特徴だ。俺の読んだ資料には、そんな魔物は載っていなかった。

「恐らくメデューサと呼ばれる魔物でしょう。狩人は、運よく目を合わせる前に逃げることができたのですが、もし目を合わせてしまい、その視線から放たれる魔力に耐えられなかった者は、石と化してしまうそうです。退治しようとした村の者達が何人も…砕かれた石となって、洞窟の前に転がっていました。」

隣でモモが息を飲む。止めろとでも言いたいのだろう、俺の腕を引っ張った。

「それで…討伐してほしいと。」

「はい。英雄さま、どうかお願いします…!」

本来なら、そんな無謀な真似はよすべきだろう。

 だが、命が奪われているのを見過ごせなかった。

「…分かった。」

俺は自然と引き受けていた。

 英雄は、人を助けるものだ。

 仮にもそう名乗ってしまった以上、誰かを見捨てることはできないのだから。

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