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予幕 夕刻の鬼



十六夜(いざよい)!!どこだ十六夜!!』


すぐ近くでよく知る声がした。返事をしようと口を開こうとするが、固く閉ざされた口は開こうとしない。


・・・・・・鬼艶美(きえんび)・・・・・・どこ?


うっすらと開かれた瞳が映したのは暗闇の中に光る一筋の赤い光。


あれから、どれぐらいの時間が経ったのだろうか。


酷く長い時間が過ぎた気がした。微かに揺れた空気に自然と顔が綻ぶ。


『十・・・・・・六・・・・・・十六夜!!目を開けろ十六夜!!』


熱い・・・・・・身体が焼けるように熱くて・・・・・・痛い。あぁ、自分は今、燃える炎の中にいるのだと少女は悟った。


『あっ・・・・・・っ・・・・・・い・・・・・・たぃ』


微かに開かれた口から出た言葉は言葉と言うには程遠く、断片的なものにしかならない。


『くそ!!・・・・・・なぜ俺達がこんな目に遭わなければならない!?俺達が何をした・・・・・・俺達は静かに暮らせれば何も望まなかったのに・・・・・・なのに・・・・・・なのに・・・・・あいつらは!!』


冷たい何かが頬にあたるのが分かった。


・・・・・・涙?


とどまることなく落ちてくるそれに少女は腕を伸ばす。


『十六夜?』


消え入りそうなほど悲しい声がした。微かに震えている声にどうしようもなく愛しさがこみ上げてくる。今すぐにでも彼を包んであげたかった。彼が不安にならないように、彼が消えてしまわぬように繋ぎ止めておきたかった。だが、身体は主を嘲笑(あざわら)うかのように思い通りに動いてはくれない。この自分を包んでくれている暖かい存在が悲しんでいる。そして、悲しんでいる理由が自分にあるのだとも少女は分かっていた。また自分は何も出来ないのか・・・・・・自分は彼を苦しめるだけの存在なのか・・・・・・。


『・・・・・・十六夜』


懸命に目を凝らすが視界が揺れていて何も見えない。そんな少女の頬を一滴の涙が伝う。


『泣くな・・・・・・十六夜』


優しい手が少女の涙を救う。彼が直ぐ側にいるのを感じる。彼も心から自分を求めてくれている・・・・・・そして、そんな彼の頬も涙で濡れていた。


・・・・・・誰も悪くない・・・・・・人も・・・・・・鬼も・・・・・・世界も・・・・・・だから恨まないでほしい・・・・・・人を・・・・・鬼を・・・・・・世界を・・・・・・自分を。


こうなる事は必然だったのだ。だから貴方が悲しむ事なんてない。そう言おうとしたが口は閉ざされたまま開こうとしない。


『・・・・・・・っ・・・・・・ぃ・・・・・・』


それでも伝えなければならないことがあった。


『十六夜・・・・・・もう何も言うな、もうお前を離しはしない』


そんな彼の言葉に止まっていた涙が再び頬を伝う。だが少女は知っていた。自分に“後”など無いということを。


揺れる視界は赤く染まっていた。あと少し・・・あと少しだけ時間がほしい。彼にこの想いを伝える時間がほしい。出会えて幸せだった。二人で過ごす時間が何よりも大切だった。もう傍にはいられない自分を許してほしい。これから生きていく長い時間を一人にしてしまうことを許してほしい。そう伝えたいのに乾いた口は開くことをしらない。今まで気力で上げていた少女の腕が静かに胸の上へと落ちていく。どれほど彼を求めただろう。どれほど彼を欲しただろう。


どうして・・・・・・どうして私たちは・・・・・・。


彼との幾重にも重なった想いが、記憶の断片となって少女の心を犯す。苦しみ。憎しみ。寂しさ。だけど、最後に残る想いはいつも同じだった。ただ彼が愛おしかった。人と鬼。許される事などないと知っていた。それでも・・・それでも彼を求めずにはいられなかった。もしまた会うことが出来たなら、その時は・・・・・・。歪んでいた視界から少しずつ光が消えていく。


・・・・・・あぁ、彼の声が聞こえる・・・・・・彼が・・・・・・わたしを・・・・・・呼んで・・・・・・


少女の意識はそこで途切れた。



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