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【幕間】商業ギルトの忙殺②

俺はロイ。

デイライト商業ギルドの職員だ。

タネズ某とかいう奴のせいでギルドは忙殺されている。

ただでさえ忙しいってのにアセンブラの大司教がやって来やがった。幹部は皆出払っている。俺が対応するしかねえ。

「遅い。このネリスを待たせるとはこの街の商業ギルドは随分と慢心しているな。傲慢である。実に不敬だ」


「……っ、申し訳ございません」


 不快、じゃなくて不敬ときたもんだ。くそっ。偉ぶりやがって、実際偉いんだけどな。


 脂ぎったいかにも甘い汁吸ってそうな醜悪な面構え。

 ラード塗ったくったように光る禿頭。

 でっぷり太った腹で膨らんだ高貴な法衣。

 俺を威圧する取り巻きたち。


 くそっ、思ったより四面楚歌だ。

 しかも、こっちが口を開く前に先手を取られた。このキモオヤジ、最初からそのつもりだな。


「しかも、寄越したのはまた青二才ではないか。オルスフィンはこのネリスを馬鹿にしているのかね? そうは思わぬか?」


「はっ、おっしゃる通りでございます!」


「おい、貴様。木っ端職員の分際でネリス様に失礼ではないか」


「謝罪しろ!」


 ……ぐっ。このくそったれたちが……。


「……申し訳ございません」


「それしか言えないのかね? まったく。王国随一が聞いて呆れるわ。着任早々先が思いやられるなぁ?」


 着任……ってことはやっぱり大司教が直接デイライトを管理するってことか。原因はやっぱり毛皮か。厄介だな。非常に厄介だ。

 ただでさえこの街はアセンブラの権勢が強い。その上で各ギルドがうまく連携して絶妙な均衡を保っていたのに……。冒険者ギルドは最近欲深になってきてはいたが。


「はっ、しかしいくらか無能な方がネリス様の御威光も伝わりやすいのでは?」


「はっは。なるほど。こやつらは脳みそが空っぽだからな」


「「「はははははははは」」」


「ははは……」


 楽しそうにしやがって。はらわたが煮えくり返る。もう四千回は心の中でぶっ殺したぜ。


「これだけ迷惑かけた上に、応対もどこぞの青二才。まったく。これは詫びを入れてもらわんとな。おい、生え抜きのエリートギルドっ娘を今夜伽によこせ。それで手打ちにしてやろう」


 言い方がキモイ。なんだギルド娘って。訳わかんねぇ。

 返答は当然、


「……それはご勘弁を」


「貴様! ネリス様の御好意を無駄にするとは何様だ!」


「私にもエリート事務っ娘をあてがえ!」


 頭がくらくらしてきた。教会の連中の変な言い回しもそうだし、何しに来たのか分からん。いや、この時期に来たんだ。どうせあれの事だろうが。なぜ本題に入らないのか分からない。


「まぁ、待て。お前たち。そうだな、それなら今王国を席巻しているフレイムベアの毛皮を納めることで許してやろう」


「おお、さすがネリス様! 寛大な処置でございます!」


 ……は?

 この文脈でそう繋げるのか?


 いや、こいつらの考えの裏を読むことは諦めよう。別人種過ぎる。


「その件につきましては……」


「複数枚手に入っているのだろう? 当然のことだが教会に寄進せよ」


 なっ!


「……お、お答えしかねます」


 否定の言葉をひり出すのが精いっぱいだった。くそが。


 こいつらどこでその情報を知った。くそ、内通者がいたか。ギルマスに言いたいがあまりにも遅い。


「答えかねる? 何を言っているのかね君は。複数枚あるのだろう? 王陛下には寄贈するとして我が教会にも渡すのが当然だろう」


 ニヤニヤの脂顔。


 こいつ、内面の強欲が隠れなくなってきたな。我が教会とか、お前の教会じゃねぇっての。


 だめだ、否定しようにもこの様子じゃ確信している。くそ。胃に穴が開きそうだ。


「……お答えしかねます」


「……はぁー、使えんな。貴様、もちろんアセンブラ教よな? 我の権限で教会の背教者にしても良いのだぞ?」


 ふざけんな。


「そ、それはどうかご勘弁を!」


 ふざけんな。そんなことされたら生きていけねぇ。いくら懐の深い商業ギルドでも背教者を飼うことは不可能だ。

 この街の住人は漏れなくアセンブラ教だし、一種の身分証明でもある。背教者認定されたら、そんなやつ怖がって誰も何もしてくれなくなる。

 本来あらゆることから自由なはずの冒険者だって、ポーション握られているからな。手に負えない。


「なら分かるだろう? 渡したまえ、毛皮を。ついでに提供者の名前を添えてな」


「ぐっ」


 ちゃっかり要求を上乗せしてきやがった。


 くそが。くそ。こいつらクソ以下のクソ蟲だ。完全に敗北だ。俺の敗北ならまだいい。しかしそれは商業ギルドの敗北にも繋がる。

 

 ……いっそ、こいつぶん殴って堂々と辞めてやるか?


 その後、狂人の振りでもすれば俺だけの責任になるんじゃないか?


 よし、そうしよう。ギルドの敗北は避けなきゃいけない。ここまで育ててくれた恩もある。


 このハゲ煮込みクソ野郎め。どうせなら派手にいくぜ。


「このハゲ調子に「おっとロイ、邪魔するよ」ふ、副マス!」


 俺が食って掛かろうとした時、ばたんと扉が開け放たれ、副マスが入ってきた。


「ど、どうして……貴女は残務処理で謹慎しているはずじゃ」


 副マスは事実上の謹慎をギルマスに言いつけられ、業務に携わることを禁じられていた。


「残務処理は先程終わったよ。どうやらロイにはまだ屠殺作業はまだ難しいみたいだからね」 


 アルフィン副ギルドマスターは皮肉っぽく口の端を吊り上げる。


「あー、なんだね。君は? またなまっちょろい職員が来たものだ、それに屠殺? 聞き間違いかな?」


 ご立派なハゲ煮込みハゲは威厳を保とうとしているが、頬がぴくぴく痙攣している。効いてる効いてる。


「さてどうでしょうねぇ。おや、大司教、頬に蠅が止まっていますよ。失礼」


 そういうと、副マスはつかつかと大司教に近付く。普通は取り巻きがこういうの阻止しなきゃいけないと思うんだが、あまりに大胆な行動だったため、やつら呆気にとられている。


「ふむ」


 副マスは心底馬鹿に仕切った笑顔でハゲ大司教の頬を二回ほどやさしく、ぴしゃり、ぴしゃりと叩いた。


 これ以上ないほどの挑発だ。


 やべえ。


「なっ」


 大司教は突然のことに呆然としていたがだんだんと事態を飲み込み、顔が怒りで震える。


「申し訳ありません、蠅はどこかに飛んで行ってしまいました。別の糞だまりにでも行ったのでしょう」


「貴様あああああああああ!」


 バシン! と手の甲で副マスを殴る。彼女はよろよろと後退して、鼻を抑えた。血が出ている。


「このネリスに何たる無礼! 絶対に許さん! 背教者にしてやる! その上で街中引きずり回してくれるわ!」


「ぐっ」


 豚みたいには鼻息荒くして、持っていた杖で副マスを数度殴る。


 俺は頭に血が上って行くのを感じた。てめえらがどうこうして人じゃねぇんだ。この人は。


「そこまでですよ。大司教様」


 飛び出そうとしていた俺の肩を誰かが抑える。


「あ、アーヴィング殿……」


 迷宮都市デイライトの治安を守る守備隊、その隊長がいた。そう言えば、喧騒の中で守備隊長が来たって声があった気がする。


「ロイ君、これはアルフィン殿の芝居ですよ。そのままで」


 ゆっくり深い声で言うと彼はうずくまるアルフィンにハンカチを差し出す。


「ネリス様、いくら貴方が大司教と言えど、デイライトに無くてはならない商業ギルドの、それも副ギルドマスターに暴行を加えるところを黙って見過ごすわけには参りませんよ」


「……フン」


 大司教は面白くなさそうに鼻で笑った。強がってはいるがこのハゲも法律を真正面から堂々と破る訳にはいかないのだろう。


「不愉快だ。この事は教会内でも周知する」


「承知致しました」


「……行くぞ」


「はっ」


 ハゲネリスはそう言うと、商業ギルドを後にした。


「副マス、大丈夫ですか?」


「大丈夫だよ。義父さんの鉄拳に比べたら何も響いてこない。それよりあのクソ豚に触られたことの方が不快だ。あー、やだやだ」


 全くこの人は……、やっぱり敵わないぜ。


「アルフィン殿、あまり無茶をされますな」


 守備隊長が心配そうに声をかける。


「ふっ、後輩が情けなくもおろおろしていたものでね。思わず助けてしまったよ」


「副マス……すみません」


 まったく情けない。最後の最後まで助けられていたんじゃ世話ないぜ。


「アーヴィング殿はどうしてこちらに?」


「殿はいらないよロイ君。なに、アルフィン殿の引き継ぎ業務の一環さ。他の都市じゃギルドの幹部の辞任に僕たちが関与することは無いけど、デイライトはちょっと特殊だからね。こうやって細かいことでも連携しておくんだよ」


「そういうことさ。タイミングがよかったよ」


 なるほど、デイライトは確かに特殊だ。


 腹にアセンブラという猛毒と迷宮という劇薬を抱え、周りを生存率皆無の絶死の森に囲まれている。魔獣、魔物の多さも段違いだ。


 一見生意気そうな副マスも、裏では俺たちの知らないところでちゃんと関係各所と連携とって、この街を守っていたんだな……。


「副マス……ありがとうございます」


「その副マスって言い方最後まで治らなかったね……まあいいよ。

 ロイ、これからは君たちの力が必要になる。どうあがいてもね。この街は今後、何らかの力の渦に巻き込まれるはずだ。目の前で起きていること、その裏をよく見定めて行動するんだよ」


 しんみりと副マスが言った。重い言葉だ。この人超級のやらかししたからな。


「副マスはどうするんですか?」


「どーせあのハゲオークはボクの責任を追及してくるだろうから、堂々と辞任するよ。これであの恥ずべき失敗もいくらか役に立ったね」


 そうか……そこまで考えていたのか。


「さて、ボクはこれで失礼するよ。部屋でゆっくりお菓子でも食べてようかな。アーヴィングさん、ではそういうことなので」


「了解ですよ。アルフィン殿」


 そう言って二人は部屋から出ていった。


 俺はいつの間にか握りしめていた拳から力を抜く。


「……俺もまだまだだ。頑張らないとな」


 迷宮都市デイライトは人々の思惑も迷宮のように入り乱れる欲望の渦だ。そんなところで俺がいくら足掻いたって何も変りゃしない。それでも、やらなきゃいけない。


「権力とか組織とかぶっ飛ばせる力が俺にもあればな……っと」


 慌てて辺りを見渡し誰もいないことを確認する。


 泣き言言うなって新人を怒鳴りつけてたのに、これじゃ立場がねえぜ。


 固まった身体をほぐしながら、再び商業ギルドの忙殺を処理するべく戻ることにした。

いつも読んで下さりありがとうございます。

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