一週間繁殖生活
手料理(生肉)を出されたよ。仕方ないから自分で料理しました。
「まずこの毒々しさを何とかしないとな」
目の前のフレイムベアの生肉。あまりに食材からかけ離れている。紫、黒、赤、緑、光のよって色味が少し変わる。地獄のステンドグラスかな? まさか肉をそんなふうに形容する時が来るとは思わなかったよ。
「ねえ、別にこのまま食べられるわよ。毒なんてないわよ」
僕を後ろから抱きしめ肩に顎を乗せ口を尖らせる。やってることは二年目カップルが自宅でいちゃついてるようなことなんだけどね。いや幸せだけどね。
「無いとしても流石に抵抗あるよ…… あっ」
そうだ、忘れてた。固有スキル『浄化』があるじゃないか。早速試してみよう。とりあえず唱えてみればいけるかな?
「浄化」
「わっ、すごい」
変化は一目瞭然だった。おどろおどろしい 生肉が光に包まれたかと思うと、表面がどんどんピンクになってあっという間に色味の良い新鮮なお肉になった。ていうかやっぱり毒あったんじゃない?
「……」
無言で目を逸らさないでよ。過ちを認めるのです。
「そ、それで次はどうするの?」
あからさまベステルタ。
まあ僕は心が広いから何も言わないけどね。ついでに守備範囲も広いけど。フヒ。
「なんか気持ち悪いのだけれど」
「気のせいだよ」
近距離ジト目は素晴らしいものだな……。しかも双子山関が背中にあたる。最高だ。
「ふんふん、発情の臭いがするわね。ここでするの?」
マジで? そんなの立ち込めてるの? 僕万年発情室外機になる自信あるよ。意味は分からないけど。
「いや、後でね。何か食べないと流石にきつい」
「はーい。もぐもぐ」
な、なんで僕の耳をはぐはぐと当たり前のように噛むんですか。愛情表現ですか。角が当たらないようにしてくれるところがまたいじらしいのですが。くっ、集中できない。でも頑張る。
「ベステルタ、何か鋭いもの持ってないかな「わたしの爪なら」そうじゃなくてね」
しゃっ、と突然鋭い爪を僕のすぐそばで伸ばす。ウルヴァ○ンじゃないんだから。あと心臓に悪いよ。
「あっ、しばらく前に生え変わった爪ならあるわよ」
そう言ってベッドの隅をごそごそして、おもむろに異常に鋭い刃物を僕に手渡してきた。あぶなっ。ストン、と地面に突き刺さる。亜人は全身凶器かよ。
「あ、ありがとう。これで肉の筋を切ろうか」
「ふぅん、そんなことしないで噛み千切ればいいのに」
僕の咬筋力は人並みなんだよ。こんな肉の宮みたいな肉塊を直接いけるなんて思わないでくれ。
落ちているベステルタソード(命名僕)をおそるおそる手にとって肉の筋を切っていく。抵抗がない。バターを切っているみたいだ。これで力見せるときは拳使うっていうんだからヤバいよな。
そのあと塩を所望したけど当然のごとく無い。しょっぱい白い粒が欲しいと言ったら何か心当たりがありそうだったので、期待したい。
味付けはコス茶の葉っぱのみだ。コス茶はローリエのような香りがしたのでおそらく臭みとりにつかえるはず。
焼くときに役立ったのが『生活魔法』だ。さっきさらっと流されたからちゃんと使い方訊いたよ。
使い方は簡単で心の中で念じるだけだ。
拍子抜けするほどあっけなく手の上に火が灯って「これで魔法使いだ!」とはしゃいでしまったのを、ベステルタが生暖かい目で見ていたのが忘れられない。生活魔法あるあるなんだろうな。
いやあ、正直、固有スキルにすっかり注目していたけど、これはかなり便利だ。要はかなり低出力の魔法だ。戦闘には使えないだろうが、文字通り生活に使うにはすこぶる使い勝手がよい。種火を出したり流水で洗ったり温風で乾かしたり。これを覚えたメイドとか引く手あまたそうだもんな。
そんなこんなでどうにかステーキを作っていく。
フライパンなんか当然ないので、ベステルタに岩山から適当な岩をプレート状に切り出してもらい、その上で焼いていく。岩で焼くと遠赤外線がうんたらかんたらで美味しくやけると聞いたことがあるから大丈夫だろう。ちなみにベステルタ、というか亜人は魔法を使えるようだが料理に活かすということはしていないらしい。頼むから活かしてくれ。
そんなわけでフレイムベアのステーキだ。
「へー、これが異世界の料理かぁ」
「異世界っていうか、まあ料理だね」
どうしよう、僕としては料理と呼ぶのもおこがましいのだが。調理だよな。塩もないし。少し手を加えたステーキだ。いや、塩コショウもないし、ステーキとも言えない。ただの肉焼きだ。
「じゃあ半分ずつ食べようか」
「ええ、 そうしましょう」
二つに分けられた肉にかぶりつく。
旨味。肉汁。爆発。
震えた。なにこれ。えっ、えっ。
「ケイ……これ……すごく美味しいわ」
ベステルタが目を白黒させて驚いている。
その気持ちは分かる。
なんだこれ神の食べ物か。もう一口。
「ぐっ!」
瞬間、旨味、重ねて。
あまりにも旨すぎる。
語彙力が無くて申し訳無いが、なんだろう、噛んだ瞬間にとにかく旨味が溢れ出すんだよ。どこに隠れてたのか分からない肉汁と一緒に。あと熱量がすごい。食べる度にこう、エネルギーが体内に蓄積されていくような感じだ。
「ケイ……我慢できないわ」
はあはあ、と耳元で甘い吐息。
うん、これは僕も耐えられそうにない。フレイムベアの肉はえげつない精力剤だ。
僕たちはフラフラと熱に浮かされたように抱き合い、ベッドにもつれ込んだ。かなり情熱的だった。なんというか、今までは作業っぽかったんだけど(それもいいんだけどね)今回のは本気というか。なんか気合いの入り方と甘え方が違った。えがった。
さらに数時間後。
う、ここはどこだ……? 暗い。僕の部屋? いや違う。洞窟だ。なんで洞窟に……。
「起きた?」
「うおっ」
そこには金色の虹彩でじっと僕を見つめる亜人がいた。いや、もうパートナーだな。さすがにあんなことしたら覚悟してしまう。最中にベステルタの色んな感情が魔力パスを通して伝わってきた。愛情、苦悩、痛み、罪悪感、悔しさ、いろいろ。その一つ一つを受け止めて吐き出した。
ベステルタは……亜人は、もう少し幸せになっていいはずだ。
「ふふ、今回は激しかったわね」
ベステルタの額には玉のような汗が浮かんでいる。それを指でぬぐう。
「お気にめしたのなら何よりだよ」
「わたし、繁殖って作業だと思っていたけど違うのね」
僕の頭を優しく抱え込んで密着し合う。
「この調子でがんがんやっていくわよ」
その発言の通り、それからほぼ一週間。僕たちは日がな一日、子孫繁栄の準備をしまくった。
朝起きて繁殖。僕がまだ寝ているところを何とは言わないが貪られて起こされる。そのあと据え膳杭打ちスタイルで起床。
動かない身体をベステルタに抱えられ朝食。フレイムベアのコス茶葉焼き。はやくちゃんとしたステーキを作りたい。
試しに浄化してない肉焼きとしたやつを作ってみたが、一目瞭然だった。ていうか浄化をしてないやつはまず燃えなかった。フレイムベアっていうくらいだもん。こんな低火力じゃ焼けないよ。でも浄化したやつは焼けるんだから不思議だ。もしかして、溜まってる魔力とかを無効化するのかな? うーん、まだまだ実験した方がよさそうだ。
あと、変に温めたからか、妙な臭いが立ち込めて辛かった。ベステルタに非難の目で見られてしまったよ。
そして精力充電。第二ラウンド開始。今度は犬の散歩スタイル。でもまだ主導権を握れない。あえなく杭打ちに移行。
お昼過ぎまで仕事に励んだ後、昼食。再びコス茶葉焼き。夢中になって平らげた後、すぐさまベステルタに襲われる。そのまま夜まで繁殖繁殖。
恐ろしいことに、その間ほとんど萎えなかった。大丈夫かなこれ。ずっと萎えないと血が巡りすぎて腐るんじゃなかったっけ。そうは言っても仕方ない。とりあえずやることをやり続けた。
昼から夜まで身体が動かなくなるまで動いた後、ピクリともしない僕を心配したベステルタがフレイムベアの心臓を食べるように言った。なんでも元気がないときはこれを食べるのが一番だと。亜人が元気ない時に食べるやつってそれって劇物なんじゃない? 人間が食べていいやつなんだろうか。
しかし身体は栄養を欲している。のろのろと火をおこし(その間もベステルタは僕を後ろから抱きすくめて料理風景を見ている)震えながらなんとか晩御飯にフレイムベアの心臓焼きをこしらえた。
食べた。
ドクン。
「!?」
あっ、やっぱこれ劇物だ。
僕の心臓が跳ねたあと、記憶が飛んだ。そのあと瞳孔が開ききった金色の瞳を目にして……覚えてない。
次の瞬間には、僕はベステルタの上に横たわっていた。彼女はその大きな身体を汗まみれにして、肩で大きく息をしながらベッドに突っ伏している。
「ま、まさか人間には組伏せられるなんて……」
足を不格好に広げたベステルタはうわ言のように呟いた。紫の毛がじっとり濡れていて、角も上下している。
僕はその両角を後ろからがっしりと掴んだ。
「あっ」
「責任とってよね」
はは、立場が逆になった。
怯えの色。そのまま犬の散歩。朝まで散歩した。
それがあってから夜のお勤めはしばらくなくなった。あとフレイムベアの心臓が出てくることも無かった。
長かったので分割しました。
いつもありがとうございます。