†一章†2
後日、俺とツキは、深夜徘徊をしていた。
戦うために、そして誰かを救う為に、まずは誰かに会う必要がある。
召喚者に会うまで、俺たちは街を歩き続けるのだ。
俺は高校への通学路を歩いていた。
暗いコンクリートの道を、電柱の電灯と月明かりが照らしている。
すると、正面から眼鏡を掛けた冴えない野郎と、赤髪ポニーテールの少女が歩いてくるのが見えた。
俺達はただ黙々と歩く。
そうして、冴えない眼鏡野郎と俺は、すれ違った。
瞬間。お互い振り向く。
「お前――」
「君――」
「「召喚者だな!!!!????」」
―††Summoned Beast Battle Royal††ー
Battle Start…………
初陣が、始まる。
「レッダー、行くよ!」
眼鏡野郎が懐からゲームのコントローラーを取り出した。
「ああ、気張れよ!」
「【ファイヤーデストラクション】!」
炎が、レッダーと呼ばれた赤髪ポニーテールの少女の手から燃え上がった。その炎は、平べったい絵のようだ。そう、2dゲームの画面の中にあるような、炎だ。
炎を操る能力。
「それがてめえの、《サモンアビリティ》か…………」
「ああ、そうだよ。これがぼく達の力だ」
俺も召喚者だから「感覚」で解っていたことだが、召喚獣には一つ《サモンアビリティ》という能力がある。召喚獣によって様々な超常の「力」を発揮する常外の法則だ。
実は、ツキはまだ《サモンアビリティ》に覚醒していない。
もうすぐで、覚醒する気配はあるのだが……。
「わわっ、どうするのどうするのご主人様!」
「大丈夫だ。ぜってえ勝つ」
「行って。レッダー!」
「そらあ!」
レッダーが掌を翳すと、平べったい絵の炎が俺を襲う。
避けようと走っても、眼鏡野郎がコントローラーを操作すると炎は軌道を変え、追ってくる。
あのコントローラーで、炎を操ってやがるのか。
ゲームの如く炎を操る能力、正確には、それがあいつらの《サモンアビリティ》なんだ。
だが!
こうやって引き付けて!
目の前に2dの炎が迫った瞬間。
「危ないご主人様!!」
「ギリギリで、避ける!」
これで、避けられるはずだった。事実、2dの炎は俺の横を通り過ぎていこうとした。
だがしかし! 炎の面積が急激に増大した。
2dゲームの炎から、3dゲームの炎に変わったように!!!!
「ぐがぁああああああああああああああああ!!!??? 熱い! 焼ける!」
「ご主人様ああああああああ!!!???」
俺は炎に纏わりつかれ、熱くてのたうち回った。
ツキが俺の体をバンバン叩いて窒息消火法を実践した。それでも消化しきれず、ツキは俺の全身を背中の翼で包んで圧迫し、消化した。
「た、助かった……」
「よ、よかった~;;」
安心してる場合じゃねえ。なんとか勝たねえと。
「わたしが飛んで、ご主人様を運ぶよ。それなら炎を回避できると思うんだ」
「ああ、頼む」
ツキが俺の背後から抱きつき、純白の翼を翻し、上昇していく。
これなら、炎は届かないかと思われた。
「甘いよ!」
しかし2dに戻された炎は、奴がコントローラーで操作すると、どこまでも追ってくる。
「わわわっ。ご主人様~!><」
飛行は大したアドバンテージにならなかった。
ツキはバランスを崩したり整えたりしながら、追い縋る炎を避けていく。
だが避け切れずに、俺達は炎に炙られていった。
「クソッあちい……」
どうにかしねえと。だが、どうするか。
…………一つしか、ないだろう。
「さあさあ、君の「ヘルス」がやばいよ……!」
あの眼鏡野郎、余裕ぶりやがって。
「なにが「ヘルス」だ! 「HP」か「体力ゲージ」と言え!」
「君高校生のくせに古臭いんだよ!」
だがこのままだとジリ貧だ。近い内にDEADENDを迎えるだろう。
「いいか? ぼくはレッダーと絶対に離れたくないんだ。だから「覚悟」を持ってこの場に立っている!」
奴は人を殺して生き延びるのが怖いのか、決意の宣言を始めた。
この††Summoned Beast Battle Royal††で生き残るためには、他の召喚者を、人を殺さなければならないと思っているのだろう。
もちろん、それは一つの事実だ。
だから、奴は正当な決意のもと戦っているのだろう。
「だが、そんな決意はいらねえ…………誰からも、そんな悲壮は奪い取ってやる……」
小声で俺は呟く。
「君がどんな思いで戦ってるのか知らないけど、ぼくは負けるわけにはいかないんだ!」
ぼくは暗い部屋でパソコンの前に陣取り、コントローラーをカチャカチャとやっている。
ゲームをしていても、今は空しい。
「もう、いやだな……。世界滅びないかな……」
「元気出せ! マスター!」
「げふぅうううう!!!???」
誰かに背中を、思いっきり叩かれた。
振り返ると、赤髪ポニーテールの少女。勝気な表情で、ぼくの後ろに立っていた。
この部屋にはぼく以外いないはずだった。ドアを開ける音もしなかった。どういうことだ。
「アタシはマスターの召喚獣だ。アタシがいるから安心しろ。しなけりゃ燃やす」
「君誰だよ。なんでぼくの部屋に入って来てんだよ。マスターって誰だよ」
「マスターはあんただ。引野章太郎だ。それ以外にいるか?」
「……、まあ、色々言いたいことはあるけど、今は他のことはいい、一つだけ聞かせて」
ぼくは、異常事態の異常性になど興味はなく、ただそれだけを聞きたかった。ただそれだけを求めていた。
「なんだ?」
「「アタシがいるから安心しろ」って言ったよね。それは本当? ずっとぼくのそばに居てくれるの?」
これだけを、求めている。
「当然だ!」
ぼくの召喚獣だと名乗る少女は、歯を出した気持ちのいい笑みで、またぼくの背中をバシバシ叩いた。
それからのぼくは、孤独ではなくなった。
手に入れることなど叶わないはずだった幸せを、手に入れたんだ。
絶対に失いたくない大切を、手に入れてしまったんだ。
引野は、自らの戦う理由を俺に語った。
それを俺は、黙って聴き終わった。
「ぼくには、レッダーしかいないんだ。だからぼくは、負けられないんだ!」
俺はその魂の叫びを、全て受け止めて、こう言ってやる。
「そうか。だったら、お前の望みも叶えた上で、勝ってやる!!!!!!」
ああ、今なら、ツキの《サモンアビリティ》が使える気がする。
覚醒を胎動を犇々と、感じるッッッ!!
「ツキ、行けるよなア!!」
「うん! いける! そんな気がする! いや、これは確信だよ!」
「唸れ覚醒!!! ツキの、《サモンアビリティ》!!!!!」
俺達の、力。ツキの《サモンアビリティ》が発動した。
《サモンアビリティ》【ウルトラミラクル】
その能力は、敵を設定し、定めた敵を倒すための難易度の高い条件をランダムで設定する力。
その条件さえ満たせば、"必ず勝利を得る"《サモンアビリティ》
【勝利条件:敵召喚獣の姿及び声となり、下品な下ネタを幾度となく発言せよ。その後、敵から攻撃行為をされなかった場合、勝利する】
ツキは頭を抱えた。
「なんて条件だよ!!!!????」
「お前の力だ、誇れ!!!!!!!!!」
「いやああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!::」
ツキは懊悩する。
俺の姿は、赤髪ポニーテールの少女、レッダーへと変化していた。
「その、姿は!!!!????」
引野が瞠目し驚愕する!
「レッダー……?」
「バカ! アタシはここだ!」
引野はレッダーに頭を後ろからはたかれるが、ぼけっと俺と自分のそばに居るレッダーを見比べている。
さらに混乱させるために、俺は叫ぶ。
「アタシはレッダーだ!」
今はな。
「嘘つくんじゃねえ! アタシ達の前で姿を変えといてなに言ってんだ! マスターも冷静に考えろ――!」
頭を鷲掴みにしてがくがくと自分の主人を揺らすレッダー。
「○○○○○○○○したいぜー!」
「うおおおおおいいい!!!!???」
「うわああああああああああああ、レッダーの姿で、声で、そんな言葉を吐くなああああアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
「最低だよ~……::」
ここで癇癪起こされて攻撃されたら終わりだ。だが俺は負ける気がしなかった。
「○○○○ーーーー!!!」
「ぐおおおおおおおおおおお!!! やめろおお!!!!!」
「もうあいつ攻撃しようぜ! マスター、早くコントローラーを!」
「アタシの○○○○、あんたの○○○で○○○○にして、○○○○○○で○○にしてくれぇ」
「早く!!!」
「くそっ!!!! ぼくにはっっ! できない!!! 例え下水道に流れる汚物以下の性格で犬の糞を蟲の死骸と煮詰めたような下劣な言葉を吐いたとしても、レッダーの姿をしている存在を攻撃するなんて、できない!!」
奴の攻撃はコントローラーと召喚獣で連動している。つまり主人である奴が攻撃しようと思えなければ、たとえレッダーに攻撃の意志があったとしても攻撃できないってこったッッ!!!
【条件達成:勝利確定】
【ウルトラミラクル:超動】
「フハハハハハハッハッッ!!! 俺の勝ちだァ―――――――ッッ!!!!!!!」
「敵の姿を人質に取って勝つなんて、こんなの悪役だよご主人様ー!」
俺は元の姿に戻ると、金色のオーラを纏った。
此れこそが、絶対勝利の権能。
今の俺は、無敵だ。
俺は刹那の間に引野の正面へと肉薄した。
無数のストレートパンチを、放つ!!
「ウルウルウルウルウルウルウルウルウルウルウルウルウルウルウルウルウルウルウルウルウルウルウルウルウルウルウルウルウルウルウルウルウルウルウルウルウルウル!!!!!!!!!
ウルトラァ!!!!!!!!!!!!!」
「ぶげぇえええええええええええええーーーーー!!!!!!!!???????」
最後のストレートが顔面に決まると、引野はぶっ飛んだ。
そして地に落ち倒れ伏す。
「「「悪魔だ…………」」」
「いや、天使、いや、聖人――いや、ヒーローだ」
俺はヒーローをイメージしたポーズを取って魅せる。
「そしてッッッッッ!!!!!!
俺の、ツキの、俺達の《サモンアビリティ》の真価はこの先にある!!!!!!」
難易度の高い弱点をランダムで設定し、それを満たすと、勝てる。金色のオーラを纏ってウルウルできる。その先の、真価。
「勝利の後、敵の状態を自分の思い通りにできるという能力!
つまり、"召喚獣とは別れず呪縛から解放され、今後あらゆる敵から狙われないという事象を決定付けられる"!!!!!!!!」
俺は二人を指差した。
「お前たちは今、この瞬間、"救われたッ"!!!!!」
「ぼくの、ヘルスが…………もう……ない…………。チート、か、よ………………」
引野は、笑っていた。
「ファーストステージで、負けちゃったよ……。けど、あはは……。なんて、清々しいんだ……」
泣きながら、笑っていた。
「そうか、ぼく、レッダーと別れなくていいんだ……。ははは……よか、った……」
「マスター!」
レッダーが己の主人の元へ走り寄る。
「これが俺の――HAPPY FIGHT END」
「まあ、色々と思うことはあるけれど。
やったね! ご主人様っ」
「ああ」
パァン。と、ツキとハイタッチ。
この時、莫大な達成感が俺を包んだ。
妹との約束を、初めて、明確に、形として実現することができた実感を得られたから。
†――やっぱりお兄ちゃんはヒーローだね――†
夕奈の声が、聞こえた気がした。