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†五章†4




 天高くまで、巨大な壁が迫り来るように、死を運ぶ黒が迫る。

 だがあれらに殺意はない。食欲だけがあるのだ。


 あれに呑み込まれたら、即死だろう。


「まずいよご主人様!」

 ついてきていたツキが焦りの表情を向けて来た。


 俺は急いで家に戻る。メリルも外の大軍を見ていた。


「メリル! 帰還の手段はまだか!!!」

「まだです! この魔道具を発動させるには時間がかかるんです!!! 間に合いません!!!」

「ちくしょうが!!!!!!!」


「恐らくオールグールはここで大海様方を喰らい排除するつもりです。あのような大軍、世界が滅んでから動いたことなどありませんから」


「魔道具の発動までにどれだけかかる!?」

「あと5分ほどです」

「あと5分だけ待ってくれないかな~っ!><」

「そんな寝坊助みたいな理論奴らに通用しねえ!!!!」

「どうしようどうしようっ!!」


「時間稼ぎをするんだ!!」

「だけど、あんな大軍相手にどうやって!?」

 確かに、正面から殴り掛かっても一瞬で飲み込まれてしまうだけだ。


「俺たちだけならツキが飛んで俺を運べば離脱できるが、メリルまでは運べない。流石に二人を運ぶのは無理だ。重量過多で飛び立てない」


「っ! お二人が離脱可能なら、問題ありません」

「なに?」

「私はすでに主様が残した残滓でしかないので、託すという目的を果たした今、じきに消滅します。捨ておいて構いません。大海様方は帰ることだけを考えてください」

「そんなこと急に言うな!」

「この魔道具をお持ちください。私がいなくても、もうすぐ発動しますから」


 メリルは宝石とランプを俺の手に無理矢理持たせてくる。

 俺は一瞬だけ迷った。


「ち、だけどよ。あの大軍に呑み込まれてさよならなんてのは、後味が悪すぎなんだよ」

「大海様!?」

「メリルも助けるぞ。ツキ」

「うん!」


【ウルトラミラクル】発動。

 黒いのの大群に対して、勝利条件設定。

 本来なら敵一体しか対象にできないが、あれを一つの津波を定義すれば、可能なはず。


【勝利条件:10分間表情を変えるな】


「時間のない中達成できる条件じゃねえ!」

「どうしてこんな条件に!?」


 おかしい。


【ウルトラミラクル】はその時の状況に合わせて困難な条件をランダムで設定するが、確実に不可能な条件設定はしないはずだ。


「やはりあれを敵一体と定義するのは無理があるのか!?」

 だから、【ウルトラミラクル】にバグが発生しているのか。


 どうする。どうやって切り抜ける。

 だが、俺たちに使える手段は、【ウルトラミラクル】かツキの飛行能力だけ。


 黒い津波は、もうすぐそこまで迫っている。


 時間を稼ぐ方法は。

 わからん!!!!!!!!!

「なんか出ろやああああああああああああ!!!!!」

《サモンアビリティ》を発動するときの、超常を発現するときの感覚を、全力で念じる。

【飛行能力上昇条件:アナルに15分間指を入れろ】


 なんか出た! だが。

「時間がねえっつってんだろ!!!!」


 やはり敵一体への条件以外は無理ゲーだ。


 黒い津波が、もう間もなく通過する。


「ご主人様!!!!」

「うおおおおおおお!!!!! ここで終わるかよおおおおおおおおおお!!!!!」


 俺はツキを後ろから抱きしめる。

「わああああ!? なになに!?」

「メリル! 俺の後ろにしがみ付け!」

「は、はい!」

 メリルはとりあえず行動したというように俺の後ろから抱き付いた。


「ツキ、飛べよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

「ああもう重量オーバーなのにぃぃいいいいいいい!!!!!!」


 ツキが翼を出して羽ばたく。

 空に上がっていく。

 しかし、やはり重量オーバーで僅かに飛んだだけで減速、次第に止まる。


 黒い津波は、あと数秒もなく俺たちを覆う。


「行け! ()け! ()け! もう飛ぶしかないんだ!!!!! 飛べええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」


【能力拡張】

【飛行能力強化】


【代償が伴います。よろしいですか?】


「いいに決まってんだろ!!!!!!」


 ツキの翼が、白く輝き巨大化した。


「なにこれすごい!?!? でも、これなら!」


 ツキは凄まじい速さで天高く飛翔し、黒い津波の高さを越えた。


 足元を黒い津波が通り過ぎていく。


「ぐがああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 しかし、膨大な痛みが俺を襲う。


「ご主人様!?!?」


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!!!!!!


 気が狂う。


 死ぬ。


 やばい。


 何も考えられない。


「! ゲート、開きます!」


 そんな声が聞こえると、視界が白くなり。

 また視界が変わると衝撃を感じた。

 

 思考もままならない痛みが、消えた。


「はあ……はあ……ここは?」


「戻ってきたんだよ、ご主人様」


 息を整えて周囲を見ると、そこは見知った俺の家の前だった。

 時刻は夜、街灯と月明かりが光源だ。

 そこで俺たちは、三人折り重なりながら倒れている。

 痛みで全然過程を見ていなかったが、どうやら戻って来られたようだ。


【能力拡張】はもう使いたくねえ……。

 便利なようにも思えるが、戦闘中に気が狂うほどの痛みで何も考えられなくなるのはリスクも大きすぎる。

 常人ならこの痛みを数分でも受ければ良くて精神が壊れ、悪ければ死ぬだろう。、


「あれ? メリルさん薄くなってない?」

 三人とも立ち上がったところで、ツキが言った。

 振り向けば、本当にメリルが体から粒子を立ち昇らせながら薄くなっている。透けて向こうの電信柱が見える。


「私は役目を果たしましたから、主様がいない今、私が存在できるのはここまでです」


 わかっていた。それでも助けたのだ。ここで消えるのだとしても、化け物に呑み込まれて消えるよりもずっとマシだ。  


「こんなすぐに消えてしまう私すら救ってみせた大海様になら、あとを任すことに何ら不安はございません。貴方様なら、勝てます。貴方様こそが、最後の希望」


「俺たちに全部任せろ!! 天国で主人と幸せにな!!」

「うっうっ……メリルさん、絶対に仇とるからね……」

 ツキが涙を流していた。


「ありがとうございます」


 安心しきった微笑みを最後に、メリルは消失した。


 あとに残るは、夜の静寂だけだ。


「じゃあ、オールグール狩りに行くか」

「ちょっと待ってご主人様めっちゃ消耗してるでしょ。休んでからだよ」

 歩き出そうとした俺の後ろ襟をツキが掴んだ。

「わかってらあ。それぐらいの気持ちでいるってだけだ。ジョークだジョーク」

 本当はすぐにでも寝たい。



 家に入ると、ドタドタと足音が近づく。

 玄関まで、アリスとしととねちゃんと雫が走ってきた。


「どこいってたの……!?」 

「探し回ったんですよ今度こそちょん切りますからね!」

「ししょー心配した! どこにもいくな!」


 いったいどれぐらいの時間留守にしてしまったのか、酷く心配させてしまったか。

 すまねえ、でも。


「あーねみぃー……」

「ごめん! わたしが説明するからご主人様は寝かせといて!」


 


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