謎解き部、宇宙の謎に迫るの巻
高校生になって初めての夏を迎える私は、額に汗を浮かべながら謎解き部の部室の前へとたどり着いていた。
謎解き部。それは世界中のありとあらゆる謎について議論し合い、解き明かすのを目的とした、知性溢れる部員たちが集まる場所。
……嘘です。ごめんなさい。
実のところ、部員は私と同級生の瑠璃子ちゃんの二人だけ。普段は紅茶をすすりながらお喋りをするだけの、謎解き要素の微塵もないフワフワした集まりになっている。けれど、私はその緩い雰囲気が堪らなく好きだ。
これを楽しみに普段の生活を送っていると言っても過言では無いかもしれない。
ドアを開けた私はエアコンの心地良い冷気に包まれ、思わずフゥッと息をつく。部屋を見渡せば床には赤い絨毯が敷き詰められていて、壁には大きな絵画が一面に飾られている。まるでお屋敷の一室みたいになっているのは、同級生の瑠璃子ちゃんが私物をどんどん持ち込んできたためだ。
窓際に目を移すと、黒く艶のある長髪を持つ人物が外を眺めていた。
「瑠璃子ちゃん、外に何かあるの?」
私は瑠璃子ちゃんの隣まで行ってその表情を伺ってみた。どうやら彼女の視線は、巨大な入道雲の浮かんだ空に向けられているようだ。その端正な顔立ちはいつ見ても惚れ惚れする。とても同じ高校一年生とは思えない。
「空の向こうには、何があるのかしら?」
唐突に言った彼女の表情はどこか憂いを帯びている。何か悩み事でもあるのだろうか。
「宇宙があるんじゃないかな?」
私は一応、真面目に答えてみた。
「宇宙?」
瑠璃子ちゃんはキョトンとしたような、まるで「宇宙」という言葉を初めて聞いたかのような表情で私を見つめる。そしてこう続けた。
「宇宙って、結局は何なのかしら?」
本当にどうしたのだろうか。いつもは誰をも虜にする優しい微笑みを浮かべている彼女が、今はとても真剣な目しをしている。
それはそうと宇宙は何なのか、なんて事を聞かれても困ってしまう。私は天文学者でも哲学者でもないのだ。私が答えあぐねていると、瑠璃子ちゃんの顔がパッと明るくなった。
「ねえ日向さん、今日は宇宙の謎について調べてみませんか?」
釣られて私も笑顔になる。
「謎について語るなんて、まるで謎解き部みたいだね」
「あら、違ったかしら?」
イスに座った私たちは各々、スマホで宇宙の情報を調べ始めた。
「宇宙の広さを調べてみたんだけどさ、観測可能な範囲に限っても直径930億光年もあるらしいよ」
自分で言ってみたものの、広大すぎてよく分からない単位だ。
「うぅん、億光年とか言われてもよく分からないわ」
私と向かい合って座る瑠璃子ちゃんは一度、紅茶の入ったティーカップに口を付けた。
「光年じゃなくてオチンチン何個分かで例えて下さらないかしら」
部室の中を覆う静寂を、蝉の叫びが満たしていく。
始まった……! 瑠璃子ちゃんの下ネタ言わないと死ぬ病が始まりよった……!
このように彼女は麗しのお嬢様キャラなのに、突発的な下ネタを発することがある。本人曰く発作のようなものらしい。
「っていうか、オチンチンの長さって言っても人それぞれだし」
「では私のお兄様のブツの長さで行きましょう」
「ブツとか言わないで……! あと私、瑠璃子ちゃんのお兄さんの……アレの大きさ知らないし」
「あら失礼致しました。お兄様のチン長は149874μmです」
「どうしてミクロの単位で把握しているの……?」
駄目だ。一刻も早くこの話題から離れなければ議題をチンチンに取られてしまう。と思っていると、今度は瑠璃子ちゃんが調べた情報を教えてくれた。
「この太陽系が属する銀河系には約2000億個の星があるそうです。そしてそれと同等の銀河が宇宙には1000億個以上あるとか」
これまた気の遠くなる数字だ。銀河系だけでも文字通り天文学的な数の星があるというのに、それと同じ星団があと1000億個あるなんて……。
瑠璃子ちゃんはため息を吐いて続けた。
「宇宙って広大ね。こんなに広ければ宇宙人がいてもおかしくありませんわ。証明する方法なんて、無いのですけれど」
相槌を打ちながらも私は、それを把握しているのならば何故先ほど男性器で宇宙の広さを例えたのだろうか、と不思議に思っていた。
瑠璃子ちゃんは、私のカップにティーポットで紅茶を注ぎながら続ける。
「そう。例えば衛星のように太陽を周回する日向さんの肺があったとしても、それは誰にも証明出来ないことですわ」
「どうして私の臓器を宇宙に飛ばしたの?」
「これが俗にいうスカイハイですわ」
「絶対違うよね」
「日向さんは宇宙人がいるとしたら、どんな姿形をしていると思います?」
紅茶を注ぎ終わった瑠璃子ちゃんは、その長い髪をゆっくりとかき上げた。
「うーん、有名なのはグレイっていう宇宙人だよね」
グレイというのは世間一般に認知されている、典型的な宇宙人の一種だ。子供くらいの体型で頭部が非常に大きく、また不気味に大きな瞳を持っている。
「グレイなら私も知っていますわ。お兄様のオチンチンに瓜二つですもの」
「ねえ瑠璃子ちゃん。私お兄さんに会ったことないし顔も知らないのに、お兄さんのオチンチンに対する新鮮で明確な知識だけが蓄えられていくよ? どうしてくれるの?」
その時、18時を知らせる学校のチャイムが鳴った。外は薄っすら暗くなっている。
「日向さん、そろそろカップを洗って帰りましょう」
「そうだね。最後にお兄さんのおチンチンの輪郭が浮き彫りになったことが非常に遺憾だけど、帰ろう」
学校を出た私たちは結局喫茶店で話し込んでしまい、店を出るころにはすっかり暗くなってしまっていた。
「日向さん、空をご覧になって! 綺麗な星が見えますわ」
瑠璃子ちゃんが空を指差して言った。私も夕闇の空を眺めると、確かに白く光る星がまばらに散らばっている。
「綺麗ですわね」
「そうだね。ねえ知ってる? あそこにある星は、実はもう無いのかもしれないんだよ」
瑠璃子ちゃんは怪訝そうな顔で私を見る。
「どういう事ですの?」
「あそこに輝いてる光って、実は何千光年、何万光年も先の宇宙の星だったりするんだよ。だから地球に光が届く頃にその星は、もう爆発して無くなっているかもしれないんだって」
「不思議。でも、少し悲しいお話ね」
そう言ったあと、瑠璃子ちゃんはこう続けた。
「まるで遠距離恋愛している彼氏が、地元に帰ってきた時には結婚してたみたいな話ね」
「何そのリアルにむごい例え」
瑠璃子ちゃんは全てを包み込むような笑顔になって私を見つめた。
「でも、こんな広い宇宙の中で私は日向さんに出会えてよかったわ。月並みな言葉になってしまうけれど」
そんな事をまじまじと言われると、嬉しいのと同時に恥ずかしくなってしまう。
「も、もう、急に何言ってるの瑠璃子ちゃん、恥ずかしいじゃん」
すると瑠璃子ちゃんは歩き出そうとする私の手をギュッと握った。
「本当よ。このずうううううっと広い宇宙の中で、この時代で、この地球で、この国で、この学校で、同級生で日向さんに会えた事が私とっっっっっても嬉しいわ」
さっきまでドン引きするほどの下ネタを吐いていた女子とは思えないほど綺麗なセリフだ。
何だそれ、何だそれ、と思いながらも、私は何とも言えないフンワリと優しい気持ちに包まれていた。ああ、私は良い友達を持ったなあ。
「私も、瑠璃子ちゃんと会えて本当に嬉しいよ。これからも一緒にいてね」
私は笑顔で瑠璃子ちゃんの手を握り返した。これからも瑠璃子ちゃんは下ネタを吐き続ける事だろう。だけど、それも含めて大好きだから。これからもずっと友達でいよう。
「あっ、日向さん見て! あの星々を繋いだらチンチンみたいになると思いませんか!?」
……ずっとね。多分。
おわり
お読みいただきありがとうございました!