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朝、目が覚めると、そこには知らない女の子が……
とかそういう事は無く。
ベットから立ち上がり、かけてある制服に着替える。
支度を終え、ドアから出て、左を見る。
ドアが並んでいる隣に二つ。
ここは学園の近くにある、一軒家だ。
土地も含め、全て国の物で、任務に必要ということで与えられている。
そのため、俺一人しか使っていない。
それなりに広く、二階もある為、一人だと必然的に部屋が余ってしまう。
もちろん二つの部屋は、空っぽで何も物を置いていない。
右を向き、階段を下りる。
今日は早めに起きたため、まだ学園に行くには早すぎる。
朝は何を食べようか…などと思考していると、一階から音が聞こえてくる。
この家にいるのは俺だけのはず。
警戒しながら、ゆっくりとリビングへのドアを開ける。
「あっ、隊長!おはようございます!」
と、快活な挨拶が飛んで来た。
その毎日のように聞いていた声に、一つため息をこぼし、挨拶を返し、テーブルにつく。
すでにテーブルの上には目玉焼きやご飯など、朝食の準備が終わり二人分の食事が並んでいる。
挨拶の主は、席に座り、 テーブルに肘をついて、じっとこちらを見ている。
腕を組み、考える。
……おかしい。
大介からは、『今回の任務の為、家は用意している』としか言っていなかった。
誰かと一緒に住むとは聞いていない。
いくら考えてもこいつがここにいる理由がわからない。
仕方ないので本人に聞いてみる。
「で?なんでいるんだ?」
黒髪ロングのポニーテール。
背は大体、160センチぐらいだ。
恰好は普通の女子の服という感じの服にエプロンをつけている。
今は代理で魔装部隊隊長として任務に出ているはずの吉川 凪紗がそこにいた。
俺の質問から少し、間が空いたので、グラスを口に運ぶ。
凪紗は、笑顔で俺の質問に答える...
「今日からここに住む事にしました!」
「はぁ?」
俺の予想を遥かに超えて。
思わぬ返事に口に運んでいたグラスを落としそうになってしまった。
グラスを持ち直し、凪紗の方を見る。
凪沙は笑顔で手を頭にあて、ビシと、敬礼のポーズをとっている。
だいたい「しました」とはどういう事なのか。
「あのな、この家は任務の為に用意されたものなんだぞ。
光陽学園に入学すらしていないお前にここで暮らす許可が下りるわけないだろ。
それに魔装部隊の任務はどうするんだよ」
こいつには俺が部隊から離れる時にはすでに、一カ月分の任務があったはずだ。
更に、緊急時の招集に応じるために、待機の時はすぐに本部に出てこれる距離にいなければいけないはずだ。
なんにしろここに凪がいるのは、おかしい。
「あぁ、あの任務の事?
さっさと終わらせて来ました!」
「は?」
思はず変な声が出てしまったが、すぐ取るべき行動にうつした。
それを確認できる者、即ち、大介への連絡だ。
呼び出し音が一回なった後、電話の奥からは大介の声ではなく、女性の声が聞こえてくる。
『もしもし、どなたでしょうか?』
「すみません、八宵さん。夏希です。
総督に用があり、連絡しました」
総督というのは、大介のことだ。
一様、普段は言わないが、秘書の八宵さんの前では、形式上はそう呼んでいる。
もちろん普段呼び捨てにしている事は八宵さんも知っている。
『わかりました。では繋げますので少々お待ちください』
少々ほどの時間もかからず回線が切り替わる音が聞こえて、繋がった。
ちなみにこの回線は、八宵さんの魔装の能力の一種なのだが、今は割愛しよう。
『はいはい、夏希君どうしたんだい?』
「要件はわかってるだろ。凪紗のことだ」
そういうと大介は、まあねといって、話を始める。
『凪紗ちゃんのことだよね。
えっと、凪紗ちゃんに今回、君の受けた任務について話したらさ、凪紗ちゃん、『私たちの任務は、隊長がいない間の今ある任務全てということですよね』って言うから、そういうことになるね、って答えたら、いきなり君の部隊全員でいなくなっちゃってさ、心配してたら、次の日の朝、みんなボロボロになって帰ってきて、凪紗ちゃんが『全部終わったので隊長のとこに行ってきます』っていいだしてさ。
すぐに確認したら、各警察関係のとこに各犯罪グループの頭とか、テロリスト集団とかが収容されたって報告がきてさ。
大変だったよ、後処理』
そんなことになってたのか。凪紗のためにみんなが協力した感じになってるんだろうな。
凪沙が隊のみんなに頭を下げ、それを快く引き受けたであろうその時の情景が目に浮かぶ。
「凪紗の事は分かったが、このままここに置いとくつもりなのか?
わかってると思うが、この家は任務用で国からもらえたものなんだろ?」
電話の向こうで息をゆっくりと吐く気配がして、大介の声が返ってくる。
『仕方ないし、君と同じ任務に就かせることにしたよ。一通りの準備は整えてあるから後は任せたよ』
「は?おい、まて!」
反論も虚しく、電話からは、ツーツーという音しか聞こえてこない。
諦めて電話を置く。
食卓の上には既に空になっている皿が並んでいる。俺の分まで。
仕方ないので(寮の食堂で、何度もやられているので慣れている)、食卓には戻らず、そのままソファに腰掛けると、向かいに凪沙が座る。
「で?準備は?」
「もちろんバッチリだよっ!」
準備とは、この任務を遂行する為の準備だ。
この家で生活する為のものや任務を遂行するにあたって絶対必須である学校への入学準備などの事だ。
「学校の方は総督が準備しているみたいね。制服も貰ったし。後、生活の準備の方はもう隊長の隣の部屋を使って終わってるよ」
部屋を出て、荷物がなく空っぽだと思っていたのに、その時には既に凪沙の一通りの荷物があったということになる。
自分の知らない間にここまでのことになっているとは、思わずため息が出てしまう。
「でもどうするんだ?お前もう護衛の試験間に合わないだろう?」
「それは仕方ないから、クラスメイトとして近づくよ。隊長との学園生活楽しみだなー!」
「俺とはクラスメイトじゃないぞ。お前はクラスAだろ?俺Fだし」
「はい?」
凪沙は目を見開き首を傾けて硬直していた。
五秒ほどたっぷりの時間が経ち、やっと動きだした。と思ったらかろうじて口は笑っているが、目つきが変わり殺気を帯びた目になってドアへ歩く。
俺は、歩く途中で凪沙の魔装である蒼槍が出てきた時点で肩を掴み止める。
「おい、魔装なんか出してどこ行くつもりだよ」
俺の問いかけに対し、凪沙が振り向き答える。
「決まってんじゃないですかー、学園長脅して隊長Aクラスに上げて貰うんですよー」
「いや、ダメだからな?我慢しないとダメだからな?ていうか学園長殺す気満々だよな?」
「やだなー、そんな事するわけないじゃないですかー。ちょっとブスっとやってくるだけですよ?」
やばい。こいつ本当に学園長殺す気だよ。
このまま放って置くと学園長殺しに行きそうなのでとてつもなくめんどくさいが、説得に乗り出す。
「まぁまて。仕方ないんだよ。入学試験に魔法のテストがあったんだよ。名前が魔法学園なのに魔法全然使えないんじゃ仕方ないだろ?」
俺の言葉を聞いて、蒼槍が消え、凪沙がこちらを向き、何故か泣き出す。
「だって隊長の実力は学園一どころかこの国で一二を争うレベルじゃないですか!それに魔法以外は全部高得点だったんですよね?それなのにFクラスなんて、納得できません!
それに折角、苦労して隊を抜けてきたのに...
これじゃ隊長とのイチャイチャ学園生活送れないじゃないですか!」
何を言っているんだこいつは。
だが、気にしている場合ではなかった。凪沙は俺の手を振りほどこうとする。今はとにかく止めなければ。
そう思い、肩を掴む力を入れなおし、凪沙を引き寄せ、目を合わせる。
「落ち着け!別にずっと離れているわけじゃない。クラスは違うが、護衛になったら嫌でもAクラスには通う事になる。
それに、学園でクラスが違うだけでここでは一緒に暮らすんだろ?
ずっと一緒にいてやるから、落ち着けって!」
俺の必死の静止を聞いて、凪沙が俯く。どうしたのかと顔を覗くと、顔が耳まで真っ赤になっていた。
そして自分の失言に気づく。
「ずっと一緒にいてやる」なんて側から聞いたら、ただの告白だ。
必死の弁解に入るが、時すでに遅し。
「いや、違う!今のは...」
「え?違うんですか...」
なんで涙目なんだよ!
そう心の中で叫んでいたが口に出せるはずもなく。
せめてものフォローに移る。
「違わないが、必然的に一緒に住むっていうのはそういう事だろ?勘違いするなよ!」
なんで俺は凪沙にツンデレしているんだ!
そこからの凪沙をなだめるのは、大変だった。なんなら、そこら辺のテロ組織を相手にした方がまだ楽でいいと思えるほどだ。
"説得"の爪跡がリビングに残っている。
壊れた家具が、どれ程壮絶な説得だったのかを物語っていた。
「じゃあ、隊長!そろそろ時間だし行こ!」
気づくと既に針はホームルームが始まる十五分前を指している。
部屋に準備済みで置いておいたバックを持って玄関に向かう。
「隊長、約束破ったら承知しませんからね?」
口は笑っているが、目が全然笑ってない。
約束破ったら何されるんだ...
実力は比べるべくもなく、俺が勝っているはずだが凪沙の威圧感は半端なものではなかった。
制服姿の凪沙の後に続き、ドアをくぐり、外に出ると振り返り鍵穴に鍵を差し込む。
それをまじまじと後ろから凪沙が見る。
鍵を閉め、道路の方へ歩き、家の敷地から出ると、そっと横に避ける。その時に凪沙が飛び込んできて、両手で抱きしめようとするが空振りに終わる。
「馬鹿なことやってないで早く行くぞ」
いくら学園の近くとはいえ学園に入ってからも長い。時間を見誤ると遅刻になりかねないだろう。
普通に走ると確実に教室に着く頃にはホームルームの時間になってしまう。
靴のつま先を地面に突き立てるようにして当て、体の気力を足に集める。
凪沙は気力の扱いが苦手なので、魔力を起こし、体を浮かせる。そして自分の前に筒状の風の道を作る。
「隊長、じゃあ休み時間にまた会おうね」
「ああ、それと学園では隊長じゃなく夏希って呼べよ」
うん、と答えると凪沙は何の影響も残さず、自分の作った風の道を進んで行き、直ぐに見えなくなってしまった。
「俺も行くか」
足に溜めた気力を調節しながら、放出する。
地面を蹴り、放課後の前に休み時間が面倒だなぁ、なんて考えながら教室に向かう。
途中、ため息が出てしまったのは大目に見て欲しい。