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原田慎之介

「すみません、お尋ねしたいのですが」


大学病院の受付に座っている千絵はそう声をかけられ、顔を上げる。

そこには青年がひとり、立っていた。


「はい、どうされましたか?」


千絵はいつも通り訪問者に対応した。

まだ新人の部類ではあるが、基本的な業務はひと通りこなせるようになってきたところだ。


千絵の瞳に映る男はやや伸びた髪の毛が顔に影を落としていたが、整った面立ちであることは見て取れた。


「こちらに一条時雨という男性が入院されていないでしょうか。友人なのですが」


青年は丁寧な物腰で千絵に問いかけた。

着物は若干くたびれ大きい荷物を背負っているものの、地方から出てきたような訛りもない。


「一条時雨さんですね。今お調べしますので、少々お待ちください」


千絵は念のため帳簿を調べ始めたものの、ある程度確証はあった。


(一条時雨……、確か昨日緊急搬送された男性がそんな名前だったはず)


思った通り、彼の名前はすぐに見つかった。


「あ、一条時雨さんでしたら――」


その時後ろから婦長の鈴本が近づいてくる。

厳しい顔つきをした40代の女性だ。


「失礼ですが、お名前を教えていただけますか」


鈴本は青年に向かって鋭く問いただす。


「これは失礼、私は原田慎之介です」


原田と名乗った青年は、柔和な笑顔を見せた。


「原田さん……ですね。そのままお待ちいただけますか」


鈴本は千絵の腕を引っ張り事務所の奥の控室へと連れてゆく。

仕切りのカーテンをさっと引き、青年から見えないようにする。


「どうしたんですか、婦長」


千絵は不思議そうな顔で鈴本の顔を見る。


「さっき橘医院の院長から連絡があったのよ」


状況を飲み込めない千絵は不思議そうな表情を浮かべる。


「自分のところの下男が一条さんに危害を加えるかもしれないと」


千絵は思わず目を見開いた。


「そ、その下男の名前は?」


鈴本は男がいる受付の方を見るようにちらりと視線を向ける。


「雪村隼人。でも、偽名を使う可能性がある」


あ、と千絵は自分の口に手を当てる。


「念のため警察を呼びます。あなたはあの人に調べるのに時間がかかっていると伝えて。くれぐれも落ち着いて対応するように」


はい、と返事をしたものの彼女はすっかり緊張していた。



原田と名乗った男は受付を覗き込むと、千絵が卓上に残していった帳簿をおもむろに手に取る。

パラパラとめくり、一条時雨の名前と現在の病室を素早く確認した。


それに気づいた別の女性職員が速足で近づき、声をかける。


「それは勝手に見られては困ります」


男は申し訳なさそうに肩をすくめ、帳簿を机に戻した。


「すみません、せっかちなものでつい」


職員はいぶかしむようにじろりと男の顔を見ながら帳簿を手に取った。


「今は時間がないので出直すことにします。失礼しました」


男は足早に正面入り口からそそくさと出て行った。

そこに千絵が控室から戻ってくる。


「あら……?前川さん、さっきの人は?」


原田から帳簿を取り返した前川は、不機嫌そうに千絵を睨んだ。


「出て行ったわ。でもあの人、あなたが机に置いて行った帳簿を勝手に見てたわよ」


前川は千絵に帳簿を手渡した。


「す、すみません……」


千絵は不安気な表情で出入口の扉を見つめる。

ガラス張りの扉は強く吹き付ける北風でガタガタと音を立てていた。



しばらくして警察官がやってきたものの、原田はすでに病院にはいない。

一条時雨の病室に行っても特に異常はなかったため、彼らは帰ってしまった。


警察官が去って少しすると、時雨が眠る病室の扉が静かに開いた。

白い壁に白いベッド、白いカーテン……病院らしく、なんとも無機質である。

そこは個室で、部屋には時雨が横たわるベッド一台がぽつんと置かれている。

締め切られた部屋に廊下からの冷気が流れ込む。

それと一緒に原田慎之介と名乗った男――

雪村隼人が静かに入ってくる。

時雨は瞳を閉じたまま少しも動く様子がない。

隼人は荷物を床に下ろすと、中から刀を取り出し、鞘から刀身を引き抜いた。

彼の昏い瞳とは対照的に刃はぎらりと鋭い輝きを放つ。


「あんたが現れてお嬢様は変わってしまった……俺はそれがずっと不快だった」


隼人は刃先を時雨の喉元に向け、狙いを定めた。


「それならあんたを殺せばいい。全て元通りだ」


青年は硬い表情のまま時雨の喉を串刺しにすべく刀を高くかかげた。


「さよなら、一条時雨」


隼人が勢いよく刃を振り下ろすと、白い寝具に鮮血が飛び散った。


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