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追う者と追われる者

「クソ……やっぱりダメだ」


建物の影から駅舎をのぞき見た時雨はそう呟く。

木造の平屋に瓦屋根のそれはまだ新しい。

決して大きい駅とは言いがたいが、駅前の通りには土産物屋や民宿がぽつぽつと立ち並んでいる。

改札前には地元の警察官がすでに複数名見て取れた。


「これじゃ例え汽車に乗れたとしても東京に着く前に御用ですね……」


隼人は眉をひそめて呟く。


「僕たちは知ってはいけないことを知ってしまったのかもしれないね」


蛍はそう言ってうっすらと唇に笑みを浮かべた。


「それは……」


どういう意味か、と問いかけようとして蝶子は口をつぐんだ。

駅前にいる警察官の一人が、こちらに視線を向けたからだ。



「佐藤。どうかしたか」


そう尋ねられた若い警察官は視線を上司に向けた。


「いえ……」


彼はもう一度蝶子たちがいた方に目をやったが、そこに人影は見えない。


「誰かいた気がしたんですが。気のせいだったようです」


警部補である鷹村はその名にふさわしく鋭い眼光をギラリと光らせた。

がっしりとした体躯と威厳のある雰囲気は、独特の威圧感を醸し出している。


「確かめたのか?」


佐藤は鷹村の眼差しにすくみ上がる。


「か、確認してきます!」


彼は小走りで木造の建物に近づく。

鷹村もゆっくりした足取りでその後に続いた。

二人は建物脇の路地をのぞき見たが、それらしき人物はやはり見当たらなかった。


「やっぱりいませんね」


佐藤は少しほっとしたように言った。

鷹村は無言のまま路地に入ってゆく。


「東京の警官が横領して逃亡してるとは聞いているのですが。なんというか、少し大げさじゃないですかね?」


佐藤は鷹村の後を追いながら疑問を口にした。


「ここだけの話、軍部からかなり強い圧力がかかってるらしいからな。取り逃したら上の首が飛ぶかもしれん」


「えっ……そんなに悪質なんですか?」


佐藤は驚いた顔をしてそう言った。


「悪い奴とかいい奴とか、そういうんじゃねえんだよ」


「はあ……」


佐藤はわかったようなわからないような、曖昧な返事をする。

細い十字路にさしかかったところで鷹村は足を止めた。


「佐藤。犯人はどっちに逃げたと思う」


突然鷹村に問いかけられ佐藤は戸惑う。

佐藤はわからない、と言いかけたが、鷹村の目を見ると口をもごもごと動かした。


「え、ええと……ひ、左です」


鷹村は目をきらりと光らせる。


「ほう。俺もそう思っていた。根拠は何だ」


佐藤はいよいよ困った顔をした。


「あの……すみません、勘で言いました」


縮こまる佐藤だったが、鷹村は予想に反して穏やかな声音で喋り出した。


「警察官は勘も大事だ」


「は、はい」


雷が落ちると覚悟していた佐藤は内心ほっと胸をなでおろした。


「人はとっさに逃げる時左まわりに逃げる確率が高い。我々に見つかることを恐れた奴らは、おそらくとっさに左に曲がっただろう」


鷹村はそう言いながら十字路を左に曲がった。


「そして次だ。上からの情報によれば奴らは急いで東京に戻りたい理由があるらしい。だがこの駅は見張られていて使えないと知った。そうしたらどうする」


佐藤はあごに手を当てながら考える仕草をする。


「このへんから東京まで汽車以外で戻る方法なんてないし……あ!隣駅から乗るとか」


鷹村はにっと笑った。


「それはもう人員を配備済みだ」


「うーん……あとは船だけど……急いでいるなら汽車の方が早いしなあ……」


佐藤はぶつぶつと独り言のように言った。


「それだ」


「え?」


鷹村はがっしと佐藤の肩をつかんだ。


「船で他県まで出たあと汽車に乗り替える。これが今のところ最短ルートのはずだ」


「あ……!」


鷹村は大股で歩きだした。


「近くにいる警官を手配しよう。俺たちも港に行くぞ」


佐藤も鷹村の後を早足で付いてゆく。


「はい!」


佐藤は大きな声で返事をした。




蝶子ら一行は茂みに身を隠してうろつく警察官をやりすごしていた。


「なんだか市内を移動することもままならなくなってきましたね」


蛍が時雨に言った。


「あとは港に向かって船に乗るくらいしかないが…そこも押さえられていたら完全に進路を絶たれたようなものだな……」


時雨は渋い顔をする。


「港……」


蝶子は何かに思い当たったように繰り返した。


「お嬢さん、どうしました?」


隼人が蝶子の様子に気付いて問いかける。


「もしかしたら、どうにかできるかもしれない」


三人の視線が蝶子に向けられる。


「私の言うこと、信じてもらえますか?」


少女は真剣な目で青年たちを見つめ返した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 蝶子の新たな策……気になりますねぇ! 逃避行は上手くいくのか、楽しみです! [一言] 意外とこの上司、切れ者じゃありません? ち、ちょっとキャラクターデータが気になるので是非イラストを………
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