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告白

その後時雨と入れ替わるように少女を呼び出したのは、隼人だった。

蝶子は早く休みたかったが、神妙な面持ちの隼人に文句を言い出せなかった。


「隼人、どうしたの?何かあったの?」


自分から呼び出しておきながらだんまりを決めこむ隼人に、蝶子は苛立っていた。


「もう。どうせまたお説教でしょう?あなたが私を呼び出すときは大抵そうって決まっているもの」


少女は目の前の青年をせっつく。

うつむいていた隼人だが、意を決したように突然まっすぐこちらを向いた。

その真剣な表情に、蝶子は思わずまつげをしばたかせた。


「時雨さんと、何の話をしたんですか」


その問いは、蝶子にとってあまりに意外なものだった。

彼が少女の交友関係に口を出してきたことは、今まで一度としてなかったからだ。


「別に、たいしたことは話していないわ。そんなこと聞いてどうするっていうの」


蝶子はなんとなく全てをありのままに話すのは気が引けて、そう返した。

隼人はしばしの沈黙のあと、ゆっくりと口を開いた。


「彼は……人間ではありません。鬼です。あまり信用はしない方がいい」


少女はその言葉を聞いて、急激に頭に血がのぼるのを感じた。


「あなたは鬼だからという理由で時雨殿を差別するというの?見損なったわ。彼はそんなに悪いひとじゃない。確かに多少私を利用したかもしれないけれど、それでもいつも私を助けてくれたわ」


蝶子は最大限に隼人を非難し、時雨をかばった。

すると隼人は一度目を見開いたあと、うつむく。

彼女には青年の言動が理解できなかった。

なぜ他人をおとしめるようなことを言って、そんな、傷ついた顔をするのかも。


「お嬢さんは……時雨さんが、好きですか?」


何か核心をついた質問に、蝶子はどきりとした。


(私が、時雨殿を、好き……?)


少女は頭の中をぐるぐると回転させたが、最良の答えが見つけられなかった。


「たとえそうだとしても、あなたには関係のないことでしょう」


そう答えるのが精一杯だった。


「関係、ないですかね……」


隼人は誰に聞かせるという風でもなくぽつりとそう言った。


「俺は……お嬢さんが生まれた時から今までずっと見守ってきました。男の子にいじめられて泣いて帰ってきたことも、猫のビビを拾ってきて絶対飼うとかたくなに譲らなかったことも、全部覚えています。それなのに関係ないとは、あんまりじゃないですか」


蝶子は自分でも忘れていた子供の頃の話に思わず恥ずかしくなった。


「よ、よく覚えているわね、そんなこと。確かに関係ないは言い過ぎだったわね……悪かったわ」


少女は素直に謝った。


「俺は、お嬢さんが幸せになるならそれでいいと思っていた。正確にはそう言い聞かせようとしていた」


蝶子は青年の顔を見上げた。


「お嬢さんの笑顔は俺にとっての密かな喜びでした。女中の息子である俺にあなたを幸せにする資格はないとわかっていながら、それでも俺に親しみを持って接してくれるのが嬉しかった」


「隼人……」


どこか笑顔でかわすところがある隼人だったが、今彼は間違いなく本心を明かしている。

蝶子はそう感じた。


「医学校に行きたいと打ち明けた時、真っ先に旦那様に掛け合ってくれたこと、今でも感謝しています。立派な医者になったら、その時はお嬢さんを迎えに上がれるかもしれないと、淡い期待を抱いていたことは事実です」


蝶子は無言で瞳を揺らす。

彼女の口の中はいつのまにかカラカラになっていた。

隼人は緊張した面持ちで手のひらをかたく握りしめながら、こう言った。


「俺はずっとお嬢さんをお慕いしていました」


あまりの衝撃に蝶子は言葉を失った。

遠くで鳥のはばたく音が聞こえる。

その日の空は驚くほど青く澄んでいた。




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