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牢獄

有栖川の屋敷の廊下を歩いていくと、あるひとつの部屋から突然激しい物音がした。

陶器が割れ、獣が暴れるかのような騒音。

蝶子は驚いて耳を澄ました。

その後は静かになったものの、気になった蝶子はおそるおそる部屋の障子を開けた。

すると中には驚き固まった様子の灰猫と、割れた壷や紙が無残に散らばっていた。

蝶子は家にいる黒猫のビビを懐かしく思い出し、おいで、と呼んでみる。

しかし猫は障子が開いたのをこれ幸いとばかりにそろりと蝶子の足元をすり抜け、あっというまに姿を消してしまった。

あとに残されたのは猫によって荒らされた部屋。

蝶子はどうすべきか迷ったが、家の主は寝込んでいる。

善意から軽く片付けておこうと思い、部屋に足を踏み入れた。

行灯に明かりを灯すと、割れた壷の欠片を集め、散らばった紙をひとつにまとめる。

特に読むつもりはなかったが、少女は書類の文字にふと目を留めた。

そこには「原敬暗殺 十一月四日」の文字――。


「ここで何をしている」


冷たい響きに蝶子はびくりと肩を震わせた。

振り向くと行灯の光を受けて輝く翡翠色の瞳が、少女を見下ろしていた。


「お前は見てはいけないものを見てしまったようだ」


そう言うと翠蓮は大股で蝶子に近づき、乱暴に彼女の襟首を掴むと、軽々と持ち上げた。


「やめて、離して!わ、私は何も見てないわ」


蝶子は足をばたつかせ、翠蓮の拳をはずそうと試みたが、無駄だった。

とっさに抜刀しようとしたが、これも翠蓮がやすやすと奪ってみせた。


「何か物音がしたと思って来てみれば。そんな見え透いた嘘つくもんじゃないね」


翠蓮は敷地内の蔵へ進むと、錠の付いた扉を開けた。

そこは一見本棚がところせましと並んでいる書庫のようだった。

しかし翠蓮がそのうちのひとつを横にずらすと、地下に続く階段が現れたのだ。

有栖川の部屋に入った時と同じように、勝手に行灯の明かりが次々灯っていき、階段を照らした。

翠蓮は蝶子を片手にぶら下げたまま、狭い階段をゆっくり下っていく。

そこにあったのは金属性の檻だった。

地下は湿気を帯び空気が淀んでいる。

蝶子は体から嫌な汗がにじんだ。

翠蓮は少女を牢獄へ投げ込むと、扉にがちゃりと鍵をかけた。

そしてそのまま去って行こうとする。


「待って!ここから出して」


蝶子は慌てて翠蓮に向かって叫んだ。


「事が全て済んだら出してやる。……それまで生きていたらの話だが」


翠蓮は氷のような表情を崩すことなくそう言い放った。


「そんな……!」


少年は明星の刀をぐさりと地面に突き立てると、今度こそ牢獄を後にした。

彼が去ると共に行灯の明かりも消え、やがて蝶子の姿も牢獄も闇に溶けた。



――原敬暗殺。

それはこの国の頂点に仇なす行為。

おそらくそれこそは人が知ってはならぬ情報だったのだ。

最も、なぜ鬼がそんな大それたことを企てるのか、蝶子には全く理解できなかったが。


(今日は十一月一日、決行まであと三日しかない。早くここから抜け出して、時雨殿に伝えなければ)


そうは思うものの、蝶子にはこの檻から出る術がなかった。

がちゃがちゃと扉を強く揺らしてみるが、全くもって開く気配はない。

少女は闇の中で途方に暮れていた。


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