対決
蝶子は明星に教えられた通り山道を進むと、あっさり鬼の里にたどり着くことができた。
その中で一番大きな屋敷が有栖川の住処だからわかるだろう、とのことだった。
幸いどれが有栖川の屋敷なのかはすぐに見当がついた。
鬼は通常夜行性。
そのため狙撃を試みるのであれば、視界が確保され、尚且つ鬼が動き出す、夕刻の僅かな時間しかない。
機会は一度きりだ。
銃を発砲すればたちどころに居場所がばれる。
そのあとどうなるかは察しの通りだろう。
蝶子は緊張していた。
すぐに有栖川の姿を視認できるとも限らないため、耐久戦になる可能性もあった。
しかしその間が長くなるほど逆に誰かに見つかる危険性も高まるということを意味していた。
今日の空はからりと晴れている。
狙撃には適した環境だ。
できることなら今日のうちに片をつけたいと蝶子は考えていた。
蝶子は里の外側で屋敷の縁側をぎりぎり狙える場所に陣取り、木陰に隠れてそのときをただじっと待った。
半年の間に肩にかかる程度まで伸びた髪は、ひとつにくくられている。
その横顔は真剣そのもので、半年前より少し大人びたようにも見えた。
真上にあった太陽がだいぶ傾き、里を茜色に染めた。
やはり11月ともなると日が落ちるのも早い。
あと一時間もすれば真っ暗になるだろう。
そうなれば有栖川を銃で狙うには難しくなる。
蝶子はじりじりとしていたが、彼はいまだに姿を見せる気配がない。
しかし変化は訪れた。
あの少年鬼の二人が屋敷の縁側を歩いてきたのだ。
二人がひとつの部屋に声をかける。
そしてしばらくすると、あの鬼――有栖川が、とうとう部屋から姿を現したのである。
蝶子の心臓は一気に跳ね上がる。
しかし音を立てないよう細心の注意を払いながら銃を構えた。
彼は寝起きなのだろうか、気だるそうにあくびをしながらゆったりと縁側を歩いていく。
(今しかない)
そう確信した蝶子は引き金に指をかけた。
獲物は動いてはいるがその動きは緩慢である。
今の少女の腕前であれば十分に狙える範囲だった。
(落ち着け……落ち着くんだ)
そう自分に言い聞かせ、蝶子は慎重に的を定める。
そして――引き金を引いたのである。
火薬の爆発により、まだ静かな里に轟音が響き渡った。
銀の弾丸は鋭く空気を切り裂き、かの鬼の体を貫く。
有栖川はよろめいた。
そして自身の横腹をおさえる。
何事かと他の鬼も集まってくる。
蝶子は立ち上がり、その姿を見せた。
あなたを撃ったのはこの私――そう見せ付けるかのように。
刹那、有栖川と蝶子の視線が絡み合う。
有栖川は一瞬驚いた顔をしたが、自分を撃ったのが蝶子だと分かると、にやりと嗤った。
「有栖川様、大丈夫ですか!?」
翠蓮は青ざめた顔で慌てて声をかける。
「あの女……!俺が殺してきます」
今にも飛び出しそうな翠蓮を、有栖川は制止した。
「いや、俺が行く。お前たちはあれに手を出すな」
そう言うと、有栖川は再びゆらりと立ち上がった。
「しかし、その怪我では……」
言い淀む翠蓮には脇目もふらず、有栖川は蝶子に向かってゆっくりと歩いていった。
崖を軽々と登ってくる有栖川に、蝶子は短銃を向けた。
しかし今度は狙われていることがはっきりわかるためか、蝶子の発砲を紙一重でよける。
怪我をしているにも関わらず、装弾数の六発全てをかわしてみせた。
蝶子は銃を捨てると刀を抜いた。
「それは明星のものだな。銀の銃弾といいあやつめ、悪知恵を授けたものだ」
急所は外していたものの、銀の弾丸で打ち抜かれた有栖川の脇腹からは今も紅い血液が流れ出ている。
鬼は銀の武器により付けられた傷は治りが遅いのだと、明星は蝶子に教えていた。
「まさかここまで一人で来るとはな。お前はたいした女だ」
お互い間合いに入るか入らないかの距離で二人は対峙した。
黒く艶めく髪のすぐ下では、愉しげに輝く金色の瞳が蝶子を見据えていた。
起きぬけだからだろう、あの黒い外套は羽織っておらず、灰色の着流し姿だ。
「あなたは私に追って来いと言ったわ。そうすれば、光の君を元に戻す方法を教えると」
蝶子は刀を固く握り締めながらそう答えた。
「そうだったな……しかしそれは俺に勝てたらだ」
有栖川も持っていた刀を抜いた。
ついに、この時が来たと蝶子は思った。
有栖川と決着を付ける、その時が。




