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手紙

蝶子が隼人と共に姿を消して三ヶ月が経った頃。

蝶子の父、恭介は娘が残した手紙をおもむろに机から取り出し、眺めた。

白い便箋には少女の綺麗な自筆の文字で、こうしたためてあった。


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お父様へ


こうしてお父様に手紙を書くのは久しぶりですね。

どう伝えればお父様に正しく情報が伝わるか悩みながらこれを書きはじめました。

ただし時間もないので要点だけ書き記すことになります。

まず、光の君が「吸血鬼」になってしまったこと。

残念ですが、この事実をお伝えしなければなりません。

私は彼女の惨状やお母様が悲しむ姿を目の当たりにし、黙って見過ごすことができませんでした。

彼女がこうなってしまったのは、私の責任でもあるからです。

光の君を吸血鬼にした鬼は、北の山に棲んでいます。

詳しい場所については書きませんが、私はそこに向かうことに決めました。

そして、光の君を元に戻す方法を聞き出します。

私は必ず戻ってくるつもりですので、どうか警察には届けないで下さい。

心配するなといくら書いたところでお父様は私を心配するでしょう。

黙って出て行く私を、許せとはいいません。

ただ、私の意志を尊重して欲しいのです。

万が一私に何かあっても全て私の選んだことですから、他の誰かを責めないで下さい。

お父様も、体に気をつけて、お酒はほどほどになさってください。

では、行って参ります。


追伸

隼人を連れていくことにしました。

お叱りは全て私が受けます。

ゆめゆめ、ハルさんや隼人のことは責めないで下さい。

そして隼人が戻った際には復学できるよう、必ず配慮してやってください。

お願いしますね。


蝶子


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(他人の心配ばかりして、何という馬鹿な娘だ)


恭介は眉間に皺を寄せ、目頭を押さえた。

大事に育ててきた一人娘が消えて、平気な親などいるものか。

彼はうなだれ、大きなため息をついた。


蝶子の言ったことにならい、警察には通報していない。

女学校には病気を理由に休学届だけ出しておいた。

だが恭介はもしこのままの状態が続けば、いずれ警察に行くつもりだった。

何もせず、誰も責めるなと言う娘の言葉は彼をことのほか苦しめていた。

蝶子と隼人が消えたことがわかった日、ハルさんは青ざめて申し訳ありませんと恭介に土下座した。

しかし長年真面目に奉公してくれたハルさんを、今更どうこうしようとは思わなかった。

どちらかというと蝶子を止めなかった隼人に怒りの矛先は向いていた。

しかし娘は自分の思考を先読みし、隼人を責めるなと言う。

恭介は結局何も手を打つことができず、この三ヶ月、どうにか医師の仕事を黙々とこなしていた。

ただしふと気を緩めると途端に不安が押し寄せてくるといった、なんとも心もとない状況だった。

もともと痩せ型だった恭介は、あっという間に頬がこけ、皺も目立つようになっていた。


蝶子の言ったことを確かめるべく、恭介は光の君――藤堂光子の家にも訪問した。

最初は渋られたが、事情を話すと彼女に面会することができた。

そこではやはり蝶子が言ったとおり、医師としては信じ難い状況に陥っていた。

栄の話では光子が口にするのは生き物の血だけだという。

まさに「吸血鬼」と表現するのが一番正しいと思わざるを得なかった。

そこで「一条時雨」なる警察官が蝶子と共に来訪したというのが引っかかり、警察に問い合わせてみた。

すると、確かに「一条時雨」は在籍しているとのこと。

だが捜査の都合上それ以上のことは教えられないと言われ、手詰まりになってしまった。


(無事でいてくれればそれでいいのだが。お転婆で、正義感が強く、友達思いの、本当に困った私の娘……一体誰に似たのだろう)


小雨が降る夜、恭介は自身の書斎で娘に思いを馳せていた。



そのとき、玄関でチャイムが鳴った。

訪問者を知らせる音だ。

夜も九時を回っている。

こんな時間に誰だろうと思っていると、ハルさんが恭介を呼びに来た。

警察官が二人、訪ねて来たという。


「警察……警察がうちになんの用だ?」


ふと嫌な予感が恭介の胸をよぎった。

もしかしたら、蝶子が見つかったのではないか。


――望まぬ姿で。


恭介は慌てて階段を駆け下り、玄関へと向かった。

そこには整った顔をした若い警察官が二人、雨よけの外套を羽織った姿で立っていた。

黒髪の警察官が口を開いた。


「夜分遅くに申し訳ありません。日中はお仕事で忙しいとお伺いしていたものですから」


青年たちは被っていた帽子を取り、片手に持っている。

黒髪以外のもう一人は明るい色の髪をひとつに束ねていた。


「今日は何の件ですか。……まさかとは思いますが、娘のことでしょうか」


恭介ははやる気持ちを抑えることができず、早く本題に入りたがった。

黒髪の警察官は少しの間をおいたあと、そうです、と頷いた。

恭介の胸に緊張が走った。


「私は一条時雨と申します。彼は部下の土屋蛍一郎。実は、お嬢さんの件でお伝えしたいことがあります」


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