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修行

明星は蝶子の質問ににやりと笑った。

まるでそう聞かれることをわかっていたかのように。


「それを聞いて私が鬼だと言ったら、どうするんだ。私を殺すか?」


明星は試すように蝶子を見つめた。

蝶子は一瞬言葉に詰まったが、こう答えた。


「……その必要は、ないと思います」

「それはなぜだ。私は人間に害を与えるかもしれないんだぞ」


明星は間髪入れずに意地悪なことを言ってくる。

しかし蝶子ははっきりとそれを否定した。


「いいえ。明星さんが鬼だとしても人に害を与える可能性は低いと思います。私を襲うつもりならとっくにしているはず。明星さんは私をかくまい、なおかつ生活の術を教えてくれようとしている。そして有栖川と仲が悪いということ。これは私の想像ですが、有栖川のように山を降りてまで人を襲うという概念はないのではないかと考えました」


明星は一瞬目をぱちくりさせたあと、ふっと表情を和らげた。


「なるほど、聡い子だ。それが当たっているかはさておき、なかなか面白い答えだ」


蝶子は褒められているのか貶されているのかわからず、少し恥ずかしくなった。

しかも結局答えについては煙に巻かれた形だ。


「しかし、奴は強いぞ。話し合いでどうにかなると思っているなら、考えを改めた方がいい」


蝶子はぎくりとする。

もしかしたら話し合えば、わかってくれるかもしれない。

そんな甘い考えをまるで見透かされていたようだった。


「じゃあ、どうすれば……」


少女は困ったように明星を見た。

他人に頼れない以上、蝶子にはそれ以外の選択肢はなかった。


「そんなのは考えればわかるはずだ。お前自身が強くなればいい」


「自分が、強くなる……あの鬼よりも……?そんなこと、できるわけがありません」


蝶子は明星に初めて反発した。


「お前はなぜ努力もせず、できないなどと言うのだ。まずは挑戦してみようとは思わないのか」


またしても明星の正論に、蝶子はぐっと言葉を詰まらせる。


「明星さんは、その術があるのですか。あの鬼に勝つ術が」


明星はまた一口、茶をすする。

そして静かにこう言った。


「あいつと戦うのはお前だ。よって勝てるかどうかはお前次第だ。ただし、お前が本気で勝ちたいというのなら、戦う術は教えよう」


少女はいつも誰かに助けられなければ、身を守れない自分が嫌だった。

そんな自分を変えられるかも知れない―――

そう思うと、蝶子は急に目の前に光が差したような気がした。


「どうか、私に教えて下さい。戦い方を」


少女は前のめりになって懇願した。

明星は黙って席を立つと、しばらくの後戻ってきた。

その手には小銃と短銃、そして黒塗りの刀が握られていた。

明星は蝶子の前に三つの武器をがちゃり、と机に置く。

それは茶器と一緒に並ぶには、だいぶ異質なものだった。


「これはお前にやろう。全て使えるようになれ」


***


それからというもの、家事をこなし、狩りをし、戦い方を学ぶ日々だった。

やはり最初に一番つらかったのは狩りで、動物を捌く際には吐くこともあった。

そんな蝶子の背中を明星は優しくさすりながら、こう言った。


「お前のその優しさを、私は否定するつもりはないよ。ただ我々動物は他の命を奪って生きる運命さだめだ。罪悪感ではなく、感謝を持って狩りをしてほしい」


涙を流す蝶子に、明星はそっと諭すように語りかけた。



剣術には割と自信があった蝶子だが、真剣となると全くの別物だった。

まず重みや重心が全く違うのだ。

握った手にずしりと重く、木刀とは扱い方も違う。


「いいか蝶子。真剣で打ち合った場合、少しかすっただけでも致命傷になる場合がある。しかも奴は相当な刀の使い手だ。まずは相手の剣さばきを読み、無駄のない動きで攻撃を確実に受け流すことが大事だ」


刀の稽古は肉体的には相当な負荷がかかった。

真剣を使っての素振りは毎日欠かさず行ったし、明星の時間が許す限り稽古につきあってもらった。

体中筋肉痛に苛まれ、傷は絶えず、手の豆は潰れ、泥にまみれることもしばしばあったが、それでも蝶子は一切泣き言は言わなかった。

その甲斐あって、蝶子はめきめきと刀の腕を上げていった。



しかし、明星が一番重要視していたのは銃だった。


「銃は間合いが大きく殺傷能力が非常に高い。まず最初に狙うべきは銃による遠距離からの狙撃だ」


狩りにはいつも銃を携行していき、その使い方の練習もかねていた。

最初こそうまく扱えなかったものの、持ち前の学習能力と集中力でいつしか蝶子は類まれなる才能を発揮していた。



武器に頼らない手段として、明星は体術も蝶子に教え込んだ。


「体も鍛えられるし、いざというときに役立つかもしれないからな。知っているに越したことはないだろう」



こうして蝶子はなんと半年もの間修行に明け暮れた。

毎日夜は泥のように眠り、余計なことを考える暇などなかった。

ただし時折東京の父や、光の君、隼人らのことを思い、ひそかに胸を痛めていた。



ある日明星は庭で刀を構え、神妙な顔つきでこう言った。


「今からお前を本気で攻撃する。蝶子も私を殺す気で来なさい」


蝶子はいつも通りの稽古だと思っていたので、その言葉に動揺する。


「殺す気でって言われても……そんな急には……」

「お前は何のために稽古をしているんだ。有栖川はそんなに甘い気持ちでは倒せんぞ」


明星の顔にはいつもの美しい笑顔はない。

本気なんだと少女は悟った。

蝶子はそれ以上何も言わず、刀を抜いた。

すると次の瞬間、猛烈な勢いで明星が間合いに踏み込んできた。

蝶子は間一髪でそれをかわす。

確かに今までとは攻撃の鋭さが全く違う。


(いままでは、手加減してくれていたんだ……)


蝶子はそのことにようやく気付いた。

蝶子はなんとか相手の攻撃をいなして、自身の攻撃の機会をうかがう。

明星の剣の腕前は相当なものだ。

男性と渡り合うことも可能だろう。

だがその明星を持ってして強いと言わせる有栖川に勝つには、まず彼女に勝たなければならない。

蝶子は明星に反撃を仕掛ける。

だが、彼女は少ない動きで巧みに蝶子の攻撃をよけた。


「どうした蝶子。まだ刀に迷いがあるぞ」


明星は蝶子の動きから心を見透かしていた。

そう。

少しの甘さが動きを鈍らせるのだ。

蝶子は今度こそ本気で当てるつもりで連続した突きを繰り出した。


「そうだ。その調子だ」


明星は豊かな黒髪をなびかせながら蝶子の攻撃を全て受け止めた。

すると再び明星が激しい攻撃を始める。

蝶子はそれを受け止めるのがやっとだ。

このままでは、殺されるーーー。

その危機感からだろうか。

少女はあるときを境に雑念が消え、すっと冷静になる。

集中力が増し、神経が研ぎ澄まされる感覚。

すると明星の動きがだんだんと読めるようになってきた。


(彼女の動きが鈍ってきたわけじゃない。でも、次にどうするかわかる)


明星は刀を持った手を休めないが、攻撃の際にできるわずかな隙を蝶子は見逃さなかった。

次の瞬間、キン、という高い音と共に明星の手から刀が弾け飛んだ。

白銀の刃は空中を回転し、ぐさりと地に刺さる。

蝶子は明星の喉元に自身の刀を突きつけた。

彼女はあっけにとられた顔をしたが、やがて息を切らせながら、にっこりと笑った。


「お前の勝ちだ、蝶子。もう教えることは何もないよ」


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