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火燐と翠蓮

四人は闇を注視した。

すぐそばでは焚き火の炎がぱちぱちと音を立て揺らめいている。

川の流れる音が遠くに聞こえ、木々は風に吹かれざわめく。

今は、それしか聞こえなかった。

しかし突如としてそれらを鋭く切り裂く音が聞こえたかと思うと、何かが猛然と飛んできた。

蛍の心臓を完璧なまでに捉えたそれは、彼が寸手のところで薙ぎ払ったことにより失速した。

地面に打ち落とされたのは、一本の弓矢だった。


「何かがいるね……」


蛍は口端をつりあげにやりと笑った。

すると次の瞬間、闇の中から何者かが飛び出してきた。

それは時雨に向かって突進したかと思うと、大きな金棒を振り抜いた。

時雨は紙一重でその攻撃をかわす。

焚き火の明かりで浮かび上がった敵の姿は、少年だった。

年の頃は蝶子と同じくらいだろうか。

赤茶の長い髪をひとつに結い、背には毛皮を羽織っている。

その瞳は焔のような色をしていた。

少年は振りぬいた金棒を間髪入れずに逆方向へと返す。

時雨は後ろに退いてそれを再びよけた。

どこにそんな力があるのかはわからないが、少年はかなり重いはずの武器を軽々と扱ってみせる。

それは通常の人間には不可能なことだと蝶子には思えた。

時雨は少年が金棒を振り抜いた瞬間を狙い、サーベルで鋭い攻撃を仕掛ける。

しかし少年は人並み外れた跳躍力で後ろにおおきく飛んだ。


「面白いな、お前たち。俺の金棒を全てよけた上で攻撃してくる。しかも翠蓮すいれんの弓矢もはじいた」


少年はその年齢らしい無邪気な声でそう言った。


「お前は―――お前達は、鬼か」


時雨は単刀直入に聞いた。

少年は一瞬きょとんとしたあと、にっと笑った。


「なんだ、知ってるのか。そうだよ、俺たちは鬼だ。でも、」


一度少年は言葉を区切ったあと再び口を開いた。


「あんたたちこそ、本当に人間?」


少年の問いに、全員が息をのんだ。

蝶子は、薄々気付いていた。

時雨と蛍。

この二人が、あまりに強すぎるということに。

隼人だって剣術に精通しており、人相手の喧嘩なら誰にも負けない。

ただこの警察官二人の身体能力は桁違いだった。


「それを知りたきゃ、俺たちを倒してから聞くんだな」


時雨は表情を変えずにそう言ってのけた。


「ふうん。あのひとからは人間が来るから追っ払えとしか聞いてなかったんだけどな。ま、そうこなくっちゃね」


少年は楽しそうに言うと、武器を構えた。

そのとき鋭い音と共に再び矢が連続して飛んできた。

時雨と蛍がそれらを全て打ち落としていく。


火燐かりん。お前は喋りすぎだ」


挿絵(By みてみん)


木々の間からもう一人の少年が静かに姿を現した。

手には弓が握られており、その背には矢筒と毛皮を背負っている。

銀の髪と冷静さをうかがわせる翡翠色の瞳。

彼もおそらく人ではないのだろう。


「翠蓮こそ出てくんなよ。お前は後方支援だって決めたじゃん」


火燐と呼ばれた少年が口を尖らせた。


「こいつらに弓は効果がないってわかったから、仕方ないだろう」


そういうと腰に下げていた短剣を抜いた。

刃は月光が反射し白銀の冷たい光を放つ。


「ところで、ひとり女の子がいるって聞いてたんだけど。男しかいなくない?」


火燐の言葉に蝶子は内心どきりとした。

しかし手をあげるわけにもいかず、黙っていた。


「馬鹿だな、火燐は。男と女の見分けもつかないのか」


そう言ってため息をつくと、蝶子の方をちらりと見た。

翠蓮は、蝶子が女だということを見抜いているらしかった。


「まあ、一人ずつ倒せばわかることだよ」


火燐は金棒を再び構える。


「だから馬鹿だって言ってるんだ。女は連れて帰れって言われてるだろ。やっつけてどうする」


翠蓮もそう言いながら短剣を構えた。


「俺が引き続き赤い方の相手をする。蛍はもう一人の方をやれ。雪村君は、蝶子君のそばに」


時雨がそう指示を出した。


「はいはい、わかりましたよ。時雨さんは相変わらず人使いが荒いなあ」


蛍は文句を言いながらもすでにサーベルの切先を翠蓮にむけていた。

翠蓮は低い姿勢を取ると、その超人的な脚力を持って一気に間合いを詰める。

そして小回りの利く短剣で、正確に急所を突いてきた。

蛍はサーベルでそれらを全て受け止める。

同時に時雨と火燐も再び戦い始めた。

二組の戦闘は一進一退の攻防により、なかなか決着がつかない。

しかし、戦況が変わる時が訪れる。

時雨の攻撃が相手の腕をかすめ、火燐が武器を取り落としたのだ。

それによりこちらが優勢かと思われたが、そのとき翠蓮の短剣が蛍のサーベルを折った。

蛍が一瞬動きを止めたとき、翠蓮が蛍を出し抜き蝶子の方へと一直線に向かってきた。

翠蓮は刀を構えた隼人を難なくひと蹴りすると、隼人の体はあっというまに木々の間に飛ばされた。


「隼人!!」


蝶子は隼人を追おうとするが、翠蓮がそれを許さなかった。

蝶子の胴体を軽々と肩に担ぎ上げると、火燐に向かって叫んだ。


「火燐、撤退だ」


それを聞いた火燐ははいよ、と返事をし、金棒を素早く拾い飛びのいた。


「待て!!」


そう時雨は叫んだが、もちろん言うことを聞くような相手ではない。

蝶子を攫いあっという間に二人は闇に溶けていく。


「蛍、追えるか」


時雨は蛍に向かって短く尋ねる。


「……やりますよ。僕はあの姿、すごく嫌なんですけどね」


そう言い終わるや否や、蛍の体が変容し始めた。

身体は大きくなり、全身に毛が生え、二股に割れた尾が現れる。

その変わり果てた姿は、さながら化け猫のようだった。

化け猫は大きく地面を蹴ると、三人が消えていった方へと走り始めた。

彼はすぐに鬼たちが向かった方角を察知し、森の中を猛然と追いかける。

するとすぐに三人を見つけることができた。


「なんだ、あれ」


追ってくる化け猫に気付いた火燐は驚いた声をあげる。


「火燐、こいつを持って先に行け」


そう言って翠蓮は火燐へと乱暴に少女を投げて渡した。

そしてあの正確無比な矢を化け猫に向かって放ちはじめる。

化け猫―――蛍は矢に当たらないよう跳躍しながらも必死に追跡を続けようとする。

しかしその間にも蝶子を連れた火燐の姿はどんどん遠くなった。


「いや、離して!!」


蝶子は暴れたが火燐はがっちりと蝶子を掴んで離さない。


「暴れるなって。落ちたら死ぬぞ」


火燐は蝶子を小脇に抱え、木の上を軽々と飛び移りながら進んでいく。

すぐ下は崖になっており、ずっと下に大きな川が流れているのが見えた。

蝶子はそのとき、火燐の腕に傷があることに気付いた。

少女を抱えているのとは反対の腕で、先刻時雨との戦闘でついた傷だ。

蝶子はとっさにその腕を自分へと引き寄せると、思い切り傷の部分に噛み付いた。


「痛っ―――!」


痛みにひるんだ火燐は、つい少女を手放してしまう。

蝶子はあっという間に崖を転がり落ち、激流に飲み込まれていった。



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