神様
「おい、何をしている」
そう問いただしたのは時雨の声だった。
居間で雑魚寝をしていた三人の青年が物音に気付き、駆けつけてきたのだ。
少し遅れてやってきた蛍が、ランプを掲げて様子を伺う。
すると、そこに映しだされたのは手足を縛られ床に投げ出された少女と、二人の賊―――嘉兵衛とその妻だった。
「お嬢さん……!!」
隼人は血相を変えて蝶子に駆け寄ると、すぐさま口に詰められた布を取り、縄を解いた。
彼が蝶子を抱きかかえるように支えると、少女はその胸にすがるように顔をうずめた。
小さく震える少女の背中を優しくさすりながら、青年はもう大丈夫ですから、と囁いた。
「なぜ、こんなことを……!」
隼人は怒りの矛先を嘉兵衛夫妻に向けた。
蝶子を抱えていなければとっくに殴りかかっていただろう。
二人はうろたえた様子だったが、三人の男達に睨まれ、慌てて嘉兵衛が口を開いた。
「こ、これには訳があるんだ!」
「ほう。理由があれば寝ている女学生を縛り上げて階段から放り投げてもいいってわけかい。あんたも同じ目にあってみるか?」
時雨の目がギラリと光った。
口元は嗤っていたが、瞳は冷たく凍てついていた。
嘉兵衛は恐怖におののきながらぶんぶんと首を横に振る。
「俺もこんなことがしたいわけじゃない。でもこうでもしないと、鶴が守れないんだ……!」
嘉兵衛は喉から声を搾り出すように叫んだ。
「……どういうことだ」
時雨は低い声で問いかけた。
四人は彼らの【理由】とやらを聞くことにした。
嘉兵衛はぽつりぽつりと話し始めた。
「あんたたちも見ただろう。あの湖を。あそこには昔から神様が住むと言われている。普段は漁をする者を見守ってくださる神様だ。けれど何かの拍子に怒らせると、たちまち不漁にし船を難破させる恐ろしい神様でもある」
異変が起こったのは三年前からだと嘉兵衛は言う。
湖に行った者が姿を消し、戻ってこないということが度々起こった。
それを不思議に思った村の地主が木陰から湖を見に行った。
しばらく観察していると、いつの間にやら湖のほとりにある岩の上に美しい女が一人、座していたという。
その女が唄いはじめると、漁に出ていた男の舟が吸い寄せられるように近づき、彼らは自ら湖に身を投げたのだ。
驚いた地主は逃げようとしたが、女に見つかってしまった。
すると女は地主の命を助け漁に出てきた男に手をかけない代わりに、一年に一度、【巫女】を差し出すことを条件に出してきた。
その場では条件を飲んだ地主だったが、実際にはその年は巫女を差し出さなかった。
すると遭難者は後を立たず魚も全く取れなくなった。
慌てた地主は村の大人達と相談し、次の年には渋々巫女を差し出した。
すると翌日からぴたりと遭難者は出なくなり魚も戻ってきたのだという。
「あれからもうすぐ一年経つ。次の巫女に選ばれたのが、うちの鶴だ……」
嘉兵衛は涙ぐみながらそう言った。
それを聞き、落ち着きを取り戻してきた蝶子が口を開いた。
「そんな。じゃあ、鶴ちゃんが言っていた巫女というのは、生贄のことだったの……?」
蝶子は何も知らず嬉しそうに自分は巫女だと語っていた鶴を思い出し、胸が痛んだ。
「鶴はうちの大事な一人娘だ。どうしても失いたくなかった。だからお嬢ちゃんを見たとき、悪い考えが浮かんじまったんだ。本当に申し訳ない……」
嘉兵衛はうなだれながら蝶子にむかって謝罪した。
そしてしばしの沈黙が訪れた。
皆何を言うべきか考えあぐねていたのかもしれない。
しかしその沈黙を破ったのは、意外な人物だった。
「そんな困った神様ならいらないんじゃないの」
あっけらかんとした調子で言ったのは、蛍だ。
嘉兵衛は一瞬ぽかんとしたあと、慌てて否定した。
「滅多なこと言うもんじゃねぇ。神様に聞かれたらどうする」
蝶子は何かを考えていたようだったが、しばらくすると顔を上げた。
そして、きっぱりとこう言ったのだ。
「わかりました。私が巫女になりましょう」